エピローグ
第26話
私は今、凄くいたたまれないです。
「……お前は、昔から私を驚かせるのが上手い奴だな」
「あ? あんたが勝手に驚いてるだけだろ。俺はなんもしてねぇよ。美颯、んなとこいねぇでもっとこっち来いよ」
そんな事言われても、動けない。
目の前には、今日初めて会った大人の男の人。
何処となく、奏夢に似ている。奏夢の父親。
威厳があって、気難しそうな紳士。
「見合いをむちゃくちゃにして、その上突然連れてきたこのお嬢さんを嫁にすると。お前はどこまで私に尻拭いをさせるつもりだ、全く」
「尻拭いなんて頼んでねぇ。自分で稼いであんたの世話になんてならなくてもやってけてるし、いくら父親でも、あんたに俺の嫁を決める権利はないし、筋合いもないね。会社もあの恐ろしく優秀なお義兄様がいんだろーが。つか俺、自由にしてよくね? あんたにもわざわざ挨拶きてやってんだから、それだけでもありがたいと思えよ」
父親に、こんな怖そうな人にこんな口を訊けるのが凄い。
さすがというか。この人は、無敵なのだろうか。
「君はこんな横暴な奴が伴侶で大丈夫なのかね。今からでも考え直した方が……」
奏夢のお父さんがそう囁いたら、体を引き寄せられ、奏夢の膝に横向きに座らされる。
こんな、奏夢さんのお父さんの前で、こんな格好をさせるなんて。
「奏夢っ、ちょっ……」
「ふっ、ラブラブか……まぁ、お前には何を言っても無駄か。どうせ反対しても仕方ないんだろうな。好きにしろ」
この厳しそうな人から、ラブラブという言葉が出る事にびっくりしてしまう。
「で? 孫の顔はいつ見れるんだ? パピーは、双子ちゃん希望で」
「あ? 何だパピーって……野球出来るくらい作ってやんよ」
勝手に凄い話をされている。
パピー。こんな事言う人には見えないのに。
「よし、美颯。早速子作りするか」
「へっ!? 何っ、やだっ……」
「ちっ、駄目か」
不満そうな顔の奏夢に、何故か驚きに目を見開く奏夢のお父さん。
「いやぁ、驚いた。あの奏夢がねぇ……」
何だろう。少し楽しそうな顔。
「生意気で横暴な奴も、型なしだな。尻に敷かれるのが目に見えるわ、こりゃ」
声を上げて笑う。何だかんだで二人は仲がいいんだろう。
ほんとにいい家族なんだなって思った。
こんな温かい家族に、なりたいなんて、思ってみたり。
「美颯さん」
名前を呼ばれ、そちらを向く。
「こんなどうしようもない愚息で悪いが、よろしく頼めますかな?」
言って微笑んだ顔が、やっぱり似てる。
私は自分の中の精一杯の笑顔を浮かべて、首を縦に振ってはいと答えた。
満足そうな親子。そんな二人を見て、私も満足。
幸せにしてもらってばかりだから、今度は、私が幸せにする。
早く、大人になりたい。彼を支えられるように。
奏夢が私を助けてくれて、私に幸せをくれたから、たくさんお返しがしたい。
出会いが出会いだったのに、こんな事になるなんて、人生は分からない。
この幸せがずっと続くように、奏夢と一緒に生きていきたい。
この人の隣なら、何も怖くないから。
「美颯、ほら、行くぞ」
差し出された手を離さないように強くぎゅっと握って、私はしっかりと歩き出した。
[完]
虚無の果て 〜稲瀬美颯の場合〜 柚美。 @yuzumi773
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