第14話
吾輩は、ボスとリリーに導かれながら、アラスカの厳しい大地での生活に少しずつ慣れようとしていた。最初は、冷たい雪の中を歩くことさえ辛かったが、日が経つごとに吾輩の肉体も、そして心も、少しずつ強くなっているのを感じ始めた。
ボスはあくまで厳格だった。彼は吾輩を一匹の野生の仲間として認めるために、あらゆる試練を課した。ある夜、吾輩が小さな獲物を仕留めて群れに持ち帰ったとき、ボスは吾輩に厳しい視線を向けて言った。
「それがこの地で生き延びる力だ。お前が家族に守られていた頃のぬるま湯はここにはない。ここでは、仲間と共に生きることもあれば、孤独で戦うこともある。それでもお前は、この掟を受け入れられるか?」
吾輩は一瞬ためらったが、家族の面影を心に思い浮かべながらうなずいた。今は家族に戻ることを考えるのではなく、ここで生き延びるための術を学び、強くなることが最優先だった。
そして、ある日、吾輩はリリーと二匹で狩りに出かけることになった。リリーは俊敏で知恵もあり、吾輩にとってはまだまだ追いつけない存在だったが、彼女は辛抱強く吾輩に野生での生き方を教えてくれた。
「食料を見つけるのは難しいわ。でも、焦らないで。周囲の匂いや風の音に耳を傾けることが重要なのよ」とリリーは優しく教えてくれた。
吾輩は、彼女の言葉に従って雪の上をゆっくりと歩き、慎重に鼻をひくつかせながら匂いを探った。すると、遠くから小さな獲物の匂いがかすかに感じられた。吾輩は目を輝かせ、リリーと共にその匂いを辿った。
狩りを終え、二匹で獲物を群れの元へ持ち帰る途中、リリーがふと吾輩に言った。「あなた、最初はただのイッヌに見えたけれど、少しずつ変わってきているのね」
吾輩はその言葉に少し照れながらも、胸の中に何か誇らしいものが込み上げてくるのを感じた。確かに、家族の元でぬくぬくと過ごしていた頃の自分では、こんなに厳しい環境で生きることなど到底想像もつかなかっただろう。
だが、その夜、吾輩は群れが集まる場所で何か異様な気配を感じた。群れの皆が緊張した表情を浮かべ、ボスが前方で鋭い目つきで周囲を警戒している。何が起こっているのかと様子を伺っていると、森の奥から暗い影が現れた。
その影は他の狼ではなかった。体が大きく、毛並みは粗く、鋭い牙をむき出しにして吾輩たちを威圧する。その正体は、アラスカの最も恐ろしい猛獣、グリズリーだった。
ボスはすぐに吠え声を上げて群れに後退を指示した。リリーも「行きましょう、ここは危険よ!」と吾輩に叫ぶ。だが、吾輩はその場に釘付けになってしまっていた。家族を守らなければならないという本能と、この野生の世界での掟が、頭の中で交錯していたのだ。
ボスが吾輩に向かって一喝する。「お前、何をしている!家族を守るために、時には逃げることも必要だ!」
その言葉にハッとした吾輩は、ようやく我に返り、リリーと共に全速力でその場から逃げ出した。背後から聞こえるグリズリーの唸り声は恐怖そのものであったが、吾輩はその恐怖を振り切るように走り続けた。
何とか安全な場所にたどり着き、群れの皆が集まって息を整える中、吾輩は改めて「生き延びる」ということの厳しさを痛感した。この世界では強さだけでは生き延びられず、知恵と判断力が命を左右するのだ。
リリーがそっと吾輩のそばに寄り、「よく頑張ったわ」と微笑んでくれた。その優しい眼差しに、吾輩は少しだけ自分を誇らしく思えた。家族に守られるだけではなく、自らの力で生きる力を持つこと。それこそが、野生で生きる者の掟なのだ。
そして、その夜、吾輩は静かに夜空を見上げながら、心の中で誓った。「ワイは、必ずこの地で強くなる。そしていつか、この力をもって家族のもとへ戻る日が来るかもしれん。その時には、ただのイッヌではなく、本当の意味で家族を守れる存在として戻るんや」と。
冷たい星空の下、吾輩は心の奥底で沸き上がる「野性の呼び声」に耳を傾けながら、再び強い覚悟を胸に秘めて眠りについた。
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