第15話 届かない君への想い
あの花火の日のことは、今でも鮮明に思い出せる。
ハルちゃんが消えた日だから、いつもとは違う雰囲気のハルちゃんにずっとドキドキしていたから、告白して恋人になったから――。
挙げだせば、忘れらない理由はいくつも出てくる。
その中の一つに、ハルちゃんに秘密を教えてもらったから、というのも大きな理由の一つだった。
花火が打ち上がるのを待つ間、俺とハルちゃんはスマホに送られてきた友達からのメールに気付いた。
送られてきたメールの内容は、俺とハルちゃんが手を繋いで会場を歩いている姿を見たという目撃報告と、それだけで恋人になったと察したのか祝福の言葉が続き、今度詳しい話を聞かせろという尋問の予告だった。
お互いのスマホに届いたそんなメールを見せあいながら、いい友達を持ったと笑い合った。
その流れで、ハルちゃんは、
――ねえ、ユウくん。私のメアドの意味分かる?
と、自分のプロフィール画面を俺に見せながら尋ねてきた。
俺は隣から画面を覗き込みながら、
「ハルちゃんの名前からじゃないの?」
そう第一感をそのまま答えると、ハルちゃんはクスクスと笑いながら肩を揺らした。そのことで俺の予想は違うと分かり、「じゃあ、どんな意味なんだよ?」とハルちゃんに尋ね返すと、ハルちゃんは俺の顔をじっと見つめたあとに、すっとスマホに目を落とした。
そして、表示されているメールアドレスの部分に、タップしないようにそっと大事そうに触れる。
――私のメアドね、実はユウくんのことを意識して考えたやつなんだよ。ユウくんもだけど、みんな私の名前から取っただけと思ってるから、誰もそのことに気付かなかったけどね。
ハルちゃんは悪戯が誰にもバレていないことを喜ぶ子供みたいに、楽しそうな笑顔を浮かべていた。
――でも、もしユウくんにこのことを気付かれたら、そのときは私から告白しようと思ってたんだよ。気付かれなかったとしても、ユウくんから告白されることがあったら、今みたいにユウくんにだけ話そうって決めてたんだ。だって、メールアドレスにしちゃうくらい、ユウくんのことが好きだってことだからね。
スマホの光に照らされているハルちゃんの表情は少し照れているような、どこか秘密を話せてすっきりしたという風にも見えた。
ハルちゃんの話を聞いて、ノーヒントで気付ける可能性があったかと言えば、きっと無理だっただろう。
ハルちゃんに聞いたから、なるほどと思えるし、胸の奥がくすぐったくなるほど嬉しかった。
もし仮に、自分のことかもしれないと思っても、それが当てずっぽうだったとしても、「メアド、俺のこと意識してるだろ?」なんて、自分からハルちゃんに確認するなんて無理な話だ。
自意識過剰っぷりが痛いし、もし違っていた場合の恥ずかしさは目も当てられない。
――あっ!! ユウくん、もしかして照れてる?
「そりゃあ、照れるだろ」
――そっか。その顔見れただけでも、話した甲斐があったよ。
ハルちゃんはニコッと嬉しそうに笑い、その笑顔は今まで見た笑顔の中でも、とびきりかわいく見えた。
そうはっきりと情景も話した言葉のひとつひとつも、ハルちゃんの表情までも詳細に覚えている。
それなのに、サイレント映画のようにハルちゃんの声だけが失われていて、俺の記憶から台詞としてハルちゃんの言葉が補完される。
幸せな記憶のはずなのに、今は思い出すだけでも胸の奥が締め付けられるように苦しくなる。
スマホの画面に表示させたままのハルちゃんのメアドを再度見つめた。
<yu-haruharu.moon@XXX.ne.jp>
俺とハルちゃんの名前が繋がれた、ハルちゃんが考えたメアド。
そこに込められた想いを知ったからこそ、ハルちゃんがいなくなって俺のスマホから完全に消えてしまっても、もう一度登録することができた。
これだけが今の俺に残されたハルちゃんとの唯一の繋がりで、ハルちゃんの想いに触れることができるものだった。
これまでもハルちゃんのところに奇跡的に届かないかなと、何度かメールを送ったけれど、どこにも届くことはなく存在しないアドレスに送ったエラーとして自分のスマホに戻ってくるばかりだった。
そのエラーとして戻ってくるまでの僅かな時間のラグが、返信が早かったハルちゃんの可能性もゼロじゃないと思え、今回はもしかしてと期待してしまう。
そして、毎回、現実に打ちのめされて、心がすり減っていく。
それでも、これから先、機種変をしたりしたとしても、スマホの電話番号やメアドは変えずにいようと心に決めていた。
友達や家族との連絡はもっぱらLINEになり、メールはほとんど使わない機能になった。
届くメールは広告か迷惑メールか、メールでしか繋がっていない相手からしかない。
きっとこの先、メールを使うということ自体なくなるかもしれない。
それでも今のアドレスを、ずっと残し続けようと思っていた。
なぜなら、もし電話番号やメアドを変えたり、メアド自体を捨ててしまったら、いつの日かハルちゃんがこの世界に戻ったときに、俺と連絡が取れないという状況になってしまうからだ。
冷静に考えれば、それは夢物語で限りなくゼロに近い可能性だけれど、完全なゼロにしたくないのだ。
俺は――この世界で一人だけかもしれないけれど、ハルちゃんを諦めたくないと思っている。
「ハルちゃん――」
記憶の中にしかいないハルちゃんに呼びかける。こんなときハルちゃんならどう返事をしていただろうか。
――なに? ユウくん。
きっと少しだけ口元を緩ませながら、そう名前を呼び返してくれるはずだ。
「もうこれ以上、ハルちゃんのことを忘れないから」
声はもう思い出せないけれど、いつどこでどんな会話をしたのか、そのときどんな表情をしていたのかということを、できるだけ多く忘れないように記憶に焼き付け、魂に刻み込もうと決めた。
そして、今の想いをそのままハルちゃんにメールで送ることにした。
『ハルちゃん、今日は卒業式だったよ。
これからはハルちゃんが知らない場所で、
見たことのない世界に俺一人で進むことになるよ。
だけど、ずっとハルちゃんのことを想ってるから。
もうこれ以上、ハルちゃんのことは絶対に忘れないから。
だから、また会えたときは、
ハルちゃんの声をいっぱい聞かせてほしい。
それじゃあ、また』
送信をして、空を見上げる。ぼんやりと白みがかった青い空が広がっていた。
手に持ったスマホが振動し、画面にはメールが来たという通知が表示される。
ハルちゃんに宛てたメールは、どこにも届くことはなく無慈悲に機械的にエラーとして戻ってきた。
「また届かなかった……ハルちゃん、君の声がまた聞きたいよ」
未来への新しい門出になるはずの日に、過去に囚われ続けている俺は、失ったものの大きさに一人静かに涙を流し続けた――――。
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