ー6:「『非道』」

 オレはどっかの『国』の生まれだった。


 何処かは知らねえし、名前も覚えちゃいねえ。

 ただその頃のオレは恵まれてて、友達と呼べるヤツだってたくさんいた。何不自由なく笑っていられた。

 まあまあでかい家。優しい家族。隣の家には親友だっていた。

 オレと同い年の、元気溢れる子供――――名前は確か、フェルムとか言ったか。


 フェルムはとにかく好奇心旺盛な男子だった。目に付くもの全部に興味を示して、あちらこちらに首を突っ込む。オレもよく付き合ったモンだ……諫めながらも、その胸は高鳴ってたが。

 危なっかしくも眩しいほど純粋だったソイツに、オレは何だかんだ憧れてたンだと思う。


 ふかふかの寝所、美味え飯、退屈しねえ日々――――満ち足りていた。

 何はともあれ、こんなにも幸せな毎日が続くと、当時のオレは思っていた。何の根拠もなしに、な。



 あれはオレが丁度、八つになった頃か。



 その頃のオレたちは「外」に興味を持ち始めていた。


 フェルムもオレも馬鹿げたほどに無知で、「外」にはオレたちを守るための躯械がたくさんいるモンだと思ってた。躯械はオレたちにとって、英雄みたいなモンだったんだ。


 だから、「外」に出てみよう、ってフェルムが誘ってきた時には、心ときめいたモンさ。


 子供はじっとしてなさいだとか、危険だから「外」には出るなとか、思えば言われてた気がするが、そんなことちっとも頭に入って来やしなかった。無垢だったんだ。


 忘れやしねえ。フェルムから「外への抜け穴がある」と言われ入った路地裏。


 ――――『凶存ルベラ』に会ったのは、その時だ。



 朗らかな笑みで、ヒトの形をして。


 道の真ん中に、

 何食わぬ顔で立ってた。



 ……ヒトの頭を持って。




 オレもフェルムも理解できなかった。いや、目の前の景色を理解しようとする頭を、オレたちは必死に拒んでたんだと思う。


「あァら。あら。キミたち。


 そう。その目。


 何でワタシにそんな目を向けるのかな? 教えて下さい。是非」


凶存ルベラ』がゆっくりとオレに近づいてきていた。


 オレは怯えと恐怖と、得体のしれない何かを覚えて全く、その場を動けなかった。足がガクガク震えて、今にも心臓が止まってしまいそうな心地がした。


 オレはココで死ぬんだな、と、幼いながらも感じていた。



「――あァら? これ。面白いね。アナタ。そう


 何で動いたの? 教えてください。是非」



『凶存』が突き出した真っ黒な腕。じくじくと蠢いたそれに、オレの胸は貫かれる事なく。



 代わりにフェルムの胸を、突き刺していた。



「リオノア…………!!! けふ、逃げろ…………!!!」


「ワタシ。ワタシをそう。是非。見て。アナタの今の。是非。見て見たい。この目で。口で」


 カイエンカとテタンには、嘘をついた。いや、忘れようとしてたンだろうな。


 フェルムを殺したのは、オレだ。


「AあAああAAああAAAあああ」


「うん。面白い! まだ。頭がある。脳。そう。脳が。アナタの大切なもの。


 そう。それは。――キミ」


『凶存』がオレの目の前でカタカタと笑った。その笑みは何時いつまで経っても消えない。


 オレの目の前にはフェルムが――いや、がいた。心臓があった位置――――そこは今や、濃緑色の何かが埋め尽くしていた。

 フェルムだと信じたかった、ソイツは、躯械になってしまっていた。


「そうこれ。これが。あるべき。『共存』のカタチ。

 アナタもそう。みんな笑顔。いいね。面白いね。楽しいね。

 ――――悲しくない。でしょ?」


「RRRRり、おOOOOONNおAAAAAA」


 そこから先は。


「――助け」


 あまり覚えていない。



 気付けばオレは、フェルムの胸にナイフを突き刺していた。護身用の、ナイフ。使うつもりなど、なかった。


 滲んだ視界がぼやけて、辺りがよく見えなかった。きっと、全部が瓦礫に見えてたり、みんなの体が鉄になってたり、家が燃えてたりだなんて、オレの幻覚だったのだろう。


凶存ルベラ』は既に姿を晦ましていた。オレは掌の内に、鉄の残骸フェルムを抱えて、歩いた。


 オレは救われた恩を仇で返した。


 オレの心はきっとその時、壊れたんだと思う。




 ◆




 そっから紆余曲折、なんやかんやあってオレはこのしょうもねえ命を繋いでる。


『凶存』に近づくためには、に行く必要があった。この世の、ヒトの醜い所を全て詰め込んだような、暗がり。そこにきっとヤツはいる。


 カイエンカとかいう馬鹿は何故かオレについてきた。何故かは知らねえ。


 あらゆる躯械を壊して回れば、オレの悪評は瞬く間に広がった。依頼の中に国の防衛を担うような躯械がいたから、そのせいだろう。

 その鉄屑をオレに壊された国は、直後他国に攻められ、滅びたらしい。どちらにせよ、知った事ではなかった。


 つまりオレは遍く国から忌み嫌われる、ありがてえ名誉を承ったってわけだ。


 悪評は恐れに、恐れは憎悪に、てんてんじて尾鰭までつき、変な依頼、残酷な依頼も様々舞い込んでくるようになった。


 暗がりへと引き摺り込まれ――『凶存ルベラ』に近づいている実感が、確かにあった。




「リオノア。ナイド森林に置いてきた突き匙、取って来ちゃダメかな?」




 何てことねえある日、奇妙な躯械に会った。


 少女みてえな見た目をしてる癖に、デリカシーなくソイツはオレの盾を粉々にした。は無事であったが、それでも。流石に怒りが湧いた。



「どうぞ。殺して」



 ソイツが自分を躯械だとバラしやがった時。

 ソイツはフェルムみてえに己の命を捨てようとした。罠かとも考えたがそんな様子はない。どうやら目の前の躯械は、本当に命が惜しくないようだった。

 なら丁度良い。『忌命』を知るためにも、こいつを徹底的に使い潰してやろう。

 どうせヒトを殺しちまったら、勝手に自殺する。そんな確信があった。



「見せてよ。わたしのいない世界を」



 グラエンデを殺した時。

 ソイツは――テタンはさも悲しげに微笑んでいた。まァ確かに、こんなどうしようもねえ鉄屑を、この世から消し去りたいって気持ちも分からんことはない。

 だけどテメエはその対象に、テメエ自身を含みやがって。本当にそれでいいのか?



「わたし、役に立てたかな」



 テタンがクィホートの腹に、オレと『粛星』の代わりに飛び込んだ時。

 テタンは無理やり口を歪ませながら、そんなことをオレに言ってきた。そんな態度にオレは、無性に腹が立ったのを覚えている。

 フェルムに助けられてから、オレに助けられる権利など残ってるはずがない。だのにテタンは二度もオレを助け、オレのために『粛星』に立ち塞がった。

 全てオレの役に立つ為――――ふざけるなよ。

 こんなオレのために命を賭す方が間違っている。オレがあやまつ所は何回も見せてきたはずだ。

 そんな苦しい顔をするなら――――――――オレが、止めさせてやる。



「わたしはリオノアのこと、信じてる。それは、リオノアが何者でも、関係ないよ」



 貧民窟パウバーで見るに堪えねえ光景を見た時。テタンは悲しい顔をしていた。


 そう。心を痛めていたにもかかわらず、だ。オレのことを、信頼するなどと…………


 馬鹿げたことを言ったものだ。テタンはこの世の不条理を見ても尚、オレを信じていたんだ。


 眩しかった。その眩しさから目を逸らしてる自分に気付いて一層、怒りが湧いた。何故か分からなくて、復讐だけに心血を注ごうとした。目に映るもの全てが悪く映った。


 …………クソ、分かってた。本当は分かってたはずなんだ。テタンがオレを殺す気なんてないんだって。テタンはオレを理由も無く信じてくれてるって。


 テタンはどうしようもなくフェルムに似ていたんだ。その純粋。


 ――オレは今度こそ、守り切らなきゃ、いけなかったんだ。


 やっと、気付けた。


 もとからきな臭かったモンだ。復讐がオレの視界を狭め、黒く、染めていた。

 悪いのは、オレだけ。責任は全てオレにある。



 今こそ、今度こそ、道を誤らない。


 なァ神様。


 最後にもう一度だけ。もう、一度だけでいい。


 オレにヒトを――いや、テタンを。


 信じさせちゃくれねえか。




 ◆◆




 リオノアがこつ、こつ、と階段を上がる。


 最上層への道は、家でも建てられそうな幅が広い大階段一本だけであった。

 否、層とは呼べない可能性がある――――最上層自体が、台地のように四方から盛り上がって形成されている。

 さらに言えば屋内ではなく屋外――まさしく「塔」の頂上なのだろう。凍えるような夜風が容赦なくリオノアに吹きつけていた。


「『狩りは死にに行くためにする物じゃねえ』、か…………」


 リオノアが以前テタンとカイエンカの前で放った言葉を思い出す。

 あれは単純に、媒介師としての矜持が言ったものだ。死にに行くために戦うなど、愚劣も愚劣。命は簡単に捨てるものではない。


 リオノアがふっ、と笑った。己の愚かさを嘲るが如く。



「…………悪い、テタン。


 オレはやっぱり、平気で嘘つく人間ヒトみてえだ」



 リオノアが最上段を上り、最上層の地に脚を掛けた。



 直後。瞼の裏まで突き抜けんばかりの閃光。思わず腕で光を遮る。



 溢れる光が収まった時。己の虹彩を搾り、リオノアが見た光景は。



「アイツが、『非道』?」



 縦横遊エスサルコウに乗った、数多の人々。


 皆見なりが良く、背丈も身長も生きた年も異なっているだろう。いや少し高齢が多いか。

 そんな者たちが共通して――――――――リオノアを見ていた。



「そうよ! 見たことがある! あの男が『非道』なんだわ!!」

「アイツが『非道』……! 俺達の安全を散々脅かしやがって!! 何が目的なんだ!」

「贖罪の意識は無いのか! 無いのだろうな!! 人の心が無い、化物めが!!」

「お前のせいで、俺の故郷は滅びたんだ!! お前が俺達の躯械を殺したせいで!!

 どう償うつもりだ!! 屑が!!」

「そうだ! 貴様が今までしてきたこと全部償え! 貴様が今を以て死ねばよいのだ!! 死んでしまえ!!」

「そうだそうだ!! 死ーね! 死ーね! 最後ぐらい面白いところ見せてくれよ!」

「そうだその通り!! 殺っちまえよクレイン様!!」

「そうよそうよ!!」


「「「「「死ーね!! 死ーね!!」」」」」



 皆見たことない、出会ったことも無い人々が一様に、リオノアの死を願っていた。

 そんな批難、誹り、咎め、罵声を浴びせられ、ただリオノアはふう、と息を吐く。


 安心する。諦めにもこの感情は近い。そうだ。――――これが、「正しい」のだ。


「はいはい。そこまでです。皆さま」


 縦横遊から浴びせられる声がピタリと止んだ。ぱんぱんと鳴る拍手、ただ一つ――地上から聞こえた声の主を見る。

 純白のタキシードに身を包む、中年男性が一人。その金の髪を優雅に靡かせ、円のように丸い目をぱちくりと瞬かせていた。


「アナタが『非道』さまですね? ワタシはクレイン・ディア・エイサシスと申します。

 此度はおいで下さり誠嬉しゅうございます。ワタシの。庁国の繁栄の為。アナタもとなりませんか?」


 リオノアが押し黙り、クレインを、じっと見つめる。クレインはその眼差しを不思議そうに受け止め、ただ朗らかに笑った。


「どう致しました? 何か不都合なことでも――――」


「はァ…………止めだ止め。話を聞こうと思ったオレが間違ってた。


 なァ――――『凶存ルベラ』」


 男性の顔が笑みのまま固まる。否、その面に感情など込められていない。深淵を覗いているかの如き心地。

 何となく察していたことだ。例えその顔がどう変わろうとも、オレが間違えるはずがない。

凶存ルベラ』がカタカタと笑う。隠そうとする気はないようだ。


「あァらあら。アナタとワタシ。どこかでお会いしましたか?」


「どうでもいいことだろ? それよりも――――なァテメエら!!!」


 リオノアが空に向かって吼える。


 月夜、燦々と垂れる白光を一身に受け。一人の男の影が大きく、恐ろしく映し出された。

 縦横遊に乗る民衆が悲鳴を上げる。注目が痛いほど突き刺さる――そうだ。それでいい。


 リオノアが大きく息を吸って、放った。


「天上天下ご照覧あれェ!!


 ――――オレが!! オレこそが『非道』、リオノア・ガルテだ!! テメエらの腐った目も耳も! もォ飽き飽きだクソッたれ!! 


 躯械も人間も関係ねェ――――みんなみィーんなブチ殺してやる!!」


 民衆にぞわり、と喧騒が広がる。恐怖、恐れ、嫌悪…………その全てはリオノア・ガルテに。


「アナタ…………何がしたいのですか? ここには。アナタ一人。誰も助けになど来ません」


「そんなモン来るわけねえだろバァァァカ!!! 


 オレはテメエを狩りに来たんだよ!! 


 オレだけ見て、オレだけ憎め!! そして死ね!!」


 リオノアが背に提げた撃盾を手に取り、『凶存』に下装ユピターを以て迫る。民衆の縦横遊が高く、手が届かない所に上昇していくのが分かった。


「そうリオノア。面白い。ワタシたちのために是非。そう是非。


 ――――その心臓を。戴きましょう」




 …………テタンを逃がす。その時間を、今稼ぎ切ってやる。




 ◆




 リオノアが『凶存』まで後三十歩といった距離で、台座となっていた鉄層が蠢いた。


「――――ち」


 咄嗟に前方に盾を構える。蛍光緑の残像が見えたと思った時には腕に衝撃が走る。低くした腰に逃げていく衝撃。


「あァら。あら。〈這い灰ナルムタ〉の腕。ワタシの頭。交わりがあったのですよ? 美しいと思いませんか?」


 下装に最大限の力を籠め、その場で宙返り。リオノアが衝撃の原因をその目で捉える。

 濃緑と黒が混じった、不定形の腕。クィホートにも似ているが本質的には異なる。

 ――――『流体金属リキッド』だ。

 輪郭すら定めないそれが、意思を持ったように、リオノアに迫る。


「⦅崩光、想鉱に。E m t : i m g M i _ r 天ね広がれy " e x p o u n g!⦆」


 リオノアが鉄条紐を以て姿勢を制御。

 砲口から暗い光が見えたと思うと押し寄せる波に小さく鈍く滲んだ光が拮抗する。程なくして飲み込まれるかと思われた。しかし。


「……そうアナタ。ワタシのこと。よく知ってる。それは脳? やはり見て見たい。是非」


 小さい光は近づく液体金属リキッドを悉く。波は光に当てられ砂へと変じ、空に融けていく。光が異常が宿していることは明らか。


「どこまでご存じ? ワタシはアナタを溶かしたいけれども。そうアナタ。素晴らしい。。溶かすなんて」


「何の対策も無しに来るわけねェだろォ!! ――つまり、テメエは何ら変わってないってこった」


 リオノアが小さな声で呟く。遠見をして周囲全てを視界に収める。


 台座の内から溢れる液体金属リキッドの全貌が見えた。


 未だ輪郭は無く、しかし大まかに形づくられたそれは――四つん這いの巨人タイラント


 体全体を溶かすように、黒緑混じる表面が伸びて延びて、リオノアを真横から鞭のように襲った。


 反射的に盾を割り込ませる。


「〈這い灰ナルムタ〉。ワタシの愛の結晶。そうワタシ。クレインこれはただのから

『非道』も共に在りましょう。是非」


「ヤなコト聞いちまったなァ!!」


『凶存』自体のクレインを殺せばよいと思っていたが、それは大きな勘違い。『凶存ルベラ』自体も、あの〈這い灰ナルムタ〉とか言う四つん這いの内に「溶けている」ようだ。


『凶存』が芝居めいた仕草で指を鳴らす。

 リオノアと巨人を取り囲むように広がり覆う液体金属。蛍光緑入り混じる巨人の体から延びたそれは数えきれない。


 逃げ場は無く、大勢の野次馬オーディエンスから歓声が上がり、もう頭もまともに動かずにいる。

 まさに誰も彼もが受け入れざるを得ない孤立無援――――上等だ。



「ほぉらどうした!! オレはココだ!! 逃げなんかしねえよ!!」



 四つん這いが立とうとして、宙を泳ぐ縦横遊じゅうみん共が慌てて避ける。


 縦にざっとビル一個分。横はずんぐりむっくりに太って――その腹から、針のように鋭い腕がリオノアに


「――――!? ⦅E mt⦆!!」


 盾で受けようとするが、内側からが見えた途端、即座に切り替え。前に大きく飛び込み、次いで光で薙ぐ。

 光が触れた腕は――その場で更なる血をまき散らした。


「アナタ。楽しみましょう! 〈安よ揺籃t h e t y u G o〉!」

「ぐッ――


 ――はァァァァァァ!!!」


 血が魚の如くぴちぴちとリオノアに向かって跳ねたかと思うと、再び液体となってリオノアの肩に触れた。直ぐに取り払うが衣服の上からも分かる。少しの変質――鉄に、なっている。


 しかし、気にしていれば直ぐ躯械に変えられてしまう。リオノアが下装の出力を最大にして真上に翔けた。途端足下で弾ける液体金属リキッド


「『凶存』ともあろうヤツが!! あの見守りしている奴らは狙わねえのか!! 優しすぎて笑えるぜ!!」

「そのまま返します。そうアナタ。是非にも。


 彼らはワタシを支持する者。そうワタシの。ワタシと共に歩むことを選んだのです。なんと美しい。思いますよね。是非」


凶存ルベラ』が真上の観客を指して言う。体は首庁相クレインというわけか、クソったれ。


 それよりも。と『凶存』が続けて言う。幾分かその目は輝いている気がした。


「アナタの盾。――――ワタシ。そうワタシの。の臭いがします。

 ああ! もしかしてそれは。ワタシの手で生まれた。美しい『共存』関係では?」


「だまれ」


 リオノアが一言、発する。それには『凶存』も仰け反るほどの、強烈な怒気が込められていた。


「はは。なんと。美しい」

「だ、まれえええええええ!!!!」


 リオノアが突貫する。『凶存』がその口をカタカタと歪ませた。

 油断している。その目、手足――――応じて〈這い灰ナルムタ〉の動きが少し鈍る。


 そう、リオノアは――――、周囲一帯の状況を逐一確認していた。笑いも、その怒りも、全てが演技。


 彼の計算通りに、リオノアと〈這い灰ナルムタ〉の間に一本の道ができる。

 それは、彼が思考の果てに紡ぎ為した、か細い、しかし確かな道。


 鉄条紐がたわむ。


 ――今だ。


「⦅崩鋼、刻み殉じて、C o n c : L i o n o a _ F r m e : 覇てを伐れM e v ; T w n――」


 リオノアが本来の全速力を以て、〈這い灰〉に接近する。『凶存』が目を剝いた。


「〈這い灰ナルムタ〉。腕を」


 リオノアに向かって間に合った腕が盾に薙がれる。それは腹より生えた第三の腕。


 リオノアの撃盾が軋みを上げ、暴発するが如く、賦律が乱れる。


 腕がそのまま叩きつけられた。火炎が、焔が渦を巻く。

 道は断たれたと思われた。


弾の火双 b l d _ s h l l d――――⦆」


 リオノアが別方向、腕の真横から姿を現す。

 思わず〈這い灰〉の腕先を見る『凶存ルベラ』。

 賦律の火炎と――――腕を絡めとる


 設置型の罠――!


 リオノアの盾が断たれる――――に。腕はいなされ、今や彼の長方盾はと化していた。


「⦅――〈天衣矛崩D e s t r m e l y〉⦆」


 リオノアが〈這い灰ナルムタ〉の腕を切り裂き、かの体の中に『素核』を見る。下装が膨張する。『凶存ルベラ』が何か言う。

 関係ない。空を踏んで〈這い灰ナルムタ〉の『素核』を――――



 ――――真っ二つに割った。



「――――は」



 リオノアが息を吐く。ゆっくりと動く視界の隅には、縦に割られた『素核』が落ちてきていた。

 フェルム。オレは、オレはやっと――――



「想定外です。そう。


 ――ここまで一人で輝けるとは」



『凶存』が何かを言った。



 その言葉がリオノアに届くころには、リオノアの胸は濃緑色の腕に穿たれ、突き飛ばされていた。


「かはッ」


 何だ。何が起こった。状況を再確認する必要がある。立ち上がらなければ。オレは、テタンを、逃がすために。この命を――――



 真っ二つに断たれた素核。


 それはゆっくりと。しかし確かに。『再生』されていた。



「〈這い灰ナルムタ〉は究極の共存のカタチ。彼に心臓はありません。


 全てが、心臓です」



 リオノアが盾諸共、大きく穿たれた。

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