第15話
私が何も言わないのを、ジェードは何とも言えない顔で、苦笑に似た笑みを浮かべた。
「困らせてごめんね。ほら、しっかり食べないと、元気出ないよ?」
言って、ジェードが私にスプーンを手渡す。
立ち上がったジェードの服の裾を慌てて掴む。
何故そうしたかなんて、私にだって分からない。ただ、そうしないと、今にもジェードが何処か遠くへ行ってしまうのではと、不安になったから。
バカバカしいと思うのに、その不安は大きくなるばかりで。
「どうしたの? 今日のセレアは甘えん坊だね」
クスリと笑うジェードが、私の頭を優しく撫でる。
昔から、大好きな優しくて大きなジェードの手。
この手が、いつか私から離れて、違う何処かの誰かにこうやって触れるのだろうか。
優しい笑顔も、甘い声で囁く言葉も、私じゃない誰かに向けられるんだろうか。
私は、それを一番近くで見るのだ。
どうしよう。
凄く、嫌だ。
一度そう思ってしまったら、考えてしまったら、たまらなくなって、ジェードの胸元の服を掴んで引き寄せる。
重なる唇。
驚いて見開かれる綺麗な瞳。
お世辞にも上手いとは言えない、ただ押し付けるだけの口づけだけど、ジェードに私を刻みつけるには、十分なようだった。
唇と同じように、重なる視線。
ゆっくり離れる唇とは違って、視線は外さない。
「……君は、優しいね……」
彼の言葉の意味が分からなくて、聞き返そうと開いた口から言葉が出る事はなくて。
「ちゃんとしっかり食べるんだよ。俺はまだ仕事が残ってるから、部屋に戻るよ。またね、おやすみ」
額に口づけが落ち、髪を撫でたジェードの表情が何処か悲しそうで。
辛そうにしていたジェードを引き留めようとした手が、それを出来ずに空を掴んだ。
そして、ジェードの表情の理由を知るのは、翌日の事だった。
いつもなら、朝になると起こしに来てくれるジェードが今日は来なくて、代わりにメイドであるアリヤが来た。
ジェードの事を聞いた私に、アリヤが言葉を濁して誤魔化した。
嫌な予感がした。
貧乏な私が裕福な悪女に転生してしまいましたが、溺愛もされているので残りの人生楽しみたいと思います【ジェード編】 柚美。 @yuzumi773
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