ー7:「義に、道に、思いに」

 テタンが暗闇に落ちる。ただ為すすべなく、視界が目まぐるしく変わっていく。五層の華やかな景色、二層の白光。そして――何も灯らない深淵がまた、真下に。


「グッ」


 テタンが何かに衝突し落下が終わる。転がった先で衝突を繰り返し、彼女の体は鉄屑の山の麓に転がった。

 思っていた通り簡易的なゴミ捨て場だったようで、様々な形、種類をした鉄がテタンの落下を和らげる。高高度から落とされても結局テタンに傷は無く、リオノアの言う通りの「無事」であった。

 そんなこと、今はどうでもいい。


「リオノア…………!! リオノア…………!!」


 テタンが焦燥感に駆られその場を駆けようとする。しかし勢い余って鉄の山で滑り、その五体を盛大に打ち付けた。

 起き上がろうと、手をつき前を見る。ぐぐ、と苦悶の表情を浮かべながらも上体を浮かばそうとする。


 何も見えない暗闇の中で、見える者が一人。


「あら、テタンちゃん。こんなところで何してるの?」


 ドリフトだ。彼女はその首をさも不思議だというばかりに傾げ、テタンを見下ろしていた。

 彼女ならば、リオノアを止められるかもしれない。一縷の望みにかけて、テタンはドリフトに懇願する。


「ドリフト!! リオノアが――――」



「……ふぅん。


 名前のわりに、優しいのね。まぁ意味ないけど」



 ドリフトがテタンの頭を踏みつける。


 予想だにしない衝撃。

 地面に押さえつけられたまま動けなくなるテタン。何度も、何度も足裏を以て頭を蹴られる。


「ウっ、かは」


「硬……アナタ、躯械じゃん。全然気づかなかった……これは献上する価値有り、かしらね」


 ぶつぶつと呟きながら蹴りつけるドリフト。

 淡々と、しかし全力でその脚を振り切ろうとして、受け止められた。テタンが腕で固めている。困惑と疑問が渦を巻いた視線が向けられる。


「さっきからなに、言ってるの……!? ドリフトの言ってること、全然分からない……!! あなたは――――」


「あははは!! なに言ってるかだって!? 気付かなかったの!?」


 ドリフトが耳に響く声をキンキン吐き散らす。テタンの無知を嘲るような顔。彼女の眼鏡を通して見える瞳は、今や三日月のように歪んでいた。

 鮮明に伝わってくる殺意。――――まさか目の前の者から発せられるとは、思いも寄らなくて。


「何で、あなたは、組織のヒトじゃ」


「組織なんてもう無いわよ!! ぜんぶぜぇーんぶ、『凶存ルベラ』様が滅ぼし尽くしちゃったからねぇ!! ノロすぎなぁい!? あは!!」


 ドリフトがテタンの脇腹を強く蹴る。えずくと同時にポケットから何か転がった。


 それは掌ほどの大きさの鉄箱。鍵穴や、開け口すらも見つからない、リオノアから預かった鉄箱。


 今その鉄塊は、花開くように表面を四つに割っていた。


「何――!?」


 開けた内より、ジジと半透明の映像が広がってゆく。光が色を、色がを構成して白い部屋が映し出された。

 映像光彩ホログラム――――草臥れたスーツを羽織った、老紳士が顕れる。


 ≪――あ、あー、聞こえていますでしょうか。リオノア様? 貴方様がこれを聞いているということは、私は今や牢獄の中……まぁいいです≫


「――『朽花フォルール』…………?」


 ≪――先に言っておきますと、この件はどうか内密に。暴露されればどうなるか、言うまでも無いことですから≫


『朽花』が映像光彩ホログラムの中で埃を払う仕草をする。


 テタンもドリフトも固まったように、映像に見入った。しんしんと、灰が降り積もる音がする。


 ≪単刀直入に。――――貴方様が求めてやまない『凶存ルベラ』ですが、旧マレフィーグ庁国にいます。おそらく首庁相……クレイン辺りが目ぼしい≫


『朽花』が顎髭をさすりながら真顔で声を発する。普段の人間らしかない動作も鳴りを潜め、思案するかの如く、目線を上げる。


 ≪とは言っても、貴方様は信じて下さらないのでしょうね。分かっています。だからこそ……裏付けを用意しました。


 、と言えば伝わりますでしょうか。心臓を『素核』に替えられた彼らが最下層――貧民窟パウバーにて現れているようです。

 一説には人の心臓は『素核』として代用可能だと言いますが――しかしてその寿命は短い。証拠としては十分、でしょう?≫


『朽花』が笑み、クルリとその場で転回てんかいし、映像光彩ホログラムが薄れていく。

 しかし何を思ったのか、ピタリと体を止まらせた。まるで故障したかのように見えたのちに、その首だけをテタンたちへと向けた。


 先よりも凄惨な笑み。


 ≪ああそれと。――――ドリフトという女にはくれぐれもご注意を。


 私、嫌いなんですよね。外面だけ取り繕う人間≫


 ブツッ。


 映像光彩ホログラムの映像が途切れる。


 時が止まったような静寂の中、環境音だけが耳を支配していた。

 己の『素核』の脈打つ音。ガラガラと、どこかで鉄が崩れゆく音。

 頭が警告音を鳴らすように、妙な熱が頭痛を強め、ガチンと思考が戻る音がした。



 リオノアが、危ない。



「――――ッ!?」


「行かせると思う?」


 テタンが無意識で駆けるが、ドリフトは余裕たっぷりに言葉を放つ。

 ドリフトがテタンの行く先に回り込み、立ち塞がったと思うと、テタンの肩をなぞる不快な感触。咄嗟にスパナを取り出し弾くが、「電気」は既に十分量溜まってしまった。


「しまっ――」

「あは!! はーじけろッ!!」


 テタンを起点に放電。体中の至る所からバリ、と気持ち悪い音がして動こうにも動けない。


「はぁ…………『朽花ジジイ』め。よくもやってくれたわね…………」


 正体を掴もうと背後を見た時には、一本の管が地中に収まっていくのが見えた。その場に膝をついてしまうテタン。

 細長い舌にも見えるそれが、ドリフトを覆うようにして展開される。


「くっ……あなたは、クレインを嫌ってた!! そうじゃないの!? なら、何でこんなこと……!!」


「あははははは!! 嘘嘘!! ぜぇーんぶ嘘に決まってるじゃない!! 


 確かにそうね。『凶存ルベラ』様のために死んでいく犠牲も確かに存在するわ。カワイソウ……


 でもねぇそんなことどぉーでもいいじゃない!! 全部私には関係ないこと!!」


 ドリフトがキャッキャと猿のように笑い続ける。ここに来て、テタンは初めてヒトの醜さに触れた気がした。向き合ったからこそ、彼女の内面がひしひしと伝わる。醜悪で利己的なその内面が。

 リオノアはこんな中、耐えてきたというのか。


「人間の心臓で『素核』を代用するとね。


 あっという間に腐っちゃうんだけど、その代わりに既存の技術ぜぇーんぶ覆るような賦律運用ができるの。それはもうどんなも操れるぐらいに」


 ドリフトがその口を醜く横に歪める。それは技術者としての幸福を表してなお――ヒトとしての道をあやまった化物としての印象が大きい。


「そんなことをいとも簡単に行っちゃう『凶存ルベラ』様がいかに素晴らしいことか!!


 私は彼女の支持者。彼女の支持を上げるためならどんなことだって厭わない。


 本当は『朽花』が良かったんだけど、そうね――――


 …………大衆の目の前で悪人を裁くとか。いいと思わなぁい?」


「それは――――――まさか」


 テタンがはっと気づき、その顔を青ざめさせる。目の前で笑い続けるドリフトがテタンを視界に捉え、一層その口を、にぃと歪めた。


「そぉらがら空き!!」

「かッ」


 茫然とするテタンにドリフトが回し蹴りを叩きこむ。

 予備動作も、動きも全てが緩慢。にもかかわらずテタンは蹴りを顔面に叩きこまれた。鉄山を下り、斜面上から見下すドリフト。


「『非道』の言う通りじゃないのぉ!! アナタは彼の役になんか立てやしない!! まぁーたくのお荷物ねぇ!!」


「違う……!! リオノアは」



 ――――わたしを守ろうとしてくれてたんだ…………



 リオノアの全ての言動を思い出す。彼は何時いつからか、テタンを庇うがために動いていた。そこに『取引』以上の関係は無い筈なのに。


 分かっていながら何も動けない自分に、心が泣いている。今リオノアは、自分を守るためだけに戦っている。


 今にも駆け付けたいのに、それは邪魔か? と冷静な思考が告げていた。彼の思いを無下にしてしまうのではないか。

 わたしがここで逃げることが、役に立つということではないか。



 しかしそうすれば――――彼は、死んでしまう。



「なぁにその顔」


 ドリフトが吐き捨てるように言う。テタンの目は爛々と輝き、折れぬ意志をその身に宿している。蹴られ殴られても、彼女はゆらり、と立ち上がった。


「ち…………ウザったいなぁ…………!!」


 ドリフトが手を挙げた。応じるように地中から生える幾本もの管。先端は舌のようにぬめりを持っている。

 放電を伴ったそれらは一つ一つが致命傷で、テタンは逃れるすべを知らない。


 テタンがその一つをガッ、と掴んだ。


 全身を流れる電流に耐え、彼女はその口を以てぶちりと引き裂いた。未だ止まぬ闘志を燃やし、周囲を見渡す。


「こんなことがあっていいものか……!!


 まだ……!!」


 万策尽きてなどいない。打つ手は必ずあるはずで、命運が尽きたと嘆くのは、この命が尽きてから幾らでも嘆けばよい。

 まだ、手はあるはずだ。探せ、探せ探せ探せ――――!!



 ……わたし一人でどうにかする手など、あるのか?



「あ」


 目の、寸前に管が迫っていた。死――――




「なァに呆けてン。あんサン、自身持ちぃや言うてンのになァ!!」




 管が触れる一歩手前で止まり、ハラハラと花のように落ちて行く。

 それを為したのは深紅の髪。揺れる草葉に刀鉈マチェットが残像を以てチキ、と納められた。


「マチリク!!」


「おもっしょいコトしよォやないか、ウチも混ぜてくれや。


 なァ――――ドリフト」


 マチリクが笑って、ドリフトに口に含んでいた葉を吐く。足下に広がる淡い緑。


 それまで笑い嘲り、嬉々としてテタンを虐めていたドリフトの顔から血が引いていた。

 青ざめ、かたかたと震えるようにマチリクを指差す。耳に障る声が大反響。


「何で!? 何でアナタがいるのよ!! アナタは私が――――」


「爆殺したはずってか? 滑稽滑稽!! ウチはあれしきで死なないのでした!! ん~残念!!」


 マチリクがドリフトに向けてピースサイン。


 舌まで出して過剰なまでに煽るが効果は覿面。ドリフトの顔に再び血が戻って、顔を真っ赤にした。

 怒りだろうか。青筋までも浮かばせ、にこりと微笑んだ。


「…………もう、いいわ。私がこの手で、ちゃぁんと殺してあげる」


「なァにほざいてン。『組織』の裏切り者が。させると思うか?」


「逆にねぇ――できないと思う?」


 ドリフトが手を挙げた瞬間、地中より現れる何匹もの躯械。主に二種類。


 立ち上がった蛙のような姿態、〈河添う鹿グゥルヌイ〉。

 加えて体全体に棘を為したような四つ脚、〈懇ろ山嵐ポック・エピック〉。


 それらが鉄山ごとテタン達を囲んでいた。その数は十。しかし応じて皆、濃緑色の素核に身を委ねている。


「みんな『凶存ルベラ』様の施しを受けた、私のオトモダチ。


 組織の残党――マチリク。懇願するなら楽に殺してあげるわよ?」


「やぁねぇそんなキッタないモン。


 ――あんサン、聞きな」


 テタンを起き上がらせるマチリク。


 脚は重く、精神共に衝撃に襲われたはずだが、もはや彼女テタンが止まることは無い。無理やり上体を仰け反らせ、静電気を空に逃がした。

 テタンは満身創痍の体でマチリクを見る。その目は酷く、紅く輝いていて。


 ああ――信じてくれている。


「……あんなぁ。何も一人ですることねえンとちゃう? 『非道バカ』は――」


「リオノアは『上』、なの…………!!!!」


 マチリクが目を見開く。そして咄嗟にテタンが落ちてきた方向を見た。


 未だ塔の群れは白光をまき散らし――――豆粒にも見える最上層。何やら騒がしい。


 その一言でマチリクは事情を察した。『非道』は気にくわないが、そうなれば彼女がやることは一つ。


「ここはウチに任せな。…………やりたいことが、あるンやろ?」


「マチ、リク」


 テタンがマチリクの名前を呟く。

 迫りくる舌の大群。それをマチリクは一刀の下に切り伏せた。

 リーギュが信じる彼女テタンに、近づけさせるものか。


「あんサンはあんサンが思う以上に、味方がいるモンさ。頼りなよ――狂っちまうほどに」


「あり、がとう…………!!」


 テタンが駆けだす。ドリフトがそれを止めようとして――逆にマチリクに阻められた。


「くっ――組織にいるようなさぁ!! はみ出し者のくせに!! 邪魔をしないでくれる!!?」


「お、珍しく良いコト言ってくれるやないの。


 ――その通り。ウチは、はみ出しモンや」


 遠く、暗闇に消えていくテタンを視界の端に収め終わった後、マチリクはドリフトを見た。

 彼女を見つめる十の瞳。双眸は静かに、しかしマチリクのみに注がれている。

 マチリクが髪を梳いた。真っ赤な髪が闇夜の中、解ける。


「さらに言っちゃえば、ウチもあんサンと似たようなモン。

 ――――背反者ビトレイヤーってのはいつだってそう。受け入れられないのさ」


 マチリクが笑う。同族を見るかの如き目で見据えられたドリフトの身体に、怖気が走る。


 マチリクが腰に提げた刀鉈マチェットと――埃を被った「面」を取り出す。それは闇に溶け込んでしまいそうなほど黒い、幾何学模様を映している。


 さぁ――――狂信せいぎを為す時間だ。


「アナタ…………何、それ――――?」


 面を、被った。


 己の血が面を巡り、幾何学模様までも真っ赤に染まっていく。


「ところで……ドリフト。



 あんサンに、群青の光は見えるかい?」

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