ー6:「邂逅」
一方その頃、テタンは迷っていた。
「ん、パン屋、パン屋……パン屋ってなに?
――――ぅわ」
「痛ってえなこの野郎!」
目的地を探していると、背後から通行人と意図せずぶつかってしまう。
怒鳴りながらも、何故か足早に立ち去ってゆく男。リオノアがいかに己を守ってくれていたのか、あまり大衆に慣れていないテタンは、痛いほど実感していた。
「あれ? ちょっと少ない……?」
リオノアから渡された小包みの中身に困惑しながらも、歩みを止めないテタン。
ふと足下に、くすんだ布切れが落ちていることに気付いた。長い時間放置されていたのか、多くの靴の跡が付いてしまっている。
黒ずみすぎて、テタンも単なるごみだと無視しそうなほどだ。
「これ、軍人さんの……」
よく見れば、隅には黄金の
周囲のことも気にせずに、その場にしゃがみ込むテタン。慈しむように布の表面を撫で、手に取った。
「持ち主のところまで、必ず届ける。――だから安心して」
元より気になっていたことである。誰も彼もに見捨てられていたモノを、彼女は見捨てられなかった。ただ、それだけのこと。
ワンピースのポケットにしまい、大通りを歩く。
街並みでは相変わらず熱気と喧騒が止まないが、通りの先、開けた広場の方面から微かに流れる甘い香り。
リオノアが言っていた「五感」の素核が備わっているかは分からないが、テタンは確かにその風を心地よく感じた。
◆
「おば――お姉さんが言ってたほうと同じ。こっち?」
「らっしゃっせー! 出来立てのパン、一つ百ユニのパン、朝飯にどうだ!」
曲がり角から頭をひょこっと覗かせると、体つきがよい男性店員が声を張って呼び込みをしていた。しかし、早朝ということもあってか客の数は少ない。
また、その店は、大きく円を描いた広場の周りに位置していた。
緑あふれる広場の中心では元気な子供達が走り回っているが、付随する大人はあろうことか見受けられない。
お陰で呼び込みは功を奏すことなく、興味を持った子供達や少数の老人が店を訪れていた。
「らっしゃ―――ん? キミもパンがほしいのか?
帰った帰った、お金がないとあげられないんだ。お母さんかお父さんを呼んできてほしいな」
「お金…………これで足りる?」
テタンがリオノアから受け取った小包みを店員に差し出した。手渡された店員がその中身を開いてギョッとする。
「ちょ、ちょっと! キミ、うちのパンを買い占める気か!?
――――もしかしてあれか!? 宴会でもするのか!? 少なくとも一人で食べ切れる量じゃ……」
「ううん、食べるのは一人――リオノアだけだよ」
「一人だけ!?」
店員がさらに目を見開いて、天を仰いだ。
ちらりと見える視界からは純白のワンピース。店を訪れている他の
冗談とは思いつつも思わず、店員の声が漏れる。
「その彼――リオノアさんは
「
「――!」
「あなたと同じぐらいだと思う」
一瞬こちらを見たかと思えば、店員はそのまま固まってしまった。
テタンが不思議がるように小首を傾げる。しかし、如何せん固まったまま動かない。
少し眉を下げて俯いてしまうテタン。
「足りなかった……?」
「いーやいや!? 全然そんなことないんだがな!?
――お、嬢様は幾つのパンをご所望で……?」
男が震える口を動かして言う。先程までの溌溂とした態度はどこへやら、無理やり作ったような笑みをしていた。おまけに汗までたらしている。
「別にそんな……一個で十分、なんだけど」
「左様でございますか! えぇ、すぐ準備しますとも!!」
店員が大急ぎで店の奥へと駆けていく。その身体つきからは想像できないほど、ギクシャクとした動き。テタンから見ても危うく、今にもコケてしまいそうだ。
「あの、別に急がなくても大丈夫――」
「いえいえ!! ぜひ、ぜひとも最高級のパンを食べて行って下さい!」
「えっと、そこにあるやつでも――」
「いーえいえ!!! 今から、焼きますので、それまで待っていて下さいませんか!? すぐにでも焼きあがらせますので!!!」
直ぐにリオノアの下へ帰ろうと思っていたのだが、その考えも出だしに潰された。
意図はしていないのだろう。それ以上にヒトの――――いや、躯械の話を聞かないヤツだ。少し拗ねてしまうテタンである。
しかし、時間をかけても構わないと言われているのも事実。ならば、リオノアでさえ驚くような、美味しいパンを持ってくればよいではないか。
何となしに温かい小麦の畑を泳ぐ。木棚に並べられた、陽だまりの花の如き香りがテタンを含む、その場にいた人々を魅了した。
その香りが往く先――――追えば、草木に満ち溢れる窪地が広がっていた。
中央には噴水。下る階段を通して花びらが届くさまは、まさに『庭園』と形容するにふさわしい。
窪んでいると言っても、十分整備は行き届いている。斜面の花々は風でなびき、底は交流広場をイメージしてであろうか、噴水を囲うように円形の石畳が整然と敷かれていた。傍から覗き込めば、さながら闘技場ともとれる広さである。
その中央付近、笑みを振りまいた男女が、耳につく声で何かを呼び掛けている。足下には多くの子供。そして彼らの目の前に用意された大仰な木箱。
「はいはーい! みんな、準備は良いかな? 『モンタニ昔ばなし』はっじめるよ~!」
何が始まるか、ふと興味を持ったテタン。パンが焼けるまではまだ時間があるようだし、時間を潰すにはちょうど良いだろう。
香りの赴くままに、花薫る方へと、絡繰りの足を進める。
◆
草茂る斜面の一角に腰を下ろす。
傾斜は緩いようで、
≪はぁ~い! いいこのみんな、『モンタニのおほしさま』って知ってるかな~?
知ってる人!≫
≪ぼく! ぼく、知ってるよ!≫
「空が澄んでいる。今日は良い日になりそうだな」
「――――え?」
テタンの背後よりざくざくと土を踏む音が聞こえたかと思うと、音もなく女性が手をつき隣に腰かけた。
――――全体的に荒い。
テタンが感じた第一印象である。何と言えばよいか、要素が多い? 小ぎれいで、整った服装をしているかと思えばそうでもない。
首元のボタンは外れているし、外套に刺繍された黄金の花模様は、近くでみると所々ほつれている。
その
――そして、何より、何よりも。かの女性の頭部。
帽子から抑えきれずあふれる形で、もふもふの大きな「耳」が我こそは! と存在を主張していた。
女性は、くぎ付けとなったテタンの視線に気づいたようであった。
「む、もしや見るのは初めてか? この耳は『
「……そうなんだ」
≪むかぁしむかし! あるところにちっちゃな街がありました! その街はこれまたちっちゃな国と仲良くしながら、暮らしてました!≫
子供に語りかける女が、声を張って優しく語ってゆく。
固定されていた視線を戻すと、男の方は木箱の中に立てかけられた紙を一枚、一枚とめくり、子供たちの興味を一身に受けていた。どうやら、紙芝居のようだ。
「先ほど、パンを買おうとしているのを見受けした。
あの店は上司が特に気に入っている店なのだ。ただ接客に難があってな。何故だか知らないが毎回待たされる」
「あ、それわたしも」
テタンが軽く同意する。一刻も早くリオノアのところへ戻りたいが、辛抱強く待たなければならない。彼も美味しいパンの方が喜ぶだろう、と気を紛らわせる。
≪でもある日、突然わるーいビーストたちが襲ってきちゃった! ビーストたちのせいで街はめちゃくちゃ! お国さんも頑張ったんだけど、このままじゃ負けちゃう! どうしよう!?≫
≪えー! 負けちゃやだ!≫
≪がんばれー!≫
「時に。先ほど私が言った、『上司』を知らないか? 私のような服装をしている、少し腰が曲がったおばあ様なのだが」
「おばあさん……ごめん、『おばあさん』は見たことないや」
テタンの腰元で蝶が鮮やかに飛び立った。首を垂れる花に留まったかと思うと、再び顔を上げ、その翅を開く。空を切り舞い降りた点は、同じように膝をついていた女性の整った鼻先であった。
「わっ。きれいな翅、だね。
――この街に来てから、全部がきれいに見えるんだ。なんというか……『色』を持ってる。わたしが住んでた所と、全然違う」
「フン、それらは皆、街の民に向けて言うのだな。この街は国の管轄下とはいえ、多くの民が主体的に管理して成り立っているものだ。活気づいた趣も、住民が培った努力の結晶と言えよう」
≪国と街の偉い人たちは困りました! 『守ってばかりではだめだ!』『でも、数が多すぎます! それはもう、うじゃうじゃ湧いてくる突き匙のように!』
――――そこで、ある女の人が手を上げて言いました!
『私が、大将の首を取ろう』 ずっと先頭に立って、戦っていた女の人でした!≫
物語はいよいよ終盤に差し掛かっているようだった。子供たちが食い入るように男女の話を聞いている。
――――ふと目を離すと、膨大な光量がテタンの視野角を覆い尽くしていく。それは紛う事無き朝日。
白く塗られた煉瓦造りが陽を受け、より眩くなる。眠りを妨げられた草花はその身をおこし、更に色づいた花弁への歓びを体現している。中央から噴き出る水はその透る明りを散り散りにして、澄み切った空へ手を伸ばさんとしている。
光が世界を彩っていく様子に、思わずテタンが感嘆の息を
そして――――――くすんだ青は、真なる青へ。
≪その女の人は一人で敵のお城にのりこんで、みごと! 敵の大き~い大将を叩き落として、倒しました!
その時できた、大きな
テタンが隣を見る。
そこにいたのは、純然たる青を纏った女であった。
「申し遅れたな。私はルミエッタ公国軍第一番隊『蒼の陛明』総隊長、リーギュ・ランドゼロ。
――――『
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