ー5:「揺らぐ落街」

「ファー! 見渡す限りの金、金、金! ここは天国かァおい!」


 リオノアが扉を開けるとまず目に入ってきたのはかね。金色に輝く硬貨であった。

 それらは全て卓上に置かれ、客がチップとしてつぎ込みさらなる山を形成してゆく。大きな山が一つ二つと増えることもあれば、その一角が突如崩れることもある。その山を手にした者が喜び、あちらこちらで怒号が飛び交った。


 騒がしくも好ましいこの緊張感。何を隠そう、宿を抜け彼が訪れたのは賭博場であった。


 卓上で繰り広げられる「賭け札」が店の大半を占めていたが、信じられないことに一部区域では械材のオークションまでも行われている。

 豪華絢爛、ヴァーチェ煌街に似たような内装。面積に反して広く見えるで金持ち共は道楽に耽っていた。

 単なる個人の邸宅と聞いていたリオノアにはやはり驚きが隠せない。勿論違法である。


「ラモード島に賭博場があるとか聞いたことねえぞマジで。公国軍はこんなことまで黙認するようになっちまったのか?」


 そんな愚痴をこぼしながらも、目の前に用意された席に座るリオノア。もともと賭博は得意分野であるとともに数少ない好みの一つである。なぜなら、賭けた金は倍になって返ってくるから。


「お客様、『お伽札』はご存じですか?」

「あァ問題ねェ――――倍率オッズは二倍かァ?」

「いえ、三倍でございます」

「ヒュゥ」


 ――――――『お伽札』とは神話の伝承をもとにして作られた賭け事。

 主催者ディーラーは「魔王」を演じ、対する参加者プレイヤーは「勇者」の噺を再現することになる。


 目指すは、魔王の討伐。伝承では、魔王を討つために勇者は「十五の道具」を用いたらしい。しかし詳細は知らないが、その内現存しているものは五つ。

 これになぞらえて、参加者は一から五までの札から、和を十五に揃えることを目標として駆け引きを行う。

 また、一枚一枚には異なった国の紋章が刻まれており、数一つにつき六種類。つまり計三十枚の内から札は選ばれる。


 単純に言えば、十五に近い和をリオノアは揃えればよい。

 

 しかしあくまで歴史の再現が目的のため、十五を超えればディーラーさえも失格となってしまう。だが、ディーラーは十二以上で札引きを止めることができる。この点がある意味、『お伽札』の核であるのだが。


「失礼。隣、よろしいですか」

「勝手に座れェ」


 用意された半円の卓に客が座っていく。


 皆見なりがよく、椅子に座る様はまるで貴族のようである。否、一部は本当に貴族ではないか。汚職もここまで堂々としていれば、正しいように見えてしまう。


 リオノアはその事実に半ば驚きつつも、幾ばくかの金貨を卓へ置いた。モンタニ湖街含む大陸南部一帯は、未だ「旧統国」の金貨を用いている。ゆえに、ヴァーチェ煌街で稼いだ分も使えるというわけだ。


「では、札をご確認下さい。追加いたしますか?」


 目の前に配られた三枚の札。少し厚みがあるそれをめくれば、描かれていたのは『小刀』と『鎖』と『冠』の三つであった。

 それぞれ割り当てられている数は二、四、五であるからにして、その和は十一である。


 。ここで五である『冠』さえ出なければ、かなりいい線を通るはずである。四を担う『鎖』であればなおよい。


 リオノアが卓を軽くノックする。主催者のディーラーは他の客へ追加の札を配って行き、最後にリオノアにスッと差し出した。

 追加の札を確認した客達が各々異なった反応を見せる。十五を超えて失格となった者は一様に沈痛な面持ちを浮かべている。対して、危うくも踏みとどまった者。彼らの内の最高点は「十三」であった。


 リオノアの手が汗ばむ。

 大丈夫。確率論的に考えれば、これが最適解の選択だ。

 大体、何年金貨に触れてきたと思っている。この場の雰囲気、ディーラーの顔、そして金目の物を嗅ぎつけるオレの鼻からすればこの程度………………



 札を表に返した。



 五の『冠』であった。


「だァァァァ!!! 何でだよもォォォォ!!!」

「お客様、当店内ではお静かにするようお願いします」


 ディーラーが冷静に注意を促す。彼の手元を見れば、その和は十四。

 はなから『鎖』を出さなければ勝ち目は無いではないか。何なんだこの魔王は。


「―――おや、そちらの方。まだ札を開いていなかったのですね。追加いたしますか?」

「いえ、不要です」


 ふと隣を見れば、何と未だに三枚の札が裏返されたままであった。さらには卓に腕を乗せておらず、めくろうとする気配すらない。


「おいあんた。めくらねえのか? 何ならオレが貰っちまうぞ?」

「どうぞ。そうして頂けた方が良い結果になりそうだ」

「……冗談だよ。客が詰まってンだわ。さっさと三枚開け」

「おや、それは残念」


 諦めたように男が三枚の札をめくる。

 表に返され、卓上、数字が露わになる。それぞれ『王国』、『衆邦国』、『聖皇国』の『冠』。即ち、計十五。


 男はいとも簡単に魔王を討ってしまった。


「こんばんは。いえ、こんにちは、でしょうか?『ヴァーチェ煌街』のリオノア様?」

「ッ!?」


 男が席を立ち、服についた埃を手で払う。草臥くたびれているにもかかわらず上品に見えるのは、ひとえにその白手袋のおかげか。蓄えた髭は口元にかかり、鼻についた片眼鏡はリオノアの目からしても年季が入っていることが窺えた。


「――――なるほど、テメエが『朽花フォルール』か」

「ご名答。いやはや、場所、時間ともに正確でございます。『協会』から聞いた話とは異なりますね」


 男はじろりとリオノアに目を向けた。まるで、興味が溢れて仕方がないような、甚く不気味な視線。


「……まァ互いに聞きてえことがあンだろうよ。あっちで話そうぜ」


 リオノアは人気が無い、賭博場の片隅を指さした。







「いやはや、驚きです。かの『非道』が飯事ままごとに興じるとは、思いも寄りませんでした」

「れっきとした賭け事だが。テメエにはお遊戯に見えるってか。笑えるぜ」


 リオノアが鼻で笑うが、その目は『朽花』を見据えている。


 『朽花』の振る舞い一つ一つは大げさに見えて無機的。

 固定されたかのようにその視線がリオノアに注がれているのも、薄気味悪さを引き立てる要因である。


「『』ってのは確率論も網羅してンのかァ?荒稼ぎし放題じゃねえか」

「いえいえ、わたくし、少し目が良いもので。あれ程の札であれば分かるというだけですよ」


 答えになっていない答えをする『朽花』。目を見開き強調するように指で差す。


 本当に人間かとも思ったリオノアであるが、袖からちらりと見える手首は血色良く、脈が浮き出ていた。

 信じがたいが人間のようだ。狂人は相棒カイエンカだけで十分なのだが。


「そんなことより。軍に見つからなかったのですか? いかに貴方といえ、『透誠』を逃れることは難しく思うのですが」

「あァ見つかったよ――――これで二回目だ。アイツら暗殺もできンじゃねえか。ブッ壊すだけの集団じゃねえのかよ」

「限定的でありますね。そんな真似は『粛星エト』にしかできません。『許されている』と『実行する』は異なるのです」

「………『野獣』か」


 リオノアが眉間をつねり悩ましげに顔をしかめる。

 一度目の来訪を思い出してしまう――――「あれ」は恐らく形を変えた悪夢であった。何が『粛星』だ。あれはもはや人ではない、と当時は思ったものだ。


「はは! なんと的確な名称でしょうか。モンタニの民たちは皆、『粛星』と呼んでいるようですが、そちらの呼称を広めてやりましょうか」

「処されてしまえ」

「おや、手厳しい」


『朽花』は腹を抱えたかと思うと、次の瞬間には真顔で頭を抱えていた。

 身なりは品の良い老紳士だが、言動のせいで全て台無しである。あたかもブリキの玩具おもちゃを見ているようだ。


「ンなことどうだっていい。テメエ、『協会』からオレの用件は聞いてンだろ。まさか伝わってるとは思わなかったが」

「ああ、『凶存ルベラ』の件ですか? 勿論、知っていますとも」


 そう言って『朽花』はどこからか、手の平ほどの大きさの鉄箱を取り出した。鍵らしきものは見当たらないが、固く閉ざされていることは分かる。


 さっさと寄越せ、と言いかけるリオノア。

 それを咎めるように『朽花』が身を引き、待てと言わんばかりにその髭口に人差し指を当てた。


「これは『取引』ですよ、リオノア様? 貴方が私の望みを聞いて初めて、交渉は成り立つというものです」

「チ」

「とは言っても、してもらうことは至極単純。私は国に属しないある組織の一員なのですが―――」

「あ? 国に言われてもねえのに躯械作ってンのか?」


 途端に『朽花』がアワアワとした動作で口を押える。


「失礼。今の発言は忘れていただきたく。―――――――続けましょう。仰る通り私は躯械を作っているのですが、今回はその「」に付き合っていただきたいのです。


 貴方がすべきことはただ一つ。私が生み出した『天使』と戦闘をしていただきたい。『素核』を破壊したとき、その箱は開かれるでしょう」


 まがりなりにも「研究者」ということか。何が目的かは知らないが、研究者にとって成果を得ることは大切であるのだろう。


「はッ、つまりはテメエの躯械をぶっ壊せばいいってことだな。簡単な話で助か―――」


 直後、ゴゴゴと地鳴りの音と共に賭博場全体が大きく揺れた。否、地下全体が揺れたということは、ラモード島全体が揺れたということ。


「何だァ!?」

「我が天使の鳴動です! ああ愛おしい……」


『朽花』が歓喜に悶えるように身をよじらせる。そして、声の調子を一切変えずに続けて言った。



「貴方には、『粛星』――――――――いいえ、『野獣』でしたね。彼女と、我が天使の素核を争ってもらいます」

「おい今何つった」



 リオノアが耳を疑ったように聞き直すが、『朽花』はそれら一切を無視して話に熱を籠めてゆく。


人間の技術わがてんしと暴力、さらに『非道』まで……!

 ―――――――ああ我が天使よ、その醜くも美しい手で在りうべからざる可能性を見せてください!」

「『野獣』に真っ向から立ち向かう馬鹿がいるかァ!? テメエもう一回考え直せ! じゃねえと――――」


『朽花』がグリンと首をリオノアの方向に向ける。

恍惚した様子から察するに、既に彼は理想しか見えていない。鳴動は止まない。


「じゃないと、何ですか? 既に我が天使は起きてしまいました。それにリオノア様にもどうせ、参加してもらいますよ」

「あァ!?」

「申し上げましたが、『お伽札』あんなものは、私にとって飯事ままごとのようなものです」


 先程と同じように『朽花』がまた、埃を払う。

 埃と共に服の内から二つ、三つ、落ちたもの。それは肉のように蠢き、その形を定めない。


「おい朽花!! テメエそれ『無殻の使』―――」

「しかし飯事は飯事でも、本質は賭け事。……神は、悪事を逃さない」


『無殻の使』達が彼の下を離れ、フワフワと漂っていく。統率こそ取れていないが、全て目指す方向は一つ。


『朽花』が天井を指差した。




「そのため、不肖ながらさせていただきました。


――――どうでしょう、群青の光は見えますか?」




 瞬間、天井が割れ、髪を荒く結んだ青年が降り立った。その背には真っ青な外套を羽織り、纏った機械仕掛けの籠手が目立つ。

 さらにその上、群青差し込むぽっかりと空いた穴からは、気の強そうな老婆が覗き込んでいる。


「早朝、十刻の五! 断罪にはちょうどいい頃合いだねぇ、『非道』!」

「全員まとめて逮捕っすよ!」



リオノアは青年を指差し、叫ぶ。



「テメエよくもオレの牛串を落としたなァァァァ!!!」






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