第一章 世界が一転した日⑤



「体調が悪くなったら言え。地面に下りてきゆうけいする」

「大丈夫です、すみません。その、本当に世界が違うと実感してしまっただけですから」

「そうか。進むぞ」

 アルドさんが一度羽ばたき、ゆっくりと前に進み始める。しばらく飛び続け、前に進む力が弱くなったらまた羽ばたいて、とり返しているが、速さの割に息苦しさや風の強さは感じないし、会話も出来る。この大きさの翼で飛べるのも不思議だし、やはり地球とは常識が違う場所なのだろう。

 落ちたらそくであろう高い場所を、出会ったばかりの人の腕一本で支えられて飛んでいるという、きようにも似たきんちようかん。彼が少し腕の力を弱めるだけで、私の命は終わるのだ。

「そんなに違うか?」

「え?」

「周囲の様子だ。俺は生まれた時からこんな感じだからな。ここ以外の風景を知らない」

 進行方向を気にしながらも私に視線を落としてきたアルドさんの目には、悲しみでは無く少しのこうしんが見て取れる。じゆんすいに興味があるらしい。

「私が生まれた国は自然の多い島国ですから。こういった荒野はめずらしいです。海に囲まれていますし山も多いので。ほかの国には広い荒野もありますけど……」

「世界の大半がこうではないと?」

「はい」

「そうか、知らない世界の話というのは興味深い。いずれ詳しく聞いてみたいものだ」

 知らない世界……そう、まったく違う世界だ。帰り方もわからず、常識すらもわからない。そもそも私が連れて来られた原因のあのしきや聖女とは、いったい何だろう?

「あの、聖女って何ですか?」

「異なる世界から来て、強力な再生としゆうぜんの魔法を使いこなし、世界を癒す存在だと伝わっている。あくまで古い伝承の中だけの存在だったがな。まさか本当に存在するとは思わなかったが、実際に癒せる事が判明すればどの国ものどから手が出るほどにほつするだろう。自国の回復だけでなく、癒しの力と引きえに他国を支配下に置く事も出来るからな」

「それであの王は……ほう?」

 やはり世界観はあのゲームに似ているのだろう。しかし、科学の世界で生まれ育った私やあの女の子が、この世界の人でも使えないような魔法を使えるとは思えないのだが。

「お前は魔法を使えないのか?」

「使えません。私の世界の魔法は基本的におとぎばなしの中にあるものというか、別の力で発展している世界なので」

「なるほど。落ち着いたらそれに関しても詳しく聞いてみたいところだな」

 世界や歴史の中には使えるとされている人もいるけれど、それでも科学で発展している世界だ。魔法が当たり前にある世界ではない。

 ぽつぽつと彼に話しかけられたり私が聞いたりしている間も、空の旅は続いている。どれだけ進んでも景色は荒野のまま変わらず、私に現実を突き付け続けていた。

 せめて晴れてさえいてくれたら、このまいのような気持ちが少し明るくなるのに。太陽や月があるのならば見てみたい、変わらないものもあるのだと感じたい。

 願いはかなう事なく空はくもったままで、時間がつ事でどんどん暗くなっていく。

「あそこだ」

 しばらく飛び続けて、アルドさんは遠くに見えてきた建物の集まる場所を指差した。長時間の飛行だったが、幸いにも体調は少し気持ち悪いくらいで済んでいる。

 荒野の中にぽつりと存在する建物の集まりは想像よりもずっと小さいが、道中とはちがって木の生えた山が周囲を囲んでいる。葉が付いた木もあるが、本数はごくわずかだ。

「小さい国だろう? 百人程度しか住んでいないから治めている俺も国民全員の顔と名前がいつするし、国というより集落と言った方が近いかもな。まあ、王というかたきは持っているが兵士がいるわけでも無いし、俺の事はただのまとめ役とでも思ってくれ。他の国では暮らせずここに来た連中も多いが、気の良いやつらばかりだし、お前の事ももう知っているから、すぐにめるさ」

 確かにゲームでは戦争のえいきようで人口が少ない設定だったが、それにしても少なく感じる。百人程度の人口でも国としてあつかわれるほどにこの国が訳ありなのか、それともこの世界ではつうの事なのかはわからないが。

「私、魔物や人間という種族差以前に、この世界の人間ですらないのですが……」

「お前の事を話した時にはみなおどろいていたが、それを理由にきよするような奴は今この国にはいない。そもそもこの世界で種族差を気にするのはいつだって人間の方だ。純粋な魔物はもう何年も前にいなくなったし、一瞬見ただけなら人間にしか見えない奴も多い。俺は先祖返りで魔物のとくちようが強く出たがな」

 ゆっくりと下降を始めながら、アルドさんはにやりと笑う。彼は自分の外見をあまり気にしていないようだが、真意は読めない。

「お前は最初こそ驚いたようだが、今は俺を見てもまったくおそれていないだろう? なら問題無いさ」

 町の入り口らしき場所に着地したアルドさんは、ゆっくりと私を地面に下ろした。同時に彼の背中の翼は、まるで最初から無かったかのように消えてしまう。出し入れ自由なのだろうか、元の世界の常識では測れない事ばかりだ。

 長時間彼の服をにぎめていた手はしびれてこわっている。空中にいた事でふらつく足を上手うまくコントロール出来ず転びかけたところで、横に立っていたアルドさんに支えられた。

「あ、ありがとうございます。すみません」

「謝罪と礼ばかりだな。知らない場所に連れて来られた事をもっとおこってもいいんだぞ」

「怒るひまもないくらい、たくさんの人に助けられてしまったので」

「会った時から思っていたが、ずいぶん冷静だな。とつぜん別の世界から連れて来られた人間だと聞いていたから、もっと取り乱しているとばかり思っていたが」

「……連れて来られてすぐ、冷静にならなければ殺されそうなじようきように直面したので」

 私が冷静なのはユーリスさん達のおかげでもあるが、何よりあの王から向けられた冷たい視線と害意のせいだ。あれは敵意ではなく、害意だった。

 異世界だなんて夢物語だったけれど、あの場でそれをゆうちように疑っていたら危害がおよぶとわかってしまったから、強制的にこれがすべて現実だと受け入れるしかなくなったのだ。

 そしてここに来るまでに見聞きしたすべての物事が、これは現実だと確信させてくる。

「あの王か。ユーリスもさっさと押しのけて即位してしまえばいいものを」

「ユーリスさんと親しいんですね」

「そうだな。子どものころからのくさえんだし、魔物と人間という関係で元敵国に属していながらも、軽口がたたき合える相手ではある。色々としんらい出来る相手だ」

 アルドさんの瞳には彼の言葉通りユーリスさんへの信頼が見て取れる。きっとそれはユーリスさんも同じなのだろう。強い信頼ときずなが感じ取れて、少しうらやましい。

 行くぞ、と私を町へうながしながら、アルドさんはみを深めた。

「この国にむかえると決めた以上、お前ももう俺の下だ。あの王に手出しはさせんさ。ユーリスも王が後を追えないように情報を操作しているだろうし、普通の人間は魔物という言葉ですらこわがってこの国には近づかない。お前がこの国に来たと知る手段はほとんどないし、安心して過ごせ」

 私を町に先導するアルドさんの背中は大きく、少しだけ安心する事が出来た。

 すべてに心許す事は出来ないが、何とか前を向いて生きて、帰る手段を探さなければ。

 ……そんな決意は、町の状況を見てあっという間にさんしてしまったのだけれど。

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パズルアプリで異世界復興始めましたが、魔王様からの溺愛は予想外でした 和泉杏花/角川ビーンズ文庫 @beans

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