第36話

木曜日の学校帰りに、アオは伴雷のいる裏路地に寄った。

 伴雷はにこやかにアオを迎え、隣のファミリーレストランに入り、季節限定のパフェを注文する。桃がこれでもかというくらいに乗っている。伴雷はコーヒーを頼んでひたすらににやついている。


「家に帰った次の日から、しばらくじろじろ見られてたよ。特にお腹」

「失礼な連中だね。――俺はね、路地裏行ったら花が添えられてたよ。死亡説流れてたっぽくて」

「死亡説。女子高生連れて蒸発したって話じゃなくて?」

「まあ、正確なところはわかんないよう気を付けてたし?」


 底が知れないな、とアオは思ったが、そこには触れずに話を続ける。


「遠巻きに色々言われるもんだから、舞が面倒になって、大声で『で!? 合田伴雷と付き合うことになったんだっけ!?』って」


 伴雷は思い切り咽ていた。それから体を乗り出してアオに詰め寄る。


「ごほ、う、え、ええ? それでアオさんはなんて?」

「『そうだよ』」

「肯定しちゃった!」

「まずかったかな」

「いやあ……まずくはない……うれしい……」

「それならよかった」


 学校で流れる噂くらいならば、伴雷はいくらでもコントロールできるのだろう、とは思った。違う噂で打ち消すだとか、もっととんでもない噂で上書きするだとか。都合が悪ければ勝手にそうするだろう。アオはテーブルに飛んだコーヒーを拭き取る伴雷を見ながら言う。


「……けど結局これは、私だけに都合の良い形のような」

「悩みは尽きないねえ」


 伴雷が望むものはいまいちよくわからないままだ。とにかく楽しそうにしているが、なんでもいい、ということはないはずだった。いくら悩むのが苦手とは言っても、イコール傷付かないということではないだろうし。気分の浮き沈みがないということでもないだろう。考えていると、伴雷は軽い調子で手を打った。


「そうだ、最近俺も悩みがあってさ」

「へえ」

「俺は、その、やっぱほら、もう三十路だしさ」

「それが?」

「アオさんが若いやつに目移りしたらどうしようかと」


 あまり想像できないことだ。「悩みは尽きないね」「いやほんとに」どちらかと言えば、伴雷がより興味のあるものを見つけてどこかへ行ってしまうほうがありそうだ。いや、あり得ないのかもしれない。どちらの可能性も同等にあるように思う。

 アオはやはり、伴雷に報いている気がしない。


「やっぱり、私に都合が良すぎる」

「いやいやいやあ~全然そんなことねえって」

「なにか返したらちょっとは楽かも知れない。なにか欲しいものある?」

「いやいやいやいや、もう俺はこれでも一杯一杯で、これ以上は持ち切れるかどうか。目の前でアオさんがパフェ食ってんだよ?」

「ついこの間まで三食一緒に食べてたけど……」

「いやでももしアオさんからもらえるものがあるとすんならあー」


 あ、あるんだ。アオはいくらかほっとして伴雷からの言葉を待つ。伴雷は自分の体の前で指をごちゃごちゃさせて、視線を左右に泳がせる。そんなに言いにくいことなのかと心配になってきたが「薙刀が」と言われて気持ちが凪ぐ。


「薙刀振ってるところが生で見たいなあ、って、ずっと思ってて。俺実は、動画でしか見たことないんだよねえ。一人でヘビロテしてんだけど」

「……いいけど、おばあちゃんいるよ」

「俺は別におばあちゃん嫌いじゃねーんだけどなー!」


 パフェを食べきって、息を吐く。やっぱり、都合がいいように思えてならないが、本気の要望には違いない。


「そんなのでよければ、いくらでも」

「ヤッター!」


「いつなら行っていい?」と即座に予定を聞かれる。アオは鞄から手帖を取り出して、祖母とぶつからない休みの日はあっただろうかと考え始める。二人きりだと大分当たりが強いし、出来得る限り遭遇は避けたほうがいいだろう。「えーっと、そしたら、来週の」土曜日。と言いながら顔を上げると、伴雷はこちらに手を向けて真っ赤な顔をしていた。


「……待った。そのあと部屋に入れて貰えたりすることを考えたら貰いすぎな気がしてきた。不安になってきたからちょっと観覧料払うわ」

「ちょっと」


 それでは自分の方が不安になってくるのだが。貰う訳にはいかない。アオは、自分が今なにを押し付けあっているのかわからなかったのだが、伴雷は簡単に言葉にしてしまった。


「だって、アオさんが俺のこと好きすぎるから照れちゃって」


 アオはぽかんと口をあけたあと、納得して「なるほど」と頷いた。なるほど。伴雷が顔を赤くしているのを見てニッと笑う。


「え、なに、かわいい。どういう顔?」

「伝わっててよかったと思って」

「うっ」


 打撃攻撃でも受けたみたいな声だった。

「やべーすぎる、俺のアオさんがかっこよすぎる」「マジやべー」と、伴雷が胸を押さえてテーブルに突っ伏すので、アオはその様子を上から眺めて頭を撫でた。


『注意、許可なく触れたら爆発します、了』

※参考文献『字源の謎を解く』北嶋廣敏著

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注意、許可なく触れたら爆発します アサリ @asari_o_w

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