第四章 霧の中に消えていく
第16話 君がいない新生活
俺の高校生活は、ここにはいない大切な人に思いを馳せつつ、仲のいい友達と初めて別々の学校に通うことになる不安感を感じながら始まった。
まだ体に馴染んでいない新しい制服に袖を通し、慣れない電車通学をする。
新しい環境で近くの席だったクラスメイトから話し始め、仲良くなれそうな人も何人かできた。
入学直後にあった実力テストの結果は無難に平均以上は取ることができ、授業は中学時代に比べて難しくなり、まずは付いていくことに必死だった。
始まったばかりの高校生としての新生活は、ひとまず上々の滑り出しと言ってもよかった。
そのなかでここにいるはずのない、去年の夏の花火の日に世界からいなくなってしまった幼馴染のハルちゃん――
正確には、ここにいたかもしれないという可能性と、ここにいたらどうなっていただろうかという想像の姿を追ってしまうのだ。
同じ高校を受験する予定で成績も同じくらいだったので、ハルちゃんもきっと合格していたことだろう。
だとすれば、高校に入ってからも毎日、一緒に学校に通っていたかもしれない。
ハルちゃんと恋人同士なのだから、空いた時間はできるだけ多く話したりして、お昼を一緒に食べて、放課後も一緒に帰って、たまに寄り道なんかしていたかもしれない。
もしクラスが違っていたら、休憩時間のたびに会いに行ったり、廊下だとかですれ違うたびに目配せだとか合図を送っていたりしていたかもしれない。
ハルちゃんは歌うのが好きだったから、芸術選択は音楽を選んでいただろう。俺は書道を選択したから、そこでどうしようかと相談して、もしかしたらどちらかが合わせたかもしれない。
運動で手を抜けないから、体育の時間は女子の中で浮いてしまっていたかもしれない。
だけど、明るくてよく笑って、人懐こい性格だったから、すぐに仲のいい友達を作ったに違いない。
そうやって新しくできた友達をお互いに紹介し合って、また高校でも大所帯で騒がしくしていたかもしれない。
毎日のようにある小テストの愚痴を言って、定期テスト前は一緒に勉強して、たまに居眠りしたときはノートを貸し借りなんてしたかもしれない。
そんなバラ色の日々があったかもしれない。
だけど、少し考えてみれば、それはハルちゃんがいたころの日常そのままだった。
それほどまでに大事な人と過ごす時間や、些細なことが幸せだったのかということを思い知った。
現実では、ハルちゃんの代わりに現れた
吉川は同じ高校に進学し、同じクラスになった。
そして、先ほどのハルちゃんがいたらという可能性の一端を体現しているのだから、苦痛もひとしおだった。
「なあ、羽山って、吉川さんと同じ中学出身なんだよな?」
クラスメイトの男子を中心にそんなことを聞かれることも多かった。
その二言目はだいたい、
「あの子、美人だよな。吉川さんと話す機会作ってくれよ」
のような紹介してほしい、間を取り持ってほしいというもので、ため息が出てしまう。
「自分で声を掛けろよな。中学のときも男友達いるタイプだったし、話すハードルは低い方だぞ」
「そうは言うけどな――」
そんな雑談をしながら、話題の吉川に目を向ける。女子の輪の中にいて、楽しそうに話していた。
中学でもよく見た光景。違うのは表情が少し硬いくらいだろうか。
それも横沢や高山という、吉川にとっての気の許せる友達と比べたらというもので、それを間近で見ていたから気付ける僅かな差かもしれない。
そういう変化に気付けてしまう自分が、どうしようもなく
ふいに吉川と周りの女子の目がこちらに向き、何やら盛り上がっているみたいで、こっちも「吉川さんたちがこっち見てるぞ」と周りがうるさい。
こういうときハルちゃんだったなら、俺にだけ気付くように小さく手を振るのだろう。
そう――ちょうど今、吉川がやっているみたいに――。
一瞬だけ吉川にハルちゃんの姿が重なって見えた。
嬉しくもないことだけれど、こういうことはたまにあった。
そのたびに、お前じゃないと心の中で毒づき、ハルちゃんじゃなかったと失意から肩を落とした。
そんな風に姿が重なって見えるのは、きっと吉川が高校入学にあわせて、髪を少し短くしたからだ。今も緩く巻かれた毛先が鎖骨のあたりで笑うたびに揺れている。
それがハルちゃんの髪が一番長いときに近いせいだ。
それに俺がずっとハルちゃんがいたらと考えているから、ハルちゃんがいたらこうなっていたという姿と被る行動を吉川が取るから、見間違えたに違いない。
どれだけ言い訳を重ねたところで、惨めになるだけで、現実はただただ残酷だった。
俺と吉川の関係性は、顔見知りやただのクラスメイトではない。同じ仲のいい友達グループにいて、俺が知らないだけで幼稚園から一緒の幼馴染だ。
使う駅も通う学校も同じなのだから、学校の登下校の時間が似通うのは当然で、バッタリと会えば、幼馴染で友達なのだからと一緒に行動し、話す機会も自然と増えていく。
なんでもない雑談以外に、学校やクラスメイトの話、授業や先生に対する愚痴なんかも話題にあがる。
「あっ、羽山もこの電車? 一緒に帰ろうよ」
「ねえ、私たちのクラスから購買って、遠いと思わない? 飲み物買いに行くのも大変だよね」
「クラスの女子がさ、羽山のことかっこいいって。で、私が同じ中学だって知って、今度みんなで遊びに行くのに誘ってくれないって言われてるんだけど、どうする?」
「今日の英単語の小テストどうだった? 今回の範囲さ、紛らわしい単語多くなかった?」
「数学の先生、板書消すの早くない? たまにノート取りきれないときあるんだよね。だからさ、ノート見せあったりして、助け合わない?」
違う学校になってしまった健太や拓也たちには話しても伝わらない、仲のいいグループの中でも二人だけでしか共有できない話題。
吉川と距離を取りたいのに、仲を深めるきっかけと機会が次から次へと訪れる。
そういうことは全てハルちゃんとしたかったことだったのにと、心の奥底で悲鳴をあげながらも、吉川と話すこと自体は嫌ではなく、むしろ楽しいと感じる自分がいることにショックを受けていた。
だから、俺は毎日のようにその日あったことをハルちゃんにメールをするようになった。
ハルちゃんに対する申し訳なさや後ろめたさに対する贖罪と、自分が大事な人のことを考える時間を確保したいという気持ちからだった。
日々の出来事以外にも、こんなことあったよね、という思い出話を懐かしみながら、忘れないためにメールを送る。
小学生のころの二家族でキャンプに行って、マシュマロを焦がしたこと。寝付けずに二人でテントから抜け出して、満点の星空を見上げたこと。
翔とサッカーをして遊んでいたら、ハルちゃんもやると言いだして靴を飛ばして、みんなで笑ったこと。それ以来、ハルちゃんはサッカーは見る専になったこと。
出会ってから、中学三年の夏まで、ハルちゃんとずっと一緒だった。思い出しきれないほど、膨大な量の思い出がある。
しかし、今はどれもハルちゃんの声は聞こえない。
今日も送ったメールは、エラーとして戻ってきた。
メールの送受信ボックスはハルちゃんに宛てたもので溢れていて、虚しさが積み上がっていくと同時に心に安寧の灯がともり続けている気がした――――。
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