第39話 女王と王

 謁見の間に通されたレイスは、壇上を見上げた。

「よく参られた」

 女性ながら低く覇気のある声に迎えられる。

 先王が征服戦争に精を出していたせいで、中立国との関係でさえ冷めたものだった。

 自分が代を継いでからは、それなりに外交を復活させてきたが、このラカンとて友好国とは言えない関係だ。

 その証拠が国の主を見下ろす位置に立たせるという待遇だ。

「此度は大公より招待を受け、妃も大変感謝している」

 レイスには事実を口にしただけで、他意などはないのだが明らか空気が変わる。

「貴君の妃がこの場におられなくて大変残念だよ」

 ハハハと軽快な笑いを上げるラカン国王だが、その瞳は射殺しそうなほど強い。

 片やレイスは内心困惑していた。

 そもそも王妃の同行を否としていたのは、ラカン側だったはずだ。

 レイスの心情をよそに、ラカン国王は続ける。


「王妃については私も耳にしている。その心労は如何程のことか、想像に堪えない。此度の外遊で我が国を選んで頂けたこと光栄に思う。この国で過ごす時間が、妃の安寧に繋がるとよいのだが」

「お心遣い有難くお受けさせて頂きます。妃には晩餐の折に挨拶をさせますゆえ」

 レイスの物言いに、周りはザワザワと落ち着きがない。

 シュルスでは妻を紹介するに差し障りのない表現なのだが、どうもそれが気に入らないらしい。


 ラカン国王から感じた敵意、それは謁見の間の衆人からも刺すように向けられていた。

 周囲を見回しても女性の臣下が多い。

 アリシアの件がどのように伝わっているのか、そちらは想像に易い。

 きっと無理やり結婚させられ、虐げられている王妃との認識だろう…。

 もしこれが前世のことを指すならば、事実でありながら憤慨して踵を返し、その足で帰国していたことだろう。


「滞在の間、妃を見かけることもあるでしょう。その際は気軽にお声掛け頂けるよう願い申し上げる」

 周りにそう目線を傾ける。

 そう、この旅はアリシアの希望を叶えるため計画されたもの。

 王としての威光などなくても構わない。

「我が国はシュルス国王夫妻を歓待する」

 女王の発言と共に拍手が上がる。


 大公家では充分な歓待を受けているだろうか、とレイスはアリシアを想った。



 アリシアは案内を終えて、用意された部屋に下がっていた。

「王子殿下がアウグスト様に瓜二つで驚きましたね」

 ミーナが荷物をワードローブにしまいながら、興奮気味に話す。

「アウグスト様を憂い顔の貴公子とするならば、ハルベルト王子殿下は太陽のように輝く王子様ですわね」

 アリシアのドレスを抱き、ダンスを踊っているようにステップを刻む。

「似て非なる、という感じではないかしら。表面は似ていても、その内は全く似てないもの」

 アリシアは窓の外、大公家に出入りする人々を見下ろす。

「アウグストは良くも悪くも素直で裏がないわ」

「まぁ、お嬢様!」

 失礼ですよ!と指摘するミーナを他所に、

「王子殿下は、明るく闊達な王子として振る舞われている裏で、随分ご苦労をされてきたのでしょうね」

 王女であるだけで褒めそやされる姉の影で、王子というだけで軽んじられる。

 何も期待されていない、まるで自分と同じよう…。

 持つ者、持たざる者、本人が望む望まないにしろ他者にそう位置付けされてしまう。それは自分ではどうにもできない運命なのか。

 ハルベルトの陰る瞳がアリシアの、かつての自分を思い起こさせた。

 ふと窓の外、屋敷に入ってくる馬車に目が止まる。

 使用人が恭しく出迎える様に、それが誰か理解する。

 馬車の扉から覗く黄金色の髪が揺れる、そして何気なく見上げた先、アリシアにその青い瞳が止まる。

『アリシア』

 到底届く距離では無いのに、レイスの唇が教えてくれる。

 そしてふわっと、まるで愛しい者を見つめるよう細められた柔らかな眼差しをアリシアに送る。

 咄嗟に窓辺から後ずさってしまった。

「お嬢様?如何なされました?」

「レイスが…陛下が戻られたわ」

「まぁ、それではお出迎えに行かなければなりませんね」

 忙しなく踵を返したミーナに見られないよう俯いた顔が熱い。

 何故だろう、ザワザワと落ち着かない胸をアリシアは手のひらで抑える。

 胸の奥から何か得体の知れない感情が、その切っ先を出そうとしているような、恐怖を感じさせた。






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嫌われ令嬢の政略結婚~今世は非業の死を回避します 黒兎ありす @kurotoalice

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