第75話

ミス研の部室は、今日は人数が少ないから、静かなはずなのだけど。



「ぷ、ぷ、プロポーズっ!?」



「彰人うるさい」



「そんな騒ぐ事かよ」



「でも、まぁ、お二人が上手くいくのであれば、私としては嬉しい限りですね」



そう言って姫乃が微笑む。



なかなか表情が動きにくいからか、本当に喜んでくれているのが分かり、こちらまで嬉しくなってしまう。



「先生、この部屋は、可愛いと幸せが溢れていますね」



「そんなキメて言う事か。まぁ、分からなくもねぇけどな」



私と姫乃がほんわかしている前で、男性陣がそんな会話をしているのは、知らない事だったけど。



結婚なんて、したいとも思わなかったし、将来はこうしてああしてみたいな、フワッとしたイメージしかなくて。



放課後の夕陽に照らされた、人がいない廊下を歩く逸耶の背中を見つけ、飛びつきたくなるのを我慢しながら、彼との生活を想像してみる。



専業主婦で彼の帰りを待つ生活も悪くないのかもとか、共働きで帰りに手を繋いで帰ったりするのも、なんて色々考えていた。



だから、前をちゃんと見ていなかった。



────ドンっ。



誰かの体にぶつかったようで、鼻を打ってしまう。



「ぁ……ごめんなさっ……」



「胸に飛び込んで来てくれんのは嬉しいけど、ボーッとしてないで、ちゃんと前見て歩け。危ねぇだろ」



鼻を押さえる私の手を優しく握って、ぶつかった相手である逸耶は、そのまま唇に持っていく。



「こんな人気のねぇ場所で、そんなエロい顔でボーッとして、他の奴ならどうすんだ」



「え、エロい顔なんてしてないよ……」



「アホか。お前は考え事してる顔ですらやらしいんだから、自覚しろ」



そんな事言われても、それは逸耶から見たらなだけで、みんながそんな風に見てるわけじゃないだろうに。



逸耶自身が言っていたように、確かに彼は色々厄介かもしれない。



ただ、それを受け入れるのも、受け止められるのも、それと同じくらい厄介な私だからだと自負してたりもする。



「あ、そうだ。お前パスポート持ってるか?」



「あ、うん、一応あるけど。何で?」



「ウチの両親に、会ってみるか?」



まさかの提案に、固まる。



逸耶の、お父さんとお母さん。



目の前の愛おしい人を生み出した人達。



「うん、会ってみたい」



「っ、あ、そっか。んじゃ、予定聞いてみるか」



一瞬、逸耶が少し嬉しそうにはにかんだ様な顔をしたのを、私は見逃さなかった。



「逸耶って、可愛いね」



「あぁ? 何だ、急に」



「ふふっ、可愛いなって思っただけ」



逸耶が黙る。



「ほぉ、大人をそうやってからかうとは、いい度胸じゃねぇの」



「からかってないよ。逸耶ってあんまり浮かれたり、派手に喜んだりしないから、そういう姿をたまに見せてくれるのが嬉しいだけ。逸耶は結構私の事好きなんだって分かったりとかしたら、嬉しいし」



「何だそれ。大人になると、体全体で喜ぶとかあんま多くねぇし。つか、お前を好き云々は今更だろ。プロポーズもしただろーが。まさか伝わってなかったなんて言わねぇだろーな」



逸耶のたまに見せる、拗ねるみたいなこの子供っぽい表情も好きだ。



彼にどんどんハマって、沼に沈んでいく。



「ちゃんと伝わってますよ、先生」



「突然の先生呼びは、なかなかクるな……。悪い事してる感じだな」



楽しそうな逸耶を見て、私は頬が緩む。



「先生、大好きです」



「お、生徒から告白されるとは、俺モテモテー」



「ふふっ、心こもってない」



笑う私の腰に腕を回し、近くの教室に連れ込まれる。



電気の消えた教室に、夕陽が差している。



入口の扉を閉めたとはいえ、いつ誰が通るか分からない場所で、先生とキスをする。



「んっ……はぁ……誰か来たら、見つかっちゃうよ」



「ん? まぁ、そん時はそん時だな。先生に任せなさい」



「はい、先生」



「お前に先生って言われると、何かエロく感じるな」



「クスっ、何それ。じゃぁ、普段呼べなくなっちゃうよ」



抱き合ってじゃれ合って、くすぐったいキスをする。



「好きだ、柚菜、愛してる」



突然真面目な顔で言った逸耶に、心臓がドクリと波打つ。



「これからの未来も、不安も何もかも、お前の全部を俺が責任持ってやるから、安心してついてこい」



触れるだけで満たされる、ゆっくりじっくり確かめるみたいにされるキスに酔う。



「返事は?」



「はい。よろしくお願いします」



私が答えると、逸耶は子供みたいな無邪気で嬉しそうな笑顔を浮かべて笑った。







[完]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不埒な関係 柚美。 @yuzumi773

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画