-4:「媒介師」
「やあ! 一日ぐっすり寝てボクは絶好調! 今日もビシバシ働くよ!」
「それじゃあまずはこの請求書を書いてくれ」
「ウワァー! ヤダァー!」
媒介師協会内。カイエンカの駄々を捏ねる声が響く。リオノア達は
媒介師協会という建造物は同時に酒場の役割も兼ねており、明けない夜を前にしては、多くの呑んだくれ共は絶えない。多くの客が出入りし、飲み交わし合っていた。
おかげで広い協会内には明かりと喧騒が満ち満ちている。
――『
「部品の売買」と聞くと呆気ない転売事業だと思われることが多いが、その実、媒介師は最も命の懸った職業と言っても過言では無い。
何故ならば「外」において、最も躯械を狩っている者は媒介師であるからだ。媒介師という集団の殆どは躯械を直接破壊することで部品や素材を手に入れる。
――これらは総称して『械材』と呼ばれることもあるが、それらを協会で換金することで彼らの仕事が初めて成り立つ。『械材』はそのまま、媒介師達の得物となる場合もあり、まさに金の卵と言えよう。
協会は各地に存在している。『械材』を同じく欲している国家とイタチごっこを永遠と続けているという噂もあるように、国家との関係は少なくとも良好ではないようだ。
「リオリオ、見て! 小っちゃい素核!」
「何やってンだテメエ請求書だぞ!?」
――――協会は基本的に、媒介師達は自由にさせる方針を取っており、制約などは設けていなかった。
しかし数年前、『伴狩制度』という制約を成立後初めて打ち立てた。それは媒介師を二人以上伴っていなければ、狩りをしてはならないというものであった。
そもそも、躯械の心臓部とも言える、『素核』を破壊すれば良いとは言え、躯械の膂力及び敏捷力は人間が到達し得るものでは無い。
当時の媒介師間に存在していた、暗黙の規則を知らない新人が勘違いしないように作られたものだ。
そしてまさに当時、何も知らず孤立していたリオノアの相棒として、唯一立候補したのが、この
「―――――改めて、カイエンカ・ネラフルだよ! ソコの
「わあ。リオノア、このヒト、瞼がピクリとも動かない。生きてるの?」
「ああ、変わった奴だが一応人間だァ。性格を考慮しなければ、悔しいが、オレが知ってる中で一番、腕が立つ媒介師でもある」
少し歯噛みをして、リオノアが渋々答える。対照的にカイエンカの顔色はたちまち明るくなった。
「もぉー、リオノア褒め……」
カイエンカが、ガクリと急に項垂れた。
「リオノア! カイが……」
「いや、よく見てみろ」
カイエンカは少しも動かないが、耳を澄ますと、すぅー、すぅーと寝息が聞こえた。
それはテタンを以てしても一瞬見逃してしまう、驚天動地の速さであった。
「寝たの……? この状況で……?」
「それがこのカイエンカという男の全てだ。
下手したらコイツは『三度の飯より睡眠』を本当に実行しやがる。ちゃんと
そんな事を言いつつリオノアは、とりあえず料理を注文したようであった。
彼がカイエンカに向ける眼差しには、呆れと若干の怖れが
「――――ぅわっ! …………もしかしてボク、寝ちゃってた?」
カイエンカがガバッと跳ね起き、寝ぼけ眼で辺りをキョロキョロと見る。相変わらず、その瞼は開いていないが。
「ああ……まァ仕方ねえ。寝てえ時に寝る事が大切だ……ただ次から運転する時はちゃんと言ってくれ」
「アッ、そういえばその子どうしたの? 勢いで挨拶しちゃったけど、まさか
リオノアの忠告を全て無視し、カイエンカはテタンに興味を向けた。
こめかみを抑えるリオノア。少し皺が寄っているのは見なかったことにしよう。
「そのまさかだ……
――今日より働いてくれるテタンだ。オレの盾を破壊するぐらい強いから、言葉には気をつけろよ」
カイエンカの顔が再び項垂れる。そして直ぐ起き上がる。その顔はどこか昏い目をしていた。
「リオ……遂に誘拐に手を染めちゃったんだね……
――――可哀想に。かくなる上はボクの手で……!」
「違えわ! 俺が誘拐するように見えるかァ!?」
「見えるよ! お金が足りなかった訳じゃないの?」
「足りねえけどォ……ってそこまで落ちぶれてねぇわ!」
ドタバタと喧嘩が始まる。取っ組み合って、オロオロとテタンが彷徨っている間に協会職員がやって来た。
「喧嘩は止めて下さい!」
一喝され、両者静止し、畏まって正座する。よく見ると片方は既に寝ている。そしてガバッと目覚める。もはや気絶の類だ、とテタンは密かに思った。
「二人とも何度目ですか! 協会によく貢献して下さるのは助かりますが、程々にして下さい!」
トボトボと帰ってくる二人。テタンが安心したようにほっと一息ついた。
「二人とも大丈夫?」
「ん? あァ大丈夫さァ。ちょっとコイツが勘違いしたからよ」
「リオ、知ってるかい? 『喧嘩する程仲が良い』って!」
「それ自分で言うかァ!?」
「なるほど、リオノア、素直じゃないってこと?」
「テタン、声に出さなくても良いんだぜ……?」
「あははは! テタンちゃん、本当に面白いね!」
カイエンカがゲラゲラ笑う。そしてある事実に気付いたようにハッと息を止める。
「それじゃあ本当に媒介師? 『盾』壊したの...?」
「だから最初から言ってるだろ」
「まじかぁー! 凄い才能だね! ねぇねぇどうやったの?」
「え……? こう、『バン!』って」
テタンがスパナを振る仕草をする。
「えぇ、一発!? 超優等生じゃん! リオ、こんな逸材何処から見つけて来たのさ!?」
「…………それは後で話すぜ」
「ボクに隠し事するのはお勧めしないよ? 何てったっていつ見てるか分からないからね!」
「お前のことだから本当にありそうなんだよなァ……」
あれやこれやと話している間に、卓子には多種多様な料理が並べられた。
「美味しそぅ〜! いただきます!」
「オレも食うか。――――『テタンの分』もあるからちょっと待っとけ」
瑞々しいサラダに、スープの湯気が際立つ。極めつけは、二の腕はあろうかと思われる鶏の炙り。
比べると顔が小さく見えてしまうそれに、カイエンカは遠慮なくかぶりついた。そして直ぐに酒を流し込む。
「くぅ〜! 身に染みるねぇ〜! この最高に身体に悪い感じ、大好きだよ!」
「テメエ……ちょっとは身体を心配しやがれ……
――まァ確かに美味いが」
リオノアも倣い、酒を胃に流す。流れるようににサラダを一つまみ。意外にも流麗なその動作にテタンの目が奪われる。
そしてそんな様子を不思議に見つめるカイエンカ。暫くして、それはテタンが未だ何の料理にも手を付けていないことだと気付いた。
「……アレ? テタンちゃん、食べないのぉ? いいんだよ? 今日はボクらの奢りだぜいぇーい!」
カイエンカは手に持ったジョッキを再び
既に頬を真っ赤に染めて頭をフラフラと揺らした。酒が十分に回っているようだ。
テタンはコップに注がれた水を飲み干した。
「――ねえ、カイ。質問してもいい?」
「全然いいよぉ! 何でも
「……みんなで食べるってどんな気持ち?」
「え?」
カイエンカが少し困りながらも、頭をひねらせたり、時折寝たりしながらも考える。やがてポンと手を打った。
「暖かい気持ち!」
「――暖かい、気持ち?」
「うん! なんというか、リオと食べてるとぉ、普段の不安とか、昔の嫌なことも吹っ飛ぶんだぁ!
そしたらぁ、何だかポカポカしてきてぇ、『幸せだ』って根拠も無いけど思えてくるんだぁ……」
「テメエそれ酒の話だろ」
「いや本音だってぇ! 信じてくれよぅ!」
再びリオノアとカイエンカが取っ組み合いを始める。協会内の野次が激しくなってゆく。人工の月は対照的に静かに揺れ、窓から覗くテタンの顔を映していた。
「――――『幸せ』」
彼女の呟きは煌々とした街に溶けていった。
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