-3:「明街、中央部にて」

 ――そして、冒頭へ戻る。


「たく、お嬢ちゃんよ、何が『今攻撃しても無意味』だ! 危うく突き匙の『針』にケツぶっ刺されるトコだったわ!」

「あんな大群で来るとは思わなかったんだもん。リオノアの犠牲もやむなし、だね」

「死んでねぇ!」


 あの後、木の下で密着していた二人に突き匙共が殺到した。


 元々、リオノアの金貨コインが爆破した音を突き匙共が聞きつけたのが原因であった。  

テタンはそのとばっちりを食らっただけであり、リオノアに至っては自業自得である。


「それにしても、リオノアは罠を仕掛ける位置が完璧。わたしの考えが読めてたの?」


 テタンが問う。猛進する突き匙に向けて突き返したスパナ。それは正確に『素核』を貫き、機械仕掛けの生命機構を停止させた。


「ンなわけねえだろ。嬢ちゃんがすぐ消えたから至る所に仕掛けちまったわ。おかげでとんでもねえ出費だぞマジでどうしてくれんだ」

「え?」


 彼の指差す方向、すなわちリオノアが来た方向を凝視すると、木の傍や根元などあちらこちらに突き匙が縛られている。それぞれが独立して蠢き、甲高い金属音が不協和音を奏でていた。


「な?」

「リオノアのせいで森が罠だらけになっちゃった……」

「いや嬢ちゃんのせいだろこれ!」


 思わず声が出るリオノア。その背中には未だ気絶したままの同業者を背負っている。


「――というか、逆に嬢ちゃんはどうやってここまで来たんだ。避けては通れないと思うんだが」

「わたし?木を渡ってきただけだよ?この森にはもうずいぶん住んでたから」

「………オレは木にも仕掛けてたはずだぜ?」

「―――あ、そういえば、何か変な鉄の塊があったから、『躯械』だと思って食べちゃった。もしかして、それ……」

「嬢ちゃん食ったのかオレの罠を!?」

「……ぴりぴりした感じでおいしかった」

「もう素寒貧だよオレ!」


 騒ぎ立てながらも二人は夜の森を進んで行く。雲の間より覗く三日月が薄明るく彼らを照らしていた。


「そういえば、わたしはリオノアについてくけど、突き匙のせいで家無くなっちゃったから養ってね」

「げぇ!そうだった!お嬢ちゃん強いから自分で獲ってきてくれよ!」

「やだ、疲れる。

――――というか『お嬢ちゃん』じゃなくて『テタン』って呼んでほしい」

「あァそうだった。職業柄、話し方がコロコロ変わるんだよな……」

「でもリオノア、わたしと話すとき自然だね」

「気にするな、そう見えるだけだ」

「わたしが殴っちゃったからかな……?」

「もうその話掘り返さないでくれよ……」


 リオノアが目に見えて気落ちする。未だ己の「盾」が粉々になったことを後悔しているようだ。


「直すのに一体幾らかかると思ってんだァ……――クソ、この不愉快な臭いも消えねえしなァ」

「わたしはこの匂い好きだけど?」

「テタンの感性が狂ってることはもう十分伝わってるぜ……

――――ってかガシャガシャうるせえ! どうにかならねえのかそれ!」


 彼が指差す先にあったのは、テタンの身体。

 駆動や放熱を行っているからだろうか、一応、ぼろくなった布切れのようなものに身を包んではいるが、内から鳴る音は一切遮られていない。


「今から『街』に行くんだ。お前が捕まったら、オレまでとばっちり食らうからなァ……

――とりあえずコレでどうにかならないか?」


 そう言ってリオノアが取り出したのは高純度の潤滑油。本来であれば彼の盾に使われていた物だ。差すことで少しでも軽減出来れば良いのだが……


「あと丸見えの足は長靴でも履いて誤魔化して、軍手をやるから適当につけてろ。マフラーはそのまま……」

「ぐびぐび……げぷ」

「マジで何やってんだァ!」


 考え込んでいる間に、テタンは瓶に詰められた潤滑油を一気飲みしてしまった。

 クルッとリオノアの方へ振り返り、満面の笑みで一言。


「この甘さ、クセになるね」

「バカタレ! 腹壊すぞ!――ん?」


 勢いで叱ってしまってそこで気付く。テタンの身体から駆動音が消えている。

 ついでに、彼女の顔が先程とは比べ物にならないほどツヤツヤしている。


「お前分かって……?」

「ふふん。美容効果大。リオノア、分かってるね」

「何も分かってねえ!」




  ◆




 「外」とは文字の通り、現在残っている国家以外の領域のことであり、その実態は秩序なんて塵ほどもない、無法地帯である。


 「国」と認められない国を築いている者もいれば、集団で略奪行為を繰り返し、生きざるを得ない者もいる。たった一つ、彼らに共通する点は、かつて彼らは「」である、ということだ。


 先述の通り、国に追われ、全てを失った彼らは「外」で生きなければならなかった。しかし、当然、外に跋扈していたのは国家が生み出し続けている負の技術結晶、躯械である。兵士でもない一般市民が勝てる相手では無い。


 勿論、躯械に殺され、多くの人々が死んでいった。


 しかしながら、彼らはどうしようもなく、であった。

 数少ない生物を狩って食い繋ぎ、死んでいった先人を踏み倒し学習し、一つの生命体のように集団で行動し、躯械を退けられるように成長した。


 その中でも有名な話は「リーギュの星堕とし」であろうか。


 二百人ほどで治めていた「マチ」、テトラ荒街こうがいに突如、躯械の群れが襲来し、三日三晩大規模な抗戦を繰り広げた話である。

 地獄のような戦況の中で当時の彼らの当主、リーギュは常に最前線に立ち続け、数多の鉄屑を砕いていった。

 しかしながら、敵陣中心部にいた躯械を生む艦型躯械『腐恵の空母ロット・ファミリア』の存在により戦況は良くなるどころか、悪化し続けてしまった。


 最早これまでと思われたその時、唯一人、リーギュが『腐恵の空母』の位置を特定し、特攻。包囲網を突破し『腐恵の空母』を叩き落とした。

 やがて抗戦が終息し、テトラ荒街の人々が見たものは、目が焼けるような快晴と、街よりも更に大きな蝙蝠を象った躯械の亡骸。

 そしてその上に悠然と立つリーギュの姿であった。


 このように、集団はやがて「ムラ」となり、「ムラ」はやがて「マチ」へと発展した。


 人々は成長している。微々たるものであるが。




  ◆




「着いたぞ」

「これは……」


 を抜けると、眩い光がリオノア達を出迎えた。天井は高い。が、その天井を突き抜ける形で、木材と鉄を組み合わせたような建造物が場所を問わず生えていた。

山をくり抜いてできたであろうこの「マチ」は至る所に夥しい量の光を抱えており、夜の繁華街の様相を呈している。否、夜は存在しないのだろう。

 見上げても造築された建造物より人が出入りしており、騒がしい。先程の静かな森林とは対照的な雰囲気である。


「ここが今の拠点、『ヴァーチェ煌街こうがい』だ」

「……あの真ん中の建物、躯械の部品?」

「あァ、アレは『歪みうわばみスキューサー』の光源だ。あのデッケェ球体に衝撃を与え続ければ熱源は動き続ける、便利だろ?」


 リオノアがにひっと笑う。

 その建造物は右へ左へと不安定に曲がりくねっているが、さもするとアレはか。様々な建造物とも接続している中央の骸にテタンは感嘆の息を零す。


「ヒトは凄いね」

「はっはァそうだろう! そこの店ちょっと寄ってくぞ!」


 そう言ってリオノアが人混みの中を先導する。店並みは暗闇を鮮やかに彩り、電飾ネオンライトが足元のタイルに反射している。その内の「サイモの械材専門店!」と派手な装飾と共に大きく書かれた店に入っていく。


 店内は電球により、街並みよりも更に色鮮やかな雰囲気を醸していた。


「邪魔するぜ」

「いらっしゃい! ……ってリオノアの旦那!? 今日は品揃え豊富でさあ! ゆっくり見て行って下せえ!」


 店には瓶に詰められた潤滑油や樽に詰まった多種多様な金属が並べられている。狭い店内であるが、壁、果てには天井にまでも商品が吊るされており、雑多な雰囲気を醸していた。


「そこのお嬢は?」

「あァ、親戚の子供でね。仕事があるから、って一時的に預かってんだ」

「はぁ〜綺麗なお顔で御ざんすねぇ。まあ旦那の下にいるなら心配は不要! 良かったなあお嬢ちゃん!」

「……良かったね?」


 店主の男が大口を開けて笑う。空気が震えるような声量に隣の壁からドンドンと音が鳴り、女が入口より突入してきた。


「毎度毎度うるさいよ! 何度声抑えろって言ったら分かるんだい!」

「ハッハッハすまないすまない! 現在大特価割引タイムセール中! アンタもどうだい?」

「少しは反省しろやぁ!」


 女と店主が言い争う。とは言っても、ほとんど女の抗議は流されているようだ。


「……リオノア、どういうこと? わたしリオノアの親戚じゃないよ?」

「真に捉えるなよ……嘘だよ嘘! 隠さなきゃいけねえだろ?」

「...なるほど、ヒトは興味深いね」


 納得したようにテタンが手を打つ。その内にリオノアは目的のモノを運んできた。電子部品など様々な部品や金属が入った木箱である。


「おっさん、コレ三個お願いできるか?」

「あいよ、任せなぁ! ――ってそんなに大量に何に使うんでさあ?」

「あ、あァ盾が壊れちまってね……」


 リオノアがタラリと汗を零す。確かに盾を修理するぐらいならそれほどの金属は必要ではない。

 テタンがぱちりと瞬きした。


「もしかして、リオノア……」

「お嬢にそれあげるんで!? 止めとけ止めとけ、旦那が引かれるのがオチでせえ!」

「うっせェ違うわ!」


 リオノアがプルプル震える。しかし対して店主や女は、生暖かい目でリオノアを見つめていた。



「これが、嘘。なるほど分かってきた」



「だから違えって!」

「違くないでさあ! しかし、こういうものはお嬢に選ばさせてあげるのが筋! さあさお嬢、何でも一つ持って来て下せえ! リオノアの旦那が買ってくれるそうでさあ!」

「そんな事一言も言ってねえ!」


 そんなリオノアの意見も虚しく、トテトテとテタンが店内を奇異の目で見て回る。少しして、花の装飾が施された銀の髪飾りを持ってきた。


「お、嬢ちゃんお目が高い! それは風信仔ビヤシエスの花を象った髪飾りでさあ! 最近は装飾に力を入れる国も増えてきたとかなんとか……」

「値段は――――げぇ」


 リオノアが値札を見て青い顔をする。


「リオノア……ダメ?」


 テタンが店主の目の前で、上目遣いをした。


「あァ仕方ねえなァ買ってやるよ!」

「毎度あり〜」


 そうして店主の接客とテタンのお強請ねだりにやられたリオノアは、予想外の出費をする羽目となった。




  ◆◆




「はァァ〜……厄日だぜ、全く……」

「うん、ぴったり。ありがとう、リオノア」

「それなら良いけどよォ……」


 髪飾りを付け、素直に感謝を告げるテタンを見ると何も言えなくなってしまう。リオノアは出費のことについて何も考えないように努めた。


「でもリオノア、何で買ってくれたの? まだわたし、何にもしてないよ?」

「気にすんな。ちょっとだけ、あそこの店主に借りがあるだけだァ」


 リオノアが懐かしむように目を細める。その時、ふと後方が騒がしいことに、テタンは気づいた。

 テタンがくいくいとリオノアの服を引っ張る。


「リオノア」

「ん? ――何だァこれは」


 人々の様子を観察するに、一斉にこちら側へ逃げているようだ。しかし、人が視界を埋め尽くす所為で何が起こっているかさっぱり分からない。


「ゆっくり休みてェ時だってのに全く……」


 やがて開けた前方、リオノア達に向けて中型の運送車トレーラーが爆走してきた。テタンの倍はあろう大質量が「サイモの械材専門店!」に迫る。


「凄い速さ、突き匙より速いね。壊していい?」

「えェ……なんたってこんな街中で………ちょっと待ったァ!」


 既に目の前まで迫った時、リオノアはそれが全自動で動く躯械ではなく、中に人を乗せた車であることに気付いてしまった。

 更に言えば、運転手に心辺りがあった。


「ヒトが乗ってる………リオノア、どうしよう?」

「いや、壊すつもりでいいぜ。これくらいでアイツは死なねえ。気をつけろと言ったのに…………」

「? 壊していいのね」


 テタンと運送車が衝突する直前、常人には見えない速さでテタンが拳を振り下ろす。運送車が勢いを殺され、地面にめり込み、直立した。


 前面ボンネットは無惨にも潰れてしまい、辺りに飛び散るタイルの欠片。運転席もその形を歪めているが、内部はほとんど損傷が見受けられない。一応、テタンは約束を守ったようだ。

 リオノアがくの字に曲がった扉を無理やり引き剥がした。空気袋エアバッグが膨らみきった室内から、すやすやと一つの寝息が聞こえる。


「いい加減、起きろォ!」

「ぅわっ」


 リオノアがナイフで空気袋を割った。パァンと音が鳴り、同時に一つの鼻ちょうちんも割れた。運転席内からもそもそと動く人間が現れる。

 手入れされず伸びっぱなしのボサボサとした黒髪に、リオノアとは対照的な垂れた目。薄く開かれたその眼は透き通った碧眼であることが伺える。ロングコートから見える、すらっとした足に目を引かれた。


「――――こいつはカイエンカ。媒介師の一人で一応、俺の相棒だ」

「くぅー……くぅー……」

「こいつ立ったまま寝てやがる!」

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