第6話 花火の上がる夜に君は

 ハルちゃんと二人きりで花火を見に行くのは思い返せば初めてのことだった。

 幼い頃は家族も一緒だったし、ある程度成長してからは友達と行くようになった。一昨年は初めて別々に花火に行ったりもした。

 俺とハルちゃんは、幼い頃のように周りを気にすることなく自然に、人波にはぐれてしまわないように――そして、当時とは違い恋人との繋がりを求めて手を繋いで、花火に合わせて出ている屋台を巡った。

 やっていることは去年までと大して変わらないはずなのに、今までに感じたことがないほどに楽しくて心が満たされているという実感があった。

 混雑した人の中を歩くのもハルちゃんと離れないようによりいっそう手を握り合い体を寄せ合うので嫌だと思わないし、買ったたこ焼きにたこが入っていないこともハルちゃんが笑うから不快に思う前に楽しいに変換されてしまう。

 俺の目に映る世界は、全てが色づきカラフルに輝いて見えた。

 それから少し早めに、昔ハルちゃんと見つけた花火が見える穴場へと移動した。


 小学校五年生のときに一緒に花火を見に行った友達とはぐれ、ハルちゃんと二人で知らない道を彷徨い、その先で知っている公園に行きついた。そのことに安堵しつつ、公園を横切って迷わない道から会場に戻ろうと踏み入れた公園内は、祭りに浮かされて大騒ぎをしている集団や、カップルが人目を忍ぶことなくイチャついていて、小学生の子供がいてよさそうな雰囲気ではなかった。

 きっと公園はそういう人たちにとっての穴場で、公園に植えられている多くの樹や、周りにあるマンションやビルなどの建物のせいで見えにくいだろうが花火を見るだけならできるだろう。そもそも花火を見ることが目的ではないのかもしれない。

 そんな目をそむけたり、見ないようにしようとする光景の連続に寄り付きにくい場所になっているのか、公園の中に普通の観覧客も地元民らしき姿はなかった。

 そういう嫌な気配から逃げるようにして辿り着いた公園の最奥とも言える場所だったが、打ち上がる花火がとても綺麗に見え、それだけで特別な思い出に変わった二人だけの秘密の場所。



「そういえば、花火って何時からだっけ?」

「たしか、八時からだったはずだよ。ちょっと確認するね」


 ハルちゃんはそう言うと持っていたかごバックからスマホを取りだした。そして、すぐに「うわぁ……」と小さく声を漏らしていた。


「どうかした? 時間間違ってたとか?」

「いや、そうじゃなくて……えっと、花火の時間はさっき言ったので間違ってないよ」

「なら、さっきのは何だったん?」

「たぶんユウくんもスマホを見れば、すぐに分かると思うよ」


 言っていることが理解できないまま、ポケットからスマホを取りだした。ロック画面に新着メールが来たことの通知があった。そのメールの内容を見て、ハルちゃんのさっきの妙な反応の理由がすぐに分かった。

 なぜなら俺も同じように思わず声を漏らしてしまったからだ。


「その反応……やっぱりユウくんの方にもメール来てた?」

「うん。会場でハルちゃんと手を繋いで歩いてるところ見たって。それで――」

「よかったね、っていう祝福の言葉と、詳しい話を今度会ったときに聞かせろ、っていう内容でしょ?」

「そうそう。声を掛けずにこうやってメールだけ送って放置してくれてるのはありがたいけどさ」

「せめて、花火が終わった後か、日付変わってから言ってほしいよね」

「だな。でも、早く言いたかったんだろうな。同じことを別の同級生とかにされたら、面倒くさいとか嫌な気持ちになってたかもだけど、昔からの付き合いで仲いいやつらだから、どういう表情で俺らを見て、このメールを送っているのか想像できるから少し笑えてくる」

「たしかに――」


 そこまで神妙なトーンで話していたが、それすらもおかしく思えてきて、こらえ切れず同時に噴き出してしまった。


「私たち、友達に恵まれてるよね」

「本当に。最高の友達だと思うよ」


 どこか呆れ気味に、だけど、誇らしいと自慢できる事実を口にしてまた笑った。

 それから、お互いに友達から届いていたメールを見せあった。その流れで俺の知らなかったハルちゃんの秘密を教えてもらった。

 まだ花火が始まるまで時間があったので、親や友達にどう話そうか相談することにした。

 まずお互いの母親はお膳立てまでしてきた手際と察しのよさに、こっちのわずかな表情や態度の変化で、下手すれば家に帰った時点で気付かれてしまうだろうなとなんとなく思ってしまう。だから、母親に聞かれたときは母親にだけ正直に話し、正式には来週末にハルちゃんの家で二家族合同のバーべキューをする予定になっているので、そこでちゃんと付き合いだしたと話そうと決めた。

 友達にはこちらから何も言わずとも、明日以降――遅くとも夏休み明けすぐに報告を求められる場をセッティングしてくるだろうから、そのときは包み隠さず話そうと頷き合った。ただうざ絡みや根掘り葉掘り聞いてきそうで今からちょっとだけ気が重くはあるが、一番純粋に喜んでくれそうな人たちなのでどんなリアクションをするのか楽しみでもあった。


 色んな事を話していると、花火が打ち上がり始めた。

 ハルちゃんと手を繋いだまま、様々な種類の色とりどりな花火が打ち上がり続ける空を見上げた。

 前にこの場所で同じように花火を見たときは、お腹の奥にまで響く音の迫力に圧倒され、夜空に大輪を咲かせたり、火花が流れ落ちたり、連続で打ち上がったりする圧巻の光景に、まばたきを忘れるほどに目を奪われた。

 今はそれに加え、隣で花火の光に照らされた愛しい人の横顔に見惚れてしまう。

 花火が打ち上がり続ける空を見上げ、繋いでいる手からは自分のものではない温度をたしかに感じ、その温もりと感触が今の俺にとって世界で一番大切なものだった。

 些細なことが幸せに思えるという気持ちを知った。

 この幸せがずっと続けばいいなと花火と夜空に願い、今日のことは一生忘れられないし、忘れたくないと深く深く心の奥底に刻みこむ。

 十年後とかに、またここで花火を待ちながら、そんなこともあったねとハルちゃんと思い出話をして、それも新たな思い出として積み重なっていく。

 そして、未来でもハルちゃんとこうやって手を繋いで花火を見上げたいと思った。


 花火がまた連続で打ち上がり始め、世界を明るく鮮やかにその一瞬一瞬を染めていく。

 世界の色が次々に移り変わっていくなかで、突然、喪失感が心の中に落ちた。

 不安になり、隣を見るがそこには誰もおらず、俺は一人で花火が打ち上がる音を聞いていた。



 手に温もりだけを残して、ハルちゃんは突然いなくなった――――。

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