第19話 隣にいるのは
修学旅行の間、隣にはずっと
飛行機で、移動のバスで、集団行動をしているときも、自由行動の散策の間も、宿泊先のホテルでの食事の席でさえも。
同じ班だからというのもあるけど、それ以上に同じ班になったメンバーが俺と吉川が二人でいる機会を意図的に作ろうとしているようだった。
班が男子三人、女子三人なので、二人掛けのバスの車内ではどうしても男女で一人があぶれてしまう。それを利用して、吉川と隣の席に座らされた。同じようにして隣に座るという状況を作られ続けた。
近くの自動販売機などで買い物をする、トイレに行くといったちょっとしたことでも俺と吉川をできるだけ残すように行動していた。
俺が不審がっても、「荷物置いていくから見ていてくれ」、「行き違わないようにそこにいてくれ」、「二人の分も飲み物買ってくるから」と様々な理由を付けられては、断る方が不自然で逃げ道も塞がれてしまっていた。
吉川もそこまで露骨だとさすがに気付くようで、
「みんな私たちを二人にして、何を期待してるんだろうね」
と、どこか気まずそうに笑っているので、吉川も知らないところでいらないお節介を焼かれているのだろう。
それでも二人きりになると吉川は表情が少しだけ緩んでいた。
修学旅行だと、いつも誰かと一緒にいて、気を抜けないかもしれない。それが仲のいいクラスメイトだとしても、完全に気を許せる関係性でなければ、ある程度は気を張り続けなければならない。
きっと吉川にとっては俺と二人でいる間だけは、気を抜くことができる唯一の時間なのかもしれない。
俺はというと、気を張り続けるということに慣れていた。
そうしていないと、話の流れや無意識でハルちゃんのことをつい口に出しそうになってしまうからだ。
だから、特に付き合いが長い相手の前ほど気を張り、家族の前ですら気を抜くことは許されない。
それでもハルちゃんがいなくなって二年以上が経ち、そういう“つい”が出てきそうになることも少なくなった。
そのことに、ハルちゃんの存在が俺の中で薄くなったからではないのかという疑心にかられ、他の人と同じように忘れてしまうのかと不安になり、自己嫌悪の渦に飲まれていく。
この修学旅行の間は、俺の隣にはずっと想像のハルちゃんがいる。
飛行機で怖がり、北海道の寒さに人一倍身体を震わせ、バスに備え付けのカラオケの機種が古いから懐メロしか歌えないと口を尖らせ、売店やコンビニで北海道限定のお菓子などに目を輝かせている姿が、俺にだけ見えていた。
ハルちゃんが喜びそうなことや行きたがりそうな場所を下調べをした。
甘いものが好きだったから、スイーツ巡りは外せない。できればパフェは食べておきたい。
綺麗なものを見るのが好きだったから、小樽運河のガラス細工を見に行きたい。
「羽山って、甘いもの好きだったんだね」
「意外とロマンチストだったんだな」
旅行前にした自由時間にどうしようかという相談をしているときに、俺からの提案にそんな反応が返ってきた。
「私はどれもいいと思うな」
吉川が興味深そうに、俺が印刷して持ってきた資料やガイドブックに目を落としながら、何度も頷いていた。
「吉川さんが言うのなら、私も文句はないよ。てか、男子の口からスイーツ巡りだとか出てくると思わなかったし」
「たしかに……俺が提案したの、ラーメン食べたい、市場に行って豪勢な丼を食べたいだったし」
「それに比べて羽山は女子のこともちゃんと考えてるし、これがモテる男とそうでない男の差なのかもね」
そうやって、みんなで笑い合ったのは記憶に新しいところだった。
俺がハルちゃんのためにと思った提案を、もしかすると他の人は吉川のためにと受け取ったのかもしれない。
だから、旅行中に面倒なお節介に巻き込まれることになったのだろう。
そういうのも修学旅行で気分が盛り上がって起こる“修学旅行マジック”の一つなのかもしれない。
実際に宿泊したホテルで寝る前のわずかな時間に、一人になりたくて、人が少ないロビーの端の方にあるソファーに座っていたら、そういうマジックにかけられたのか、告白のようなことや逢引きをしている人を見かけた。
俺は気付かれないようにソファーの陰に隠れながら、ハルちゃんがいたら同じように抜け出して話をしていたのだろうかと考える。
そんな妄想の世界に浸りながら、修学旅行中にもハルちゃんに届かないメールを送った。
そうして、いつものように絶望し、ぼんやりとしているところに、同じ班で一年生のころからクラスも一緒で仲良くしている男友達の
「こんなところにいやがった。一人で何してんだよ?」
「一人で落ち着きたいってこともあるだろ? お前ら、ずっとコイバナしようぜとか、トランプしようぜとか騒がしいし、少しはのんびりさせろよな」
「そんな連れないこと言うなよ。寂しいだろ? それに羽山がいないとそういう色恋の話をしようにも盛り上がらないんだよ。お前さ、自分がモテてることに自覚ないだろ?」
急に何を言われるのかと黙って続きを促すように見つめ返すと、小野は大きなため息をついた。
「俺がどれだけ羽山を紹介してくれって言われてるか。修学旅行前にも、旅行中にお前と二人きりになれるような機会作ってくれとも頼まれたんだぜ。それは自分で何とかしてくれって、断ったんだけどな」
「それは初耳だな。それなら、なんで吉川と俺を二人きりにしようとするんだ? それも誰かに頼まれてのことか?」
「何言ってんだよ? お前らは周りから見てもお似合いだし、意識し合ってるのもモロバレで、くっつきそうでくっつかないし、近くで見てるともどかしいんだよ。だから、同じ班のやつらと……って、今のは聞かなかったことにしてくれ……ないよな?」
俺からの抗議と批判の目を受けながら、焦ったような表情で「悪かったよ」と素直に謝られた。簡単に謝られてしまったら、もう何も言えなくなってしまう。
小野含め班の連中が、そういうことを冗談や悪ふざけでやるような人間ではなく、善意で早くくっついて欲しいと共謀してやったことなのだろう。
「前も話したこともあるけど、俺と吉川はそういうのじゃないだ。たぶんずっと仲がいいグループで接してきたから、距離が近く見えるだけでさ」
自分の気持ちは今は置いておいて、客観的な事実だけを口にした。
俺の隠している本心は、吉川とは仲良くなりたくない、できれば距離を取りたいと思っている。
だから、意識して近づかないようにしているけれど、吉川がその距離を潰すような動きをするから、余計に仲良く見えてしまうもの仕方のないことに思えた。
「それ、照れ隠しや誤魔化してるようにしか見えないからな。お前、女子からはツンデレと思われてるぞ」
「そういう気持ち悪い評価はやめてくれ」
「俺が言ってるんじゃないって」
「じゃあ、お前はどう思ってるんだ?」
「吉川さんみたいな美人と仲良くていい感じなのに、それを何とも思ってなさそうなのが、ちょっと腹立つ」
「おいっ!」
「冗談だって。でも、実際のところはまじでどうなんだよ?」
「だから、何もないんだって」
堂々巡りのような不毛なやり取りに笑い、明日の修学旅行の予定に話が移り変わる。
夜に函館山から夜景を見に行くのを小野は楽しみにしていて、そこで女子といい雰囲気になったら告白とかされるんじゃないかとか、勝手に盛り上がり始めた。
「それ、バレンタインの当日にチョコ貰えないかなって、かっこつけたりするようなもんだぞ」
「夢を壊すようなことを言うなよ。もしかしたら、俺と仲良くしたいけどきっかけがなくて――みたいな子がいるかもしれないだろ?」
「そうかもな。そんな女子が現れることを、俺も祈っておいてやるよ」
「お前な、まじでそういうところだぞ。それにそんなことが起こるとしたら羽山だろうなとは思ってるよ」
「もしそんなことがあったとして、お前らは覗いたり、邪魔したりするんだろ? 吉川とくっつけたいみたいだし」
「そりゃあ、もちろん。あと、理由に面白そうだからも追加な」
小野は爽やかな笑顔で親指を立てていた。それを見て、力が抜け、深いため息が口から漏れ出た。
「お前と友達やめようかな、まじで」
「そんなマジトーンで怖いことを口にするなよ」
「冗談だって。ただ、明日からはいらないお節介だとかはやめてくれよ」
「仕方ないな。俺はやめてやるよ。だけど、他の奴らを止めはしないからな」
「そこはかっこよく止めてくれよ」
「無理だって。女子連中に逆らうと後が怖いし。あっ、俺が口滑らしたとかも言わないでくれよ?」
小野の言葉につい噴き出して笑ってしまう。小野も隣で一緒になって笑っていた。
高校からの友達といるのは、気持ちは楽だった。
今みたいに、たまにだけど愛想笑いでなく自然に笑うこともできる。
きっと最初からハルちゃんのことを知らないのは当然だと割り切ることができるからだろう。
だから、フラットで色眼鏡もかかっていない関係を築くことができる。
話したりしていても、ふいにハルちゃんのことを思い出すこともないので、ある程度気を抜いて接することができていた。
ハルちゃんのことを忘れたくなくて、ずっと想っていたいと望んでいるのに、それに相反するようにハルちゃんのことを考えなくていい時間を求めている。
そんな心の中の矛盾には気付かないように、そっと目を逸らして、今は隣にいる友達との時間を優先させることにした――。
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