二章:天使は花を摘み得るか?
ー1:「旅は道連れ、友は置き去り」
「おらよ、『〈血塗れ〉の調査』と『討伐』、両方完了だァ」
「ご苦労様でした」
ヴァーチェ煌街、路地裏に二つの影。
一つはリオノア。もう一つは先日の晩、リオノア達を諫めた協会員であった。
彼らは好んで路地裏に入った訳ではない。協会員からわざわざ指定されたのだ。
リオノアには十分、その理由は察せられたが。
「――それでですが、リオノアさま? 『証拠品』などは……?」
「心配せずとも持ってきてるぜェ。
……まァテメエらの目的はこれだろうがなァ」
リオノアが手に提げていた大きな包みを開く。
その内には精密な、それでいて美しい、歯車を重ね合わせた部品が幾つか、入っていた。ざっとリオノアの掌ほどの大きさであろうか。
「!」
「誤魔化しは効かねえぜ?――確かに、今は亡きテーラック小国の『
リオノアが軽く笑う。
リオノア達を除いた者から
『協会』というのは、そういうものだ。金になることなら何でもする。 その理念が行き着いた先が『躯械狩り』だった、というだけ。
これらの部品はグラエンデの関節部に取り付けられていたものである、しかし実際、この小さな鉄屑一つで再度、リオノアの盾は修復できるだろう。
遠い昔にも一度、
「流石ですね……では、報酬はこちらを」
協会員が差し出したものは、金貨の入った小包みと、一枚の紙切れ。
何もリオノアは金のためだけに依頼を受けたわけではない。
〈血塗れ〉調査の依頼を受けた際、協会長に泣きつかれた対価としてリオノアが要求したものは「情報」であった。
風に吹かれ、消える前にリオノアはその紙をぶんどった。
「……」
「協会内でも極秘の情報でありますので。理解でき次第、処分して下さい」
「……分ァてるよ」
紙切れから目を離し、焼却する。包みを肩に背負い出口へと向かった。
路地裏に金銭の擦れる音が響いた。
◆
「あ! リオ!」
大通りに出る。協会前でカイエンカがリオノアに気付いたように左手を振った。テタンも倣うようにして手を振る。
グラエンデとの戦闘でボロボロになってしまった軍手が目につく。否、破かなかっただけ僥倖と言えよう。
「早く早く! ボクにも金をめぐみたまえ!」
「どうせ減るもんじゃねえよ……――ッちょっと待った。テメエ、何に使うつもりだ?」
――まさか、また酒を浴びるつもりじゃねえだろうな。
その言葉が喉を過ぎる前に、カイエンカが素晴らしいほどの満面の笑みで答えた。
「もちろん、狙撃銃の修理だよ? ボクの愛用する銃を粗末に蹴りやがったのは、どこの誰だい?」
「すまなかった」
リオノアが即座に頭を下げる。テタンが傍らよりニマニマと見ている。確かに蹴った時、明らかにその銃身は曲がっていた。
よく撃ち抜いたものだな、とリオノアは逃避するように地面を眺める。
「まぁ別にいいけどさ……その代わりこれからも粉末酒おごってよね! それでチャラにしてあげるよ」
「そうそう。リオノアはこれからもわたしに料理作ってね。それでチャラにしてあげる」
「テタンは関係ねえだろォ!?」
カイエンカの脇より覗くテタン。どうやらあずかり知らぬ間に、すっかり仲良くなったようだ。
同じ化物同士、通ずるところがあったのだろうか。微笑ましいと言うよりは恐ろしいが。
「あ。だから、ボクは暫く街に残るけど、リオはどうする?もしかして次の街に移る感じ?」
「……『次の街』?」
テタンが不思議がるように首を傾げる。
「……もしかしてリオ。『目的』といい、テタンちゃんに何も話してない感じかい?」
「オレもカイエンカも、実は野暮用があって各地を転々としてンだ。次いでいうなら、カイエンカは『ある人』を探してるらしい」
「あれ? 聞こえてない? おーいリオ?」
カイエンカがリオノアの前で手を振ったり、呼びかけたりする。それら全てを意に介さず話を続けた。
「で、次行かなきゃなんねえのは『モンタニ湖街』だァ。
……やっと、何か分かるかもしれね―――ッて痛てえわ! 今良いトコだったろォ!?」
カイエンカがリオノアの翠黒入り混じる髪を引っ張る。やがて、振りほどかれる前に三つ編みを完成させてしまった。
「できた!――って人の話聞かないリオが悪いよ!」
「テメエその言葉、自分に向けて言ってみろ」
「―――すぅー……すぅー……」
「コイツ寝やがった!」
「ふふっ」
直立して眠るカイエンカ。そして可愛らしい三つ編みのリオノアという珍奇な光景にテタンは笑いを堪えらえない。
やがて衆目の視線が己の髪に集まっていることを察すると、リオノアは荒々しく、編み込まれた髪を振り解いた。
「だァ! もういい! コイツはだめだ、置いてくぞ!」
「え、いいの?」
「どうせ腕も動かねえし第一、野垂れ死ぬようなヤツじゃねえ!
――――……金さえあれば」
「カイ、放っておくと怖いよ? 何するか分からないから……」
「それに関してはオレも同意見だァ!」
話しながらテタンの手を引き、大衆の波を進んでいく。
歩みを止めた先にあったのは、無骨すぎるデザインの車であった。エンジンが丸々飛び出してしまっているのは如何なものか。
「おら乗れェ!さっさと行くぞ!」
「う、うん」
テタンを金属剥き出しの後部座席に乗せ、ひどい振動を伴いエンジンが作動した。黒い排気が溢れ、あっという間に車は走り去ってしまう。
光り輝く街の中で、ただ大衆の雑踏と静かな寝息だけが残った。
◆◆
荒野を車が爆走する。
躯械を彷彿とさせる速度に、決して良いとは言えない座り心地。更に流れゆく景色を眺めていれば、どの瞬間においても目に付いてしまう躯械。
このまま襲われてしまえば、どれほどうまく立ち回っても死んでしまうだろう、とテタンは結論付けた。
「――だからこそ、やっぱり不思議。何でわたしたちは襲われないの?」
「あァ? そりゃあ、躯械共が『同族』だと勘違いしてるからに決まってンだろ」
運転席から声が届く。相変わらず鉄の座席は車輪の振動が直に伝わっているというのに、なぜこの男は運転できているのであろうか。
「同族? この車を?」
「いや、言葉の綾だな。
――テメエもそうだが、
リオノアが当然といった風に答える。真っ直ぐ走る車の隣を突き匙の群れが過ぎていった。
「でも、わたしたちの臭い、それにリオノアには『体温』があるでしょ? 気付かれないの?」
「……テメエにはどうやら、
知っての通り、『素核』っつうのは賦律を担うための思考回路で、躯械の心臓そのものだ。奴らの戦闘の要、と言ってもいい。
『躯械』ってのは究極の殺戮兵器。そのためには勿論、
「……なるほどね」
テタンが少し、声を落とした。リオノアが揶揄うように笑う。
「どォした、腕は落ちねえンだろ? それとも決意新たにでもしたかァ?」
「そう、だね。わたしは、殺戮兵器なんかじゃ、ない」
「ハハ、その意気だ―――ま、『素核』がそもそも高価なんだよなァ。ブッ壊さずに取れればどれだけよかったか……」
悲しむようにため息一つ。彼の頭の中には、やはり金しかないのか。先日抱いた気持ちを返せ、とテタンもため息をつく。
「まァ嗅覚の『素核』をわざわざ持ってるようなヤツも結局、人を襲うぜ? それこそサンテラ王国の『征伐』ぐらいでしか見ねえ…………あとはテメエもか」
「だから、わたしはヒトを襲わ―――っ!?」
突然テタンの前方より、窓を突き抜け飛び込む小さい影。べちゃあ、と粘性を持った液体が後部座席を濡らす。
――白く、それでいて透明な体であり、あたかも足が一つにまとまったようなヒトの形をしている。拳大のそれはテタンの方を向くと、その場でフワリと浮き上がり光を放った。
「テタン! 今すぐソイツを潰せ!」
「! 分かった」
言われるがまま、狭い車内でスパナを薙ぐ。
横に両断され、白く濁った中身が弾けた。それは、幾らかの金属と、酸を内包しており、座席の表面を軽く溶かした。
「ふ、危なかった」
「ッたく、何で『
リオノアが再び前方を見やる。
注意を向けていなかったが、褐色の大地に白い染みが所々浮かんでいる。時たま閃光を放つのは、体内を電流が流れているからか。
「何これ、鉄が宙に浮いてる」
「アイツら――『無殻の使』は所謂、『電磁気』と賦律を使って浮遊してるだけだ。
――――電流を流して動けなくなったところを、酸で溶かし、喰う。子供が襲われやすいなんてのもよく聞くなァ」
つまらなさそうに言うリオノア。その隣にテタンがひょこっと顔を覗かせた。
「見て見て、溶けちゃった。――――わっ」
「おおィ! 触れるな溶けるゥ!」
テタンが穴のあいた軍手を見せた瞬間、車が大きく揺れた。
思わず、その手がリオノアの肩に触れる。酸が服の一部をきれいに溶かし、コートの袖を落としてしまった。
「リオノア、ごめ……ぶふっ」
「テメエ何が可笑しい!?」
そうして生まれた袖無し男の風変わりな服装に笑いが堪え切れないテタン。その髪の様相も相まって、より一層奇を衒った状態になってしまった。
「リオノア、もう一回だけ、三つ編みにしてくれない?」
「それ以上やるならオレにも策があるぜ……もう飯は作ら―――おい、いじるなァ髪を!」
賑やかに荒野を駆けていく。やがて荒地とは異なり緑生い茂る草原が見える。リオノアはその先にぼんやりと見える山を目指してアクセルを踏み込んだ。
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