ー2:「落街、陽傾く島にて」

 山の中腹に設置された関所を乗り越えたタンクトップ三つ編み男、リオノア。

 彼は着くやいなや己の三つ編みを引き千切った。


「いるかこんなモン!」

「ああ、もったいない」

「もったいなくねえよ!? テメエが編み込みすぎてほどく前に検問されちまったじゃねえか!

何が『洋服店なら街の西がお薦めです』だ! 気ィ遣ってンじゃねえぶっ殺すぞ!」


 外れた三つ編みを踏みつけ、まさに怒髪衝天といった勢いのリオノア。


テタンは検問の間、顔をうずめて『械材』として振舞っていたため詳細は知らないが、リオノアの声が断然震えていたことだけは伝わった。


荒野を抜けてきたタンクトップ三つ編み男。一体どれほどの野蛮人だと思われただろうか。


「クソ、こんな格好じゃおちおち行動もできねえ。本当に癪だが、服を買いに行くぞ」

「服、わたしもほしい。カイも格好良かった」


 リオノアの顔が途端に渋る。やはり金には目敏いようだが、テタンのもはや布切れとも言える服を見るに、ここで渋るのは節制が過ぎるのではないか。


「あ。そういえばわたし、お金貰ってない」

「……畜生、気付いたか」


リオノアが嫌な所を突かれたように、薄く笑う。まったく、この男は。


「わたしは、リオノアの『モノ』なんでしょ? モノは大切に扱うべき」

「はッ、イイこと言うじゃねえか。――仕方ねえなァ、買ってやるよ」


 山を登りながら話していると、やがて頂上が見えてきた。車は関所の際に置いていくよう指示されてしまった。ゆえに徒歩である。


「でも、『西』ってどういうこと? そろそろ頂上に着くよね?」

「……テタン、ここが本当に山だと思うか?」

「え?」

「まァその反応も仕方ねえか」


 上に登るにつれ、山を覆っていた靄が晴れる。木の合間より見えていた頂上がその姿を現す。

思いの外、広く、先が見えない。


 否、それは、頂上などではなく。


「……?」


「よく気付いたな。こっからはだァ」


 テタンが木々を掻き分け、天辺に到達した。


 ――そこには、水平には先が霞んで見えないほど大きな山のふち


 その内側には、まるで山を深く窪ませたように成り立っている『街』が存在していた。


 内側、剥き出しになっている山肌からは、何故か金属が露わになっている。しかし、何よりもテタンの視線を惹いたのは圧倒的な緑の量。


牧歌的と言えばよいのだろうか。街は湖の上に存在し、大中様々な島がその身を浮かばせていた。


「すごい……さわやか」

「ここが『モンタニ湖街』だァ。オレが知ってる中でも、ココの肉はぶっちぎりで美味え」


 リオノアが歩を進める。

 いったいどこに向かうのかと思えば、その先にあったのは、またもや先が果てしなく遠い、下りへの階段であった。


然しながら、ヴァーチェ煌街で上下に移動する「機械」を見たテタンには困惑が隠せない。


「ここもヴァーチェ煌街みたいにしないのかな?」

「ヴァーチェ? ……あァ、宿まで帰った時の機械か?

 ――――できないことはねえだろうが、そもそも許されてねえからな」

「許されてない?」


「そうだ。『モンタニ湖街ここ』には極力、機械を取り入れないように決めてンだよ。


 リオノアが首肯する。


『モンタニ湖街』は幾つもの街の中でも数少ない、である。その理由は様々であるが、リオノアの発言からテタンは察することができた。


なるほど、か。


――生物を殺し尽くす化物が蔓延る世の中である。むしろ国と協力してでも、自ら食物を育てなければ生きていけないのは当然か。


 階段をこつ、こつと降りる最中に、真下より甲高い鳴き声が聞こえた。

 何事かと思い手すりに寄りかかり見れば、そこにいたのは突き匙よりは少し大きい、四足歩行の生物であった。


「『喚き牛クライトル』の鳴き声だな。こんな煩い声以外何の戦闘能力も持たない、オレらの食料だァ。

―――裏を返せば、コイツらのお陰で生かされてる、とも言えるが」

「ということは、リオノアの『料理』のもと、なんだね」

「あの鉄料理と比べてくれるなよ」


 ほどなくして階段を下り終わり、穏やかな陽だまりがテタンを包み込んだ。頭上を見上げると眩むほど鮮明な青と、高く囲みこむ山の内側。

 一体どうしてこのような地形になってしまったのだろうか?


「おら、服屋はこっちだァ。

 ―――あァそれと、言い忘れてたが『星がついた帽子』を被る連中には気をつけろ」

「何で?」

「ソイツらがココを統治してやがる、ルミエッタ公国軍だからだァ。


いいか、媒介師は黙認されてるが、テタンは十中八九無理だ。一部、手に負えない化物みたいなヤツもいやがる。

――――出会ったら逃げる。覚えとけ」

「わ、分かった」


 ぎこちなく頷くテタンであった。




◆◆




「いらっしゃいませー! ……え?」

「よォ、邪魔するぜ」


 ここはエトワール公国領、『モンタニ湖街』。西に位置するラモード島である。

お洒落ファッションの先端を走る島の中心で洋服店の経営を始めた私、パラディ・ベイトの前に現れたのは、なんとも奇抜な格好をした男だった。


「お客様、冷やかしならお帰り下さい」

「テメエも文句あんのかァ!? 違えよ! 躯械の攻撃を喰らっただけだ!」

「あぁ、そういう……」


 聞いたことはある。「外」において躯械を狩ることを生業とする危険な稼業、媒介師。前より疑問を抱いてはいた。どうしてそんな、のことができるのだろう、と。


 躯械は確かに恐ろしいものだ。しかし同時に、私達を他国から守ってもくれている、と軍人さんが言っていた。危険を冒してまでそんな躯械を狩ろうとする気持ちは、私には分からない。


 見れば服だけでなく髪も異質ではないか。何だその手入れがされていない、ぼさっとした髪は。


「お客様は何をお求めで?」

「見りゃ分かんだろ、服だよ服! なるべく動きやすいやつがいいか……」

「あと、わたしの分もだよ。リオノア?」

「……忘れてただけだぜ?」


 男の隣より、まだ年端もいかない少女が顔を出した。


まるで硝子のようにきめやかな眉に、あどけなさが残る瞳。髪はさらさらと靡き美しい。なぜ雨でもないのに長靴を履いているか気になったが、印象の間で隔たりが生まれ、それもまた可愛く思えてしまう。


 一瞬にして心奪われた私は、このに似合う服を絶対選んでやる、と即座に決意した。


「でしたらそちらの娘さんは、私の方で服を選びましょうか? その間、服を見て回れますよ?」

「おっと、それは結構だ。オレは着ることさえできれば、何でも良いしなァ。ちゃちゃっと選ばさせてお暇するぜェ」


 対照的なこちらの男は私の最も嫌いなタイプといっても過言ではない。

 「動きやすいものを着たい」――こういうことを言う者は大概、食事に行く際に「何でもいいですよ」なんてつまらないことを言う輩と相場が決まっている。


ましてや、仮にも衣服を専門に扱う者を目の前にして、よくその言葉が吐けたな。

私はその言葉を喉仏すんでの所で留まらせた。


「んん゛! ……お客様? 私目が選ぶ方がきっと!

娘さんをより華やかにできるでしょう!」

「へ? だから、そういうのは結構だって――」

「きっと! 華やかにできるでしょう!」


 有無を言わさない気配にたじろぐ男。少女の方はその様子を興味深そうに覗いていた。

まだ成長期なのだろう。いずれ大きくなって着られなくなるその時まで、この服で良かった、そう思わせる服にする。それが私の使命だ。


「ね! お嬢様も、そう思われませんか!?」

「え? ……まあ確かに、リオノアが選ぶのよりは……」

「オレの審美眼を疑ってやがンのか!?」

「うん」


 項垂れる男。


 その間に私は少女を連れて、外套を置いている場所へ。

 あまり喋ることはないが好奇心が強く、私のあとについてまわっては、様々な服をキラキラした目で見ている。まるで初めて服を見た子供のようだ。


「テタンちゃん、かな? どんな服が好き?」

「えっと……ごめん。分からない、かも」

「うんうん! それならお姉さんに付いてきて!」


 私は上機嫌に服を手に取っていく。

 何が合うかなぁ。やっぱり可愛いからベタにワンピース? それとも、ちょっと冷たい感じがするし、男の子っぽくズボンでもいいかも! あ、でもこの時期少し寒いし、厚着は……


「ちょっと……ちょっと!」

「へ? ああ! すみません!」


 背後から衣の擦れる音がする。背後を振り返るとそこにいたのは服の山。

 気付けば、少女は私が手渡した服に埋もれてしまったようだ。大急ぎで服を回収する。何枚か取ったところでようやく、その可愛らしいお顔を覗かせた。


「ごめんね! わくわくしちゃってつい………」

「大丈夫。あなたの服への熱意は十分、伝わった」


 まあ、なんて良い子。はめている手袋は金属でも塗っているのか光沢があるけど、やっぱりボロボロでもある。再び私のお洒落魂に火が付いた。


「ようし! 次は手袋を見繕うわよ! 付いてきなさい!」

「付いてこなくてよろしい。手袋ならオレが適当に見繕った。これで良いだろ」

「あなたは黙ってなさい!」


 振り返ればそこにいたのはあの男。だが、あの珍奇な袖無し衣装ではなく、質素な黒みががった外套に身を通している。どうやら既に、会計は済ませたようだ。


 然しながら意外にも、渡された手袋は趣向が凝らされたものであった。必要最低限ながら、慎ましく見えるデザイン。こちらも派手に主張しない黒を選択している。さらに強度まであるときた。


「あなた、なかなかやるわね……!」

「何がだよ」


 男が呆れたように欠伸をする。

 ならばとうとう、彼女の服を決めるほかない。私は意を決したように男に指を突き付けて言った。


「勝負よ! テタンちゃんを着せ替えて、どちらがより好みの服を選べるか、競う!

 試着室は店内奥にあるわ! 来なさい!」

「はァ? 何でも良――くはねえ! 大歓迎だぜ!? 店主サマよ!」


 男が焦ったように少女と服の間で視線を泳がせる。視線の意図は分からなかったけど、やる気があればよし。


「そうと決まればいざ勝負! 先攻は私でいいわね? それじゃあテタンちゃん? 早速お着替えと……」

「だァ! ちょっと待てや! テタンはオレに着せ替えさせてくれねえか!?」

「何でよ! あなたさては変態ね! 軍に通報してやるんだから!」

「おい一旦落ち着け、通報だけはやめろ。―――テタンはちょっとした事情で、他人サマに体を見せられねえんだ。すまねえな、どうか分かってくれ」


 男が素直に頭を下げる。


 そんなことをされてはこちら側としても断れない。見せられない事情なんてよくあることだ。私も火傷の痕なんかは見られたくはない。


「仕方ないわね……

――ならさっさとこの中からこれとこれ……あとこれも持っていきなさい」

「……こんなに買うつもりはないんだが」

「鈍いわね、試着よ試着! 似合うものを見てきなさいって言ってるの!」


 渋々と男が服を何点か持っていく。


 衣服を着こなした少女の姿、及び私の選択が間違っていなかったか見たかったがために、私も隠れて付いていくことにした。


――――実は創業以来、ここまで客の買い物に付き合ったのは初めてである。

 ほとんどの客は自ら適当に見繕って、さっさと出て行ってしまう。その内に「私ならもっとよくできるのに」という思いがジリジリと蓄積されてしまったのだ。


 男と少女が試着室の中に入っていく。


 まだうら若き少女とはいえ、私は中で起こることを想像してしまい悶々としてしまう自分がいる。嗚呼、恐らく男は始めに少女の服を脱がすのだろう。普通であれば服を着せ替えて終わってしまうが、その少女の小さい胸が不意にも男の腕に当たってしまい…………


「わっ、リオノア、だめ。そこ、特に敏感なの」

「はッ、テタンがさっさと服を着ねえのが悪い。とっかかってンなら手伝ってやろうかァ? オレの手捌きでなァ」


 頬を赤らめ赤面している私にもはっきりと声が聞こえた。


 まさかあの二人、店内でおっぱじめる気であるのか。思いはさらに暴走し、もはや手を付けられない。

 いや、その前に。私はここの店長だ。私がそのような行為を制止しなくては!


 試着室を遮っていた垂れ幕を勢いよく開けた。


「お、お客様! 店内で破廉恥な行為はおやめ下さい!」

「あ?」


 瞬間、私の目に飛び込んできたのは、黒い外套の男。そして、華やかな長袖ワンピースに腕を通した、テタンちゃん。

 ――否、その腕、果てには足まで金属でできており、とてもおぞましい。あたかも新聞でしか見たことない、躯械のようだった。


「ふぇ?―――――きゅう」


 私の頭は臨界点に達し、その瞬間、意識が途絶えた。

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