第15話
翌朝、吾輩は薄明かりの中で目を覚ました。寒さで鼻先が凍えそうだったが、それでも昨晩の誓いを胸に、冷たい空気を吸い込んだ。「吾輩はこの地で強くなるんや」と心の中で再び呟き、前に進む決意を固めた。
ボスが群れの前で「今日は川の向こうに獲物を追う」と指示を出している。群れの皆がボスに従い動き出す中、吾輩も後ろに続いた。狩りを重ねる中で、少しずつ自信をつけてきた吾輩だったが、今日は新たな試練が待ち受けているようだった。
川にたどり着くと、雪解け水が勢いよく流れ、寒さと力強い流れに吾輩は一瞬たじろいだ。しかし、ボスが躊躇なく冷たい川に飛び込み、他の仲間も次々と川を渡り始める姿を見て、吾輩も意を決して川に足を踏み入れた。
冷たい水が体中に染みわたる。足が震えそうになるが、吾輩は必死に耐えた。リリーが振り返って「がんばって」と視線で励ましてくれている。それが吾輩の心を支える力になり、ついに川を渡りきった時、吾輩は自分が少し強くなった気がした。
川の向こうには、凍てつく森が広がっていた。ボスが低い声で「ここに獲物がいる。だが、この森には他の捕食者もいる。油断はするな」と警告を与え、群れは静かに進んでいく。吾輩も緊張しながら、周囲に気を配りつつ歩みを進めた。
しばらくすると、獲物の匂いが漂ってきた。吾輩は嗅覚を研ぎ澄まし、ボスの指示通りに草むらに身を潜める。仲間たちも息をひそめ、全員が獲物に注意を集中させている。やがて、小さな鹿が警戒しながらも草を食べている姿が見えた。
ボスが合図を出すと、全員が一斉に飛び出し、鹿を追い始める。吾輩も遅れを取らないように必死に走り、先頭を切るボスを目指した。鹿は森の奥へと逃げ込んでいくが、吾輩は初めて狩りに対しての本能的な興奮を感じていた。心臓が高鳴り、身体中に熱がみなぎってくる。
しかし、その時だった。木々の影から再び現れたのは、あの巨大なグリズリーであった。先日の遭遇よりも近い距離で、彼の目がぎらりと光り、こちらに気づいているのがわかる。群れは狩りを中断し、緊張に包まれた空気が辺りを支配した。
「全員、後退しろ!」ボスがすかさず指示を出すが、吾輩はその場に立ち尽くしてしまっていた。グリズリーの圧倒的な迫力に、動けなくなってしまったのだ。リリーが「早く!」と叫ぶが、吾輩の足は凍りついたように動かない。
グリズリーがこちらに向かって唸り声を上げ、威圧的に前進してくる。その瞬間、ボスが吾輩の前に飛び出し、低い唸り声でグリズリーに対峙した。
「お前…!ここは俺たちの狩り場だ。立ち去れ!」と、ボスは全身の毛を逆立て、必死にグリズリーに威嚇する。しかし、グリズリーは容赦なく前進し、威圧感が増していく。
その時、吾輩の中で何かが弾けた。ボスが命をかけて自分を守ろうとしている姿を見て、「自分もただ守られるだけでいいのか?」という疑問が生まれた。家族を守るため、そして仲間と共に生き抜くために、吾輩は強くなることを誓ったばかりではなかったか?
「吾輩も…戦う!」と、決心し、ボスの隣に並び立った。ボスは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに誇らしげな表情に変わり、うなずいた。
「よくやった、家犬。お前も立派な仲間だ」とボスが言い、二匹はグリズリーに向かって低く唸り声を上げた。リリーも少し離れた位置から、吾輩たちを見守っている。
グリズリーが一瞬たじろぐのを見逃さず、ボスはその隙に吾輩に指示を出した。「いいか、今は力を合わせて退くぞ。無謀な戦いをせずに、生き延びるための知恵も必要だ」
吾輩はその言葉にうなずき、ボスの指示に従って慎重に後退し始めた。グリズリーはしばらく吾輩たちを睨んでいたが、やがて興味を失ったのか、ゆっくりとその場を去っていった。
その後、群れに戻りながら、吾輩は心の中で熱いものを感じていた。ボスが仲間として自分を認めてくれたこと、そして自分が「ただ守られるだけの存在」ではなく、仲間と共に生きる「一匹の狼」に近づけたことが誇らしかった。
リリーがそっと吾輩に寄り添い、「よくやったわ、あなた。怖かったでしょうに」と柔らかな声で称えてくれた。
「怖かったけど…仲間のために、そして自分のために強くなりたかったんや」と吾輩は静かに答えた。
その夜、吾輩はボスやリリーと共に冷たい夜空を見上げ、再び強く生きる決意を胸に秘めた。自らの力で生きることの意味と重みを知り、仲間と共にこの地で生きる覚悟を新たにしたのだ。
吾輩は、家犬から「野性を持つイッヌ」へと変わりつつある。
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