第9話
それから数日、家は相変わらず「天才イッヌ」騒動の余波に揺れていた。雑誌やテレビ局の取材が絶えず訪れ、スマホママのSNSにはフォロワーが増え続けている。タケルも、どこか楽しげに「うちのイッヌはスターだぜ」などと茶化し、なんJニキは相変わらず掲示板に投稿しては「うちのイッヌ、マジでやべぇ」と、誇らしげに話題にしている。
だが、吾輩はこの騒ぎに少し疲れを感じ始めていた。家族は皆、この騒動を一種の「お祭り」として楽しんでいるようだが、吾輩にとっては、ただ静かに家族と過ごす日々が恋しかった。
そんなある日、キッズが学校から帰ってくると、吾輩の前に座り込んでこう言った。「イッヌちゃん、最近疲れてない?」
キッズだけは、吾輩の気持ちを理解しているかのようだった。彼女のその言葉に、吾輩は心の中で「そうやで、ワイはちょっと疲れてるんや」と呟いた。
キッズは少し考え込んだ後、突然立ち上がり、家の中にいたスマホママやなんJニキに言った。「イッヌちゃん、少し休ませてあげて。あんまり人が来て、イッヌちゃんも疲れちゃうと思うよ」
だが、スマホママは「でも、今がチャンスなのよ!これだけ注目されてるんだから!」と、インスタ映えに夢中なまま取り合わなかった。
「そうそう、天才イッヌとしてもっと活躍してもらわんとな!」とタケルも冗談めかして笑っている。
なんJニキも「まあ、イッヌもスターの宿命ってやつよ。仕方ないって」と、どこか無関心な様子で言った。
それでもキッズは諦めなかった。「でも、イッヌちゃんはただのイッヌなんだから、普通にしていたいんだよ。天才とか言われても、そんなのイッヌちゃんにとってはどうでもいいことなんだよ」
その言葉に、吾輩は思わずキッズの方をじっと見つめた。彼女の気持ちが本当にありがたく、温かいものが胸に込み上げるのを感じた。
キッズの説得は家族全員には響かなかったようだが、スマホママは少しだけ困ったような顔をして「まあ…ちょっと考えてみるわ」と言った。家族が何を考えているかはわからないが、少なくともキッズだけは吾輩の味方であり続けてくれる。それだけで吾輩には十分だった。
それからしばらく、家の中での取材が少しだけ控えられるようになった。スマホママも少しずつ落ち着きを取り戻し、なんJニキも掲示板での話題が別の方向に移り始めているようだ。タケルは「ま、またそのうち盛り上がるだろ」と軽く流しているが、家の中の騒ぎが一段落し、吾輩にとっては少し静かな日々が戻ってきた。
そして、久しぶりに訪れた平穏な朝、吾輩はキッズと散歩に出かけた。空は青く、風が心地よく吹いている。キッズは嬉しそうに吾輩のリードを握り、静かに歩いている。二人だけの穏やかな時間が、吾輩には何よりも大切に思えた。
「イッヌちゃん、これからもずっと一緒にいようね」と、キッズが囁くように言った。その言葉に、吾輩はただ「ワン」と応える。
天才だとか、スターだとか、そんな肩書きは吾輩には関係ない。ただこの小さな友人と共に過ごす静かな日々があれば、それだけで十分なのだ。
家族がいつかまた騒ぎ出すかもしれないが、吾輩はいつでも静かに見守り続ける。そして、どんな日が訪れようとも、吾輩はこの家族の一員として、彼らのそばにいるだろう。
「ほんま、ワイはただのイッヌやけどな」と、心の中でつぶやきながら、今日もまたキッズの隣で静かに歩き続けた。
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