第17話 モノクロの鮮やかな青春
高校では、俺は部活に入らなかった。
サッカーは好きだが、自分に才能がないことが分かっていたので、本気でやるのは中学までと決めていた。
その代わりに空いた時間に、アルバイトと塾通いを始めた。
そのどちらも、自由に使えるお金が欲しかったから、高校では勉強をがんばると決めたからと親に説明し、お願いし、許可を得たうえでのことだった。
しかし、本当の理由は、
バイト先には、吉川がバイトを始めるにしても選ばないような居酒屋を選び、塾も吉川が通っている塾とは違う塾に夏期講習から通い始めた。
中学校まで一緒だった仲のいいグループとは、学校が違うため、今までのように頻繁に会って遊んだりするということはできなかった。お互いに高校で新しくできた友達と遊ぶことが多くなったというのも理由の一つだった。
それでも、たまに予定を合わせて遊びに行ったり、夜にグループ通話を繋いで話し込んだりと、仲のよさは健在だった。
健太と拓也とは、元々グループ関係なく仲がいい友達ということもあり、連絡も頻繁に取り合っているし、オンラインゲームでかなりの頻度で一緒に遊びながら話しているので、たまに学校が違うことも忘れるくらい変わらない距離感だった。
その中で明らかに関係性が変わったものもあった。
それはハルちゃんの家族との関係だった。
ハルちゃんの弟の翔とも、たまにオンラインゲームで遊ぶけれど、俺がバイトや塾通いを始めてからはそれも減っていった。
翔も中学生になり、部活に勉強にと忙しくなり、同級生と遊ぶ機会が増えたのが大きな要因だった。
そして、俺も自由な時間が減り、その中で遊ぶとなれば、健太や拓也といった特に仲がいい友達か、高校からの付き合いの友達を優先させるのは自然なことだった。
そもそも歳の差がありつつも、本当の兄弟のように仲良くしていたことの方がイレギュラーな関係だった。
ハルちゃんの両親とも同様で、今までのように週末だとかに何かしようという話になってもバイトや塾を理由に断る機会も増えた。
それでも俺がいなくとも、親同士の関係は変わらず続いていた。
ハルちゃんの家族が、大事な人たちという認識は今も変わっていない。ハルちゃんの家族は、変わらず優しくしてくれるし、笑顔で話しかけてくれる。
それなのに誰もハルちゃんのことを覚えていない。ハルちゃんがいないという前提で軌道修正された、俺の記憶とはところどころ噛み合わない思い出。男所帯になったせいか、家の雰囲気や匂いさえも違っているような気がしてしまう。
ハルちゃんがいないということを強く意識させられてしまう相手で場所だからこそ、ハルちゃんの家族が普通に生活をし、以前と同じように接してくるということが辛かった。
きっと今の親同士が特に仲がいいご近所さんという距離感が、ハルちゃんのいない弓月家との正しい関係性だったのかもしれなかった。
ただ、家族を大事にしていたハルちゃんの気持ちをないがしろにしているようでもあり、近くても離れていても俺にとっては苦痛を伴うものだった。
俺の高校生活は、毎日が忙しく、日々が通り過ぎるように過ぎ去っていった。
学校生活を友達に囲まれて送り、校外ではバイトに汗を流し、塾で勉強し、別の高校に通っている友達と遊ぶ。さらに家に帰ってからも、勉強やオンラインで友達と遊んだりした。
世間一般から見れば、青春を謳歌しているということになるのだろう。
実際は、何かをしてないと落ち着かなかった。
余計なことを考える余地を入れたくなく、吉川初玖という存在に侵食されることを避けたかった。
俺にとって、ハルちゃんのいないこの世界で生きるということは、素潜りで夜の海に潜水している感覚に近い。
息苦しさを常に感じていて、光のない暗闇の中で、進むべき方向も戻る場所も見えない。
深い水底に何かあるかもしれないと探し続け、それでも結局は息継ぎをするために気が付けば、水面を目指している。
顔を上げた先にあるのが、ハルちゃんがいないという現実で、そんな世界でも絶望を繰り返しながら呼吸をすることをやめられない。
楽しい毎日のはずなのに、心から楽しいと思えることは、あの花火の日以降一度もなかった――。
それでも時間は止まってくれるわけでも、戻るわけでもなく、季節が巡っていく。
今年も夏には花火が打ち上がり、その時間をバイト先の居酒屋で過ごした。
花火を見上げることも、誰かと一緒に行くということも心理的な抵抗感があったからだった。
学校では体育祭、文化祭という大きな行事の他に、定期試験や研修合宿もあった。
定期試験ではクラスメイトと一緒に勉強し、夏以降は塾の自習室に入り浸ることもあった。
体育祭では、元運動部ということもあり、リレーをはじめ様々な競技にエントリーすることになった。
「羽山ー!! いけーっ!!」
「がんばれ、羽山!!」
応援してくれるクラスメイトの声がリレーで走っている最中に聞こえてきた。その中にハルちゃんの声はない。
小学校でも中学校でも、ハルちゃんは俺のことを応援してくれた。
中学三年の体育祭でも、
――ユウくん、がんばれー!!
そんなハルちゃんの応援する声が喧騒の中から聞こえ、その声援を無駄にしないために全力を尽くした。
競技を終えて、クラスのテントに戻ると、ハルちゃんが近寄ってきて、
――ユウくん、すごかった。本当にかっこよかったよ!!
そう周囲の目や耳を忘れて、興奮気味に褒めてくれるハルちゃんの顔を見るのが好きだった。
だから、かっこいいところを見せたくて、次の競技もがんばろうと思えた。
そして、がんばるハルちゃんを目で追いかけ、応援を返した。
ハルちゃんの応援してくれる声が聞こえなくても、ハルちゃんが見てないとしても、ハルちゃんがかっこいいと褒めてくれる人間であり続けたくて、相手が現役の運動部でも、足がどんなに早くても諦めることも力を抜くこともなく全力で走った。
文化祭ではクラスで模擬店を出すことになり、その準備にも積極的に関わった。
買い出しに、看板作りに、試食にとクラスメイトと同じ時間を共有した。
有志で何かするということはしなかったが、バイトで身につけた接客を活かすことができ、遊びに来た健太や横沢たちと文化祭を見て回ったりした。
文化祭が終わり、クラスで打ち上げをした。クラスの雰囲気はよくて、みんなが楽しそうにしている姿を見つめていた。
ここにハルちゃんがいたら――そんな姿を思い浮かべる。
仲が良くなるとしたら誰とだったろうか。俺も含めて、クラスではどういう扱いをされていただろうか。
しかし、どれだけ考えても現実にはハルちゃんはいないので、寂しさと虚しさが心に残り、それを紛らわすようにどこにも届くことのないメールを送る。
打ち上げが終わり、解散となった後にクラスメイトの女子に呼び止められ、人の流れから外れた場所で、
「私、羽山のこと……好きなんだ。羽山、恋人いないでしょ? だから、よかったら私と付き合ってくれないかな?」
生まれて初めての告白をされた。
ハルちゃんには俺から告白をしたし、それ以前に告白をされるという経験もなかった。
今になって思えば、俺の隣にはハルちゃんがずっといて勘違いされることも多かったので、そういう感情を持たれるきっかけがなかったのかもしれない。さらには、横沢や健太たちが、俺とハルちゃんの間に邪魔が入らないようにしてくれていたのかもしれない。
目の前で返事を待つ、緊張した面持ちの女子に目を向ける。
その女子は吉川が仲良くしている女子の一人で、クラスの何人かで遊びに行ったときにも一緒にいた。文化祭を通して、買い出しを一緒に行ったり、同じシフトで店番をしたりと何かと話す機会も多かった。
しかし、この状況になって、初めてまともにその女子の目を、顔を見た気がした。
表面上はどれだけ仲良くしていても、ハルちゃん以外の女子に対しての興味や感心を持てずにいた。
そんな相手からの告白だったとしても、告白されたということは嬉しかった。
仲がいい相手に告白をするということには、勇気がいることを身をもって知っている。
告白するほどに、俺のことを想ってくれていることは素直にありがたかった。
だけど、俺にはハルちゃんという恋人がいる。想い人がいる。
ハルちゃんを超えるくらい好きになれるような存在だったなら、心も動かされたかもしれないが、目の前の女子に対して、クラスメイト以上の感情は持っていなかった。
そして、きっとそんな存在は俺がハルちゃんを忘れない限り、諦めない限り、現れることはないだろう。
「ごめん。俺、好きな人がいるんだ。だから、気持ちに応えてあげることはできない」
俺の言葉に、悲しむ姿を見るのは心苦しいものがあった。
それでも、恋が叶わなかったとしても目の前の女子のことが羨ましく思っていた。
好きな人の姿を見ることができる。声を聞くともできる。触れようと思えば手を伸ばせば届く距離にいる。
そんな当たり前が俺にはないのだから――。
「ねえ、羽山の好きな人って、誰?」
「昔から仲のよかった女の子だよ」
「それって、吉川さんのことだよね? 羽山と吉川さんって、幼馴染で仲がいいって聞いたよ」
「違うよ。それは違うから――」
表情が歪むのを感じる。
世界から消えてしまい、思い出の中にしかいない存在だったとしても、声が聞こえなくなっても、俺が好きなのは、世界でただひとり――
ハルちゃんと吉川がもしコインの表裏のような存在で、将来的にハルちゃん以外の誰かを好きにならないといけないとしても、俺は吉川初玖だけは絶対に選ばないし、選べない。
俺の心の中心にはハルちゃんがいて、吉川のことは意識的に遠ざけているのだから――――。
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