第14話

自分のベッドで目が覚めると、外はもう暗くて。



「ん……ジェード……?」



「あぁ、起きた?」



ベッドの隣にある椅子に座り、紐の付いた眼鏡を掛けて、書類を読んでいるジェードに目を向けると、優しい笑みが返ってくる。



眼鏡を外して立ち上がったジェードが、私の髪をサラリと撫でる。



「声が少し枯れてるね。水を飲んだ方がいい。お腹空いてない? 何か軽いものでも作ろうか」



立て続けに言われ、答える間もなくジェードが水差しの水をグラスに注ぐ。



そして気になった。ジェードは今、作ると言った。



「ジェードが……作るの?」



「何故? あぁ、もしかして作れないと? さすがにシェフ程の腕はないけど、簡単なものくらいなら作れるよ」



苦笑したジェードが、私に水を差し出す。それを受け取って、乾いている喉に流し込む。



「少し待ってて」



以前にも増して、ジェードは私に甘くなっている気がする。



傍を離れる事もほとんどなくなり、余程の用事がない限りは四六時中傍にいた。



執着、依存。



最近はあまり隠す事をしなくなったから、何度も肝を冷やす時がある。



でも、私もそんなジェードを拒めないでいる辺り、重症なのかもしれないと苦笑した。



あれだけ抱かれ、汚れていたシーツや服や体が、目覚めると綺麗になっていた事に、今更気づく。



本当に、ジェードはつくづく完璧な執事だ。



こんなにも甘やかされて、溶かされて、通常の神経が麻痺していくようで。



ジェードの言う通り、彼がいないと生きて行けなくなりそうで、正直怖い。



ゆっくり扉が開くと、鼻を美味しそうな香りがくすぐった。



お腹は正直で「ぐぅー」っと催促するみたいに鳴った。



「お待たせ」



いつ見ても綺麗に笑うジェードを見ながら、料理に視線を落とす。



料理まで完璧なんて、どこまでもズルい気がした。



「ん? 気に入らなかった? なら、違うものを」



「違うの。ただ、ジェードに出来ない事なんて、あるのかなって……」



言うと、ジェードは少し微妙な顔をして、笑顔を貼り付けた。



この笑顔は、作ったものだと分かる。



「出来ない事、か……。俺もまだまだ未熟だし、出来ない事だらけだよ。一番したくて、この先も一生出来る事は絶対ない事もあるし、ね……」



そう言って、寂しそうに微笑んだジェードに、胸がツキンと痛んで、抱きしめたい衝動に駆られて、手を握りしめた。



「さぁ、口開けてごらん」



「じ、自分で食べられるからっ……」



「いいから、ほら、あーん」



遠慮気味に開ける私の口に、ジェードがスプーンを入れた。



悔しいけど、美味しい。



ほら、やっぱり彼は完璧だ。



「……何でそんな不満そうな顔してるの? 美味しくなかった?」



「ジェードは何やらせても完璧だから、ズルいなって思っただけ」



「ふふっ、何それ。あぁ、そんな可愛い顔して、拗ねちゃって……本当にセレアは可愛いなぁ……」



ジェードが微笑んで、私の下唇に親指を這わせてなぞる。



「ほら、拗ねてないで食べて」



また口にスプーンを運んでいく。



幼い頃、熱を出した私に、ジェードがよくこうやって食べさせてくれたっけと、懐かしくなった。



「今度は、楽しそうだね」



「昔の事、思い出してた……。体調を崩した時、こうやってジェードがよく食べさせてくれたなぁって……」



言うと、また悲しそうに笑う。



「……そう、だね……。でも……もうあの頃には、戻れない……」



何か言わなきゃと思った瞬間、立ち上がったジェードが、私の顎に指を当てて上を向かせられる。



「セレアは……あの頃に、戻りたい?」



その質問に、私は答えられずにいた。



戻りたいような、戻りたくないような。自分の感情が、分からない。

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