ー5:「賦律」


「やあ! 二日酔いが止まらないね! おえぇぇ……」


 再び、媒介師協会内。顔を青くしたカイエンカが勢いのまま、床に手を付く。

 辛うじて、手洗いに逃げ込めたようだ。


「心配かけたね――――だが、二日酔いでもこのカイエンカ! しっかり動けるよ! 期待しとけぇ……」


 カイエンカがリオノア達にキメ顔を見せた瞬間、眠りに落ちてしまった。


「……いつもこんな感じなの?」

「あァ、これが通常運転だ……けど、仕事中に眠りこけるような奴じゃねえ。

――たぶん」

「……そう?」


 テタンが疑惑の目をカイエンカに向ける。カイエンカは目覚め暫く調子良く一人語りに興じていたが、何かに気付いたように、ハッと顔を青ざめさせた。


「リオ……ボク、気づいちゃったんだけど」

「おう、どうした」

「ボクたちもう一文無しだよ! リオの盾は壊れちゃったし、どうするのさ!?」

「あァ、盾は直したぞ」


 リオノアが示すように背を向ける。そこには新品同然の状態で盾が鎮座していた。 

少し得意げな顔でいるのが憎らしい。


「え!? リオいつの間に稼いだの!? まさか、ボクの居ない間に仕事引き受けてたりしないよね!?」

「……そのまさかだ」

「びぇぇ! リオが裏切ったぁ!」


 カイエンカがリオノアに飛びつき泣き出した。対するリオノアは動かざること山の如しだ。テタンが少し後方から引き気味に見ていた。


「いろんなヒトがいるね……」

「コイツが特殊なだけかもしれない、とオレも最近思うことがある……

 ――おらァ! いつまでもメソメソしてんじゃねえ! 仕事ならまだ終わってねえぞ!」

「え!? 本当!?」


 途端に表情を変えるカイエンカ。目をキラキラさせてリオノアを見る。


「おう、ようく聞いとくんだな。

 ――協会主導で行っていた調査がつい先日、終了したらしい。

結果、『未確認の飛翔型躯械を一頭発見した』との報告がオレに上がって来た。

 ……いや、来てしまった、と言うべきかァ」


 リオノアが億劫そうに欠伸を一つ。

 先日の後、テタンはリオノアと共に、彼の借りた宿へと帰った。途中、『歪みうわばみ』の内部を機械で昇降したのだが、テタンにとっては新鮮に感じられたそうだ。 

 曰く、「わたし、食べられたのは初めて」。


 そして着くやいなやリオノアは盾を修理し始め、テタンが気付いた頃には時を知らせる十刻の針が一周していた。おかげで寝不足である。決してカイエンカに影響を受けたわけではない、とは本人の言だ。


「面倒臭えが、調査あれだけで終わらせてくれないみてぇだなァ……と、言うことでテメエら。準備ができ次第、出発するぞォ」

「やったー!」


 欠伸が止まないリオノアと比べ、あからさまに喜ぶカイエンカ。感情の赴くまま、跳ね回り、終いにはテタンとハイタッチを交わした。


「いぇーい!――って硬!」

「何だテメエら、やる気十分だな。カイエンカはともかく、テタンは悪いモンでも喰ったか?」


 リオノアが訝しむように煽る。しかし、対したテタンもしたり顔で返した。


「わたし、狩りが嫌いなんて一言も言ってないよ?」

「都合の良いヤツだァ……まァ別にいいが」


 リオノアが興味なさげに呟いた。彼は既に金を受け取ってしまっているため、この依頼において報酬金は発生しない。狩りは二人に任せておいて自分は後方支援でも……


「ん?リオリオ、ここ見て! 依頼達成したら、協会から追加の報酬金だって!」

「よっしゃァ! やるぞオラァ!」


 リオノアがブンブンと腕を回した。その様子を見て、堪え切れずにテタンが笑う。


「何笑ってんだテメエら! 準備ができたらさっさと行くぞ! さァ金だ金ェ!」

「リオノアも大概、だね」

「あァ!? カイエンカこいつと一緒にするなよ!」

「何でだよぉ~!」






  ◆◆








 再び、ナイド森林を歩く。あの粘りつくような血の臭いは、数日経っても消えていなかった。また、相変わらず周囲には静寂が満ちている。

 燦々と照る太陽が邪魔だな、とリオノアは感想を抱いた。


「え!? テタンちゃん、『躯械』なの!?」


 その静寂をカイエンカの驚く声が破いた。前回と異なり、辺りの木々から鳥がバサバサと飛び立つ。


「そうだよ? ほら」


 テタンがカイエンカに向けて手を差し伸べる。

 その機械仕掛けの手におっかなびっくりしつつも、至る方向から手を観察したり、触れたりと興味は尽きないようだ。


「ほぇー、凄い精巧な仕組みだ……

まるで、本当に手の動きを再現したかったように見える……アッ、そういえばテタンちゃんはボクたちを『食べたい』って思わないの?」


 カイエンカがさりげなく疑問を呈した。それは単なる興味に尽きないのだろうか。

或いは

 目の前の存在が如何様のモノであるか。テタンは自分の直感に従って素直に言った。


「――――思うけど、思わない。だけど、少なくともそこのリオノアは殺したいって思った」

「あはは! リオ何したの?」

「……あくまで、『お前を利用してやる』って言っただけだ。オレの目的の為にな」


 リオノアがきまりを悪くしたように言う。だが、その言葉には、ただの『金儲け』とは異なった重みが含まれているように、テタンは感じた。

 やがて先日の如く、臭いが濃くなり、霧が現れ始める。

 血腥さが移ったのであろうか。リオノアには何だか赤く見えてしまった。


「そういえば、リオノアの目的って……」



 木陰より、が現れた。



「兎? 何でここに……」


 カイエンカが疑問を言葉にした、次の瞬間。


「テメエら伏せろ!」


 何かがリオノア達の上を通り越して行った、と感じた時には既に、辺りの木々一帯が刈り取られていた。リオノアが驚愕する。

 。周囲は警戒していたのだが。

 樹木は殆どのものが切り株となっており、それより上はまさに木っ端微塵となっている。まるで粉砕機ミキサーにかけたように、更地になってしまった。


 頭上、微風が吹き抜ける。

 ひんやりとした風を冷たく感じた時、たった一つ残った、針葉樹の樹上には佇んでいた。


「いつから居やがった……?」


 あたかも始めからそこに居たように、械鳥は羽繕いをした。


 烏を想起させるような、底知れない黒。その樹木に劣らない丈をしていながら、鉤爪が付いた小さな脚で器用に樹の先に留まっている。

 羽は折り畳まれているが、鳥類においては有り得べからざる大翼だ。おそらく顔であろう部分には、「視覚」を操作すると思わしき、丸く妖しい核があった。


 テタンだけが唯一、直ぐに得物を構えた。


「わたしが出る」


 踏み出し、地を駆ける。ドッと砂塵が舞い、次の瞬間には木の根元に到達していた。


「危ないから、リオノアたちは見てて」


 そのまま大樹を伝い、足を引っ掛けるようにして跳躍。

 頂を目指す。目の前に枝が迫ったと見ると、スパナを器用に引っ掛け、さらに加速。天辺にその姿を現した。


 勢いのままスパナを叩きつけようとした瞬間、械鳥はその身体に見合わぬ素早さで避け、飛翔。

 そうして見えたのは、翼の内側。そこにあったのは悪魔のように歪で長い鉤爪。


――そして、膨大な量の『血に塗れた羽』であった。


「あなた、いったいどれだけのヒトを食べたの……?」


 空中に投げ出され、ガラ空きの胴に長大な爪が突き刺されようとする。

 テタンがスパナを構えたその直後、前方に一つの人影が割り込んだ。


「一人で先行するなや。オレも混ぜてもらおうか」

「リオノア!?」


 爪に弾かれ、空中を舞う。そのまま墜落すると見えた。

 しかし落ちていく最中に、大樹を中心にして一回転。方向を制御し、さらに加速。

 空に羽ばたく械物に取り付いた。


「om&nnws%rhbip!?」

「せっかく全部伐採しちまったんだ。どうせなら、広い地面で足掻こうぜ?―――⦅崩光、滲めE m t ; c o l p s _ r y⦆」


 リオノアの盾から大きな銃口が覗く。否、もはや砲口に近いであろう穴から光が滲む。

 溢れると見えた瞬間、爆音が轟いた。


「ハッハァ! 的中!」

「……外す方が難しいと思うよ」


 テタンがポロリと零す。超質量の躯械が吹き飛ばされ、地面に激突。もうもうと砂埃が舞った。

 が、その直後に砂埃が吹き飛ばされ、すぐに姿を現した械鳥。頭部は凹んでいるが、すんでのところで素核に命中しなかったようだ。


「クソ、思ったより損傷がねェな。あんな細い身体して硬ぇのは詐欺だろ」

「……アレが目標だよね?」

「あァ、奴が血塗れ、『グラエンデ』で間違いねえな」


 大樹から飛び降り、グラエンデの目の前でリオノアは肩を回した。左腕に装着した盾に、木に巻き付いていた「紐」が戻り、その取っ手に仕舞われた。

 砲口は過熱したようで、熱を含み少し膨張しているようだ。


 ――――リオノアが愛用するこの盾は、マールハイン小国が開発した〈サシュラン式撃盾砲〉と言う。盾と大砲が融合しており、全長はリオノアの胸ほどまである長方盾ロングシールド


 賦律を行使することで、盾そのものが大砲に組み変わる仕組みである。が、その代償に要求される血液は実用されることを全く想定していない。

 反動は凄まじいものとなるが、リオノアは己で取り付けた鉄条紐ワイヤーを駆使し、高機動を実現させている。それも相当な筋力を要するが。


 グラエンデが再び飛び立った。テタンが追撃しようと駆け出す。そうはさせまいとリオノアが隣に並んだ。


「ついてこないで」

「あァ!? 賞金独り占めは許さねぇぞ!」


 直後、リオノアの傍、テタンの方より濃密なが流れた。出会った頃とは質が異なる、重い「気」がビリビリと周囲を圧迫した。

 リオノアが思わず彼女の方を見る。

 その瞬間、抑えきれなくなったようにテタンのスパナが振るわれた――


――リオノアに向けて。


「――っ!!」

「!? 何だテメエ!」


 リオノアが思わずバッと飛びのく。テタンはまるで意図していなかったかのように、腕を抑えながらふるふると首を振った。


「ごめん……獲物がいるときはどうしても、。だから、わたしに近づかないで」


 テタンが己の目に触れる。

 その瞳孔はギョロリとリオノアを睨み、その赤光をより紅に染めた。なるほど、言わば「本能」か。

 しかしリオノアは知ったこっちゃないという風に脚を動かす。彼の目に映るのは、目前の獲物だけである。


「誰がンなこと気にするかよ! アイツはオレの獲物カネだァ!」

「…………違う! わたしの獲物!」


 テタンは分からず屋、と思いながらも競うように速度を高めてゆく。

 勢いのままリオノアが盾を投擲し、グラエンデの脚に鉄条紐を引っ掛けた。煩わしそうに脚を振るが、リオノアの加重によりそれ以上高度を上げられないようだ。


「逃げるなァ!」


 踏ん張るリオノア。それをよそ目にテタンが鉄条紐をスイスイと登っていった。


「ずるいぞてめぇ!」

「足止めご苦労、だね?」

「がァ―――!」


 言い合いを続ける二人にカイエンカは思わず吹き出してしまう。何だ、仲がよろしいではないか。


「ボクも見てられないね!」


 背に掛けた得物を取り出す。

 それはグラエンデとは一線を画す漆黒であった。夜を思わせるように暗く、細長いそれは、一般に狙撃銃スナイパーライフルと呼ばれるモノである。


 構えようとしたところ、急激な眠気がカイエンカを襲った。


「――――ぅと、忘れてた」


 懐よりを取り出す。

 火が付き、肺の中に煙が充満する。己の背に比肩する冷たい鉄に手を添える――


 ――煙を、吐き出した。


「⦅冷槍、穿てp t t e ; `s p c l _ f r s⦆」

「テタン、一旦退け!」


 銃口が火を噴く。

 言うが早いか、テタンがグラエンデから飛び、距離を取った。

 直後、寸前テタンがいた位置まで凄まじい速度で弾丸が飛来。グラエンデの羽に風穴が空く。

 だが、それで終いと言わせず立て続けに飛来する弾丸。それは確かにグラエンデを狙っているが、リオノア達までも当たりそうな軌道だ。

 むしろ止まっていれば当たるだろう。敵が増えた心地がするテタンである。


「すまねぇな! カイエンカは昂ると周りが見えなくなっちまう性質タチしてんだァ、気をつけろ!」

「誰が周り見えてないって!?」

「地獄耳がよ……」


 カイエンカが走りながら、引き金を引く。鉄羽が飛ぶ最中、彼の弾丸はリオノア達の身をも穿ちそうになるが、全くお構いなしである。


「カイ! グラエンデにも当たってるけど、リオノアにも、当たりそう!」

「リオも承知の上だよ!」

「したけど! テメエやっぱ、周り見えてねえってェ!」


 他の事象を一切考えなければ、彼の弾丸は全て片翼のみに命中している。

 その命中した地点。よく目を凝らして見れば、風穴に沿うようにが張っていた。テタンが避けながら疑問を口にする。


「……あれって、水?」

「あァ、カイエンカの弾丸は、らしい!

オレも見たが、ソッと動かした途端に凍っちまった。だったらどうやって撃ってンだよ、って話だがな!」


 リオノアが揶揄うように笑うが、テタンにとっては信じられない話であった。

 以前、真冬の森にいた時は、静謐な泉を少し触っただけで凍りついてしまったことがある。

 繊細な動作すら許されないのに、銃に転用するなど、いかれている。


「フゥ――⦅零霜、揺蕩えs w y ; f r s _ b l o⦆」


 カイエンカの周囲の空気が震え、辺りの草に霜が降りた。引き金が赤く滲み、彼の狙撃銃に水弾が充填される。


――――『賦律ロア』というモノは平たく言えば、「天から賦与されし法則」である。己が想像を言葉によって「律する」ことで、現象として生み出し、「律術」として現に意味を創造する、ある種の魔法じみたものだ。


 代償に血を媒介源とする必要があるものの、まさに万能。

 万物を現す、偉大なる賦律神ロアディエスが創ったと言われているモノであるが、唯一つ欠点存在した。


 即ち、である。

 暑ければより熱く、寒ければより冷たくなる。詠者の体調が優れていなければ、普段の二分の一以下の出力になることなど、ザラだ。

 『躯械』という試みは、不純物を廃棄し、常に純血が巡るようにした画期的な発明である。

 対してカイエンカが行っていることは狂気的な、ある意味で合理的な解決方法だ。


「⦅冷槍、穿てp t t e ; `s p c l _ f r s⦆」


 冷たい鉄に血が滲む。彼の


 彼は己の血液を、己の律術を以て、冷やしている。血を冷却することによって、直接、過冷却状態の水を創りやすくしている訳だが、それは勿論、体調の変化を引き起こした。



 ――――カイエンカ・ネラフル。彼は常に、冬眠に近い状態にある。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る