煙草、それは夢の残り香

間川 レイ

第1話

 私も煙草を吸うという話をすると、いつだって聞かれることがある。へえ、意外!どんなのが好きなの?私はいつだって困ってしまう。私は別に煙草の味が好きで吸っているわけではないからだ。むしろ正直なところ、煙草の味の違いなんてわからない。ナッツ系だとか、桃のフレーバーがとか聞いた時には美味しそうだと思うけれど、いざ実際に自分が吸ってみると違いがわからない。それどころか、まるで味がわからない。吸い方が悪いのかもしれない。


 そんなド級の味音痴の癖して、喫煙歴は無駄に長い。20歳の頃には吸い出したので、かれこれ8年ぐらいは吸っている。そして地味にヘビースモーカーである。一箱20本開けるのに一週間かからない。味の違いなんて分からないから、とりあえず1番安いキャメルと言う煙草をプカプカふかしている。本当はラメの可愛い煙草や評判のいい煙草、葉巻などにも興味はあるけれど、どうせ味なんてわからないので安いキャメルで我慢している。


 そんな話を友人にした時、友人にはひどく笑われたものだった。それじゃああなたは何が楽しくて煙草を吸っているの。お金と健康をドブに投げ捨てているようなものじゃないと。


 お金と健康をドブに投げ捨てている。確かにそうなのかもしれない。薄給の私に煙草代は月々の負担として重くのしかかっているし、煙草を吸い出してから息が切れやすくなった気もする。普段の運動不足もあるのだろうけれど。でも、だからと言って煙草を止めようとは思わない。


 始まりは憧れだった。好きな刑事ドラマで、推しの俳優が美味しそうに煙草を吸うのを見て。あるいは自傷願望だったかも。私は昔から親と仲が悪かったから、親から貰った大切な身体を、その有害性を喧伝されてる煙草でめちゃくちゃにしてしまおう、みたいな。


 でも今は違う。憧れだけで煙草を吸い続けるには歳をとりすぎたし、親との仲も大分改善された。少なくとも積極的に自傷行為をして親への復讐だと悦にいる必要はないぐらいには。


 じゃあなぜ煙草を吸うのかと言われると難しい。一言で言うと惰性なのかもしれない。煙草を吸い出してから色んなことがあった。夢を持ち、夢に向かって邁進し、夢を叶える壁の高さに涙した。夢を叶えられない人生に意味は無いと、何度も死のうと思ったし、何度も手首を切った。橋から飛び降りようとして取り押さえられたことさえある。夜な夜な誰か私を殺してくれと深夜まで街を彷徨い歩きもした。友達に夜中に死にたいと泣きながら電話したこともある。そんな傍らには常に煙草があった。煙草を吸いながら涙を浮かべて夜遅くまでで歩いたものだ。


 煙草とは、多分、私にとって夢の残り香なんだと思う。かつて私が努力した証。今でこそ夢を諦め、流されるままに楽しい方に生きているけれど、かつて私は夢を見た。煙草を咥えて参考書に向かった。その残り香が、私にとっての煙草なんだと思う。私の夢のそばに、ずっと煙草はあったから。だから私は煙草を吸うことをやめない。やめられない。私はその残り香を味わいたいから煙草を吸っているのだろうと思う。

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煙草、それは夢の残り香 間川 レイ @tsuyomasu0418

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