第27話 誰かを好きという気持ち
決して目立つような外見ではないが、それでも笑顔がかわいくて、真面目なのにノリがいい女の子。
サッカーに詳しいわけではないけど観るのは好きで、プレーの方は初心者でボールを蹴ろうとしてシューズを飛ばして、みんなに笑われて恥ずかしそうにしながらも、一緒になって楽しそうに笑える女の子。
気が回る性格で、普段はマネージャーのようなことをしてくれて、「ありがとう」と言われると、はにかむような笑みを返している女の子。
サークル内でも真面目に活動しているグループにいて、下手でも練習をがんばっている。一緒に代表戦を観戦したときも、後輩だからと率先して買い出しに行ったり、みんなの飲み物の減り具合を気にしながらも、ゴールを決めたり、試合に勝った直後にはみんなでハイタッチをして、同性には思わず抱きつくような喜び方をする女の子。
俺にとっては、一緒にいることが多いからだけでなく、不思議と自然と目で追ってしまっている好感が持てる女の子だった。
梅雨が明け、夏がもうすぐそこにまで来ていることを汗ばむ日が増えたことで感じ始めるころ。
サークル終わりにみんなでご飯を食べに行き、その帰り道に藤村から二人で話したいことあるからと、駅の近くのファストフード店に入った。周りに人がいない奥にある席に、注文したコーヒーを手に向かい合うように座った。
藤村はついさっきまで柔らかな表情を浮かべ、駅に入っていく同級生や先輩に手を振っていた。それが今は緊張した面持ちで固まっていた。
それだけで何を言われるのか予想がついてしまう。高校一年の文化祭のあとに告白されたときの空気感に似ていたからだ。
だから、変に誤魔化すようなことも急かすようなことも言わず、話したいことが告白でなかったとしても、藤村が自分のタイミングで話し出すのを待つことにした。
「ねえ、羽山くん――」
藤村は覚悟を決めたのか真っ直ぐに俺を見つめてきた。俺が藤村と視線を合わせると、藤村は言葉の続きを口にし始めた。
「羽山くんは、付き合ってる人や好きな人はいるの?」
その質問にどう答えたらいいのか困ってしまう。
今の俺には、ハルちゃんと付き合っていたという記憶がない。かつての自分が送ったメールに書かれていたから知っているだけだ。
それでも、ハルちゃんの家を見上げたときに、心の奥底には好きという気持ちが残っていることに気付いた。
だけど、好きな人がこの世界にいるのかというと、答えは“いない”ということになる。
「……いない、かな」
「本当に?」
藤村の表情は分かりやすく明るくなった。顔に嬉しいと書いているようで、それを正面から見ていると、こちらまでつい笑みを浮かべてしまいそうになる。
「それじゃあ、もし私が羽山くんに告白したらどうなる?」
テンションが上がっているからか、藤村の心の声が口から漏れ出てきた。
「それ、もう告白じゃん」
「あっ……」
藤村は言われて初めて気付いたのか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。耳に掛けていた髪が垂れて、毛先が首元で柔らかく揺れていた。
「私ね、気が付いたら羽山くんばかり見てる。フットサルしてるところかっこいいなとか、代表戦を一緒に見たときは子供みたいにはしゃいでてかわいいなとか。サークルない日でも、構内でたまたま会えないかなとか思って、いつも私の目や気持ちは羽山くんを探してる」
藤村はぽつりぽつりと、心の中にある想いを言葉に変えていく。
「サークルのときに、下手な私とペアになっても嫌な顔をするどころか、楽しそうに私のペースに合わせて練習に付き合ってくれるのが好き。それで私がうまく出来たら、自分のことのように喜んで褒めてくれるのが好き。だから、運動得意じゃないけど、フットサルするの好きになれたよ」
藤村の気持ちが溢れてくる。いつの間にか藤村の目は少し潤んでいるのか、照明の灯りを受けて瞳の中で光が揺れている。
「ビブスとか片付けるのをさりげなく手伝ってくれる優しさが好き。買い出しのときも付いてきてくれて、重たい荷物を持ってくれるのが好き。前を歩く羽山くんの背中を見るのが好き。隣を歩いているときに見る横顔が好き。喜んでいる顔も、楽しそうに笑う顔も、練習試合で負けて悔しそうにしてる顔も、全部好き。もっと色んな表情が見たいし、私に見せてほしい」
藤村に気持ちをぶつけられて、色んな自分をそんな目で見られていたことに照れてしまう。
だけど、ここで目を逸らすのは藤村に失礼だと思い、その全てを受け止めながら相槌を返す。
「私、羽山くんが好き。こんなにも誰かを好きになったの初めて。まだ出会って、三ヶ月とかなのにね。今になって思い返せばだけど、子どもみたいな楽しそうな笑顔で、“見てばっかりじゃなくて、藤村さんも一緒にやろうよ”って、手を差し伸べてくれた羽山くんに、一瞬で恋に落ちたんだと思うの。私はこの人となら、どこへでも行けそうな、なんでもやれそうな気がした」
藤村はわずかに唇を震わせながら、息を吐き出した。
そして、もう一度真っ直ぐに俺を見つめ直してきた。
「もう一度言うね。私は羽山くんが好きです。だから、付き合ってください――」
藤村の気持ちは素直に嬉しかった。
藤村に対して、俺はたしかに好意を持っている。それが恋愛感情なのかというと分からなかった。
今の俺は、誰かに恋愛感情を抱くということがどういう感じなのか、分からなくなっていた。
弓月悠という女の子に対して、以前の俺は強い恋愛感情を抱いていたのはメールからも伝わってくるが、それが実感としてないので、心の奥底に残る好きという感情も本物なのか疑ってしまう時がある。
顔も何もかも覚えていない人のことを、それでも好きと言えるのか、今までも何度も自問自答してきたけれど、答えは見つからないままだった。
藤村の気持ちに応えれば、その答えも見つかるかもしれない。
「――分かった。俺も藤村のことはいいなと、好きだなと思ってたから」
「本当に? よかったぁ……」
藤村は糸が切れたようにテーブルに突っ伏した。
「大丈夫か、藤村?」
「なんかね、嬉しすぎて、幸せすぎて体に力が入らない」
藤村は緩み切った笑顔をこちらに向けてくる。本当に幸せなんだなというのが分かり、心の奥に棘が刺さる。
俺は藤村のことが好きだと言ったことは嘘ではない。
ただ、それは一人の友人としての好きで、女友達の中では一番恋愛感情に近しい好きかもしれないというものだったにすぎない。
この気持ちが、いつかは本物になればいいなと思った。
そのときが弓月悠という存在を忘れるときなのかもしれない。
大学一年生の、夏が始まる直前。
今の俺にとって、初めての彼女ができた――――。
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