第8話
数日後、テレビで吾輩が紹介されたことは大きな反響を呼んだ。スマホママのSNSのフォロワーは一気に増え、なんJニキの掲示板でのスレッドはさらに注目を集め、タケルも「イッヌのおかげで家族がネット有名人やん!」と冗談半分に喜んでいた。
だが、吾輩にとっては、これはありがたくも何ともない騒動であった。ただでさえ平和な日々を愛する吾輩にとって、家の中がどんどん「天才イッヌ」の噂で騒がしくなっていくことは、頭が痛くなる話である。
ある日、なんJニキが再び奇妙な様子で吾輩に近づいてきた。手にはスマホを持ち、吾輩の顔にぐっと近づけて撮影しようとしている。
「なあ、イッヌよ。お前、今日も一発バズる動画撮らせてくれんか?」と、ニキは小声で言った。
「またかいな…」吾輩は心の中でため息をつきながらも、その要求を拒否する術はない。どうせ何をされても、吾輩はただのイッヌとして存在するのみだからだ。
なんJニキはカメラを構え、「おっ、今日はイッヌがボーっとしてますね。これが天才イッヌの真の姿ってやつ?」などと勝手なコメントをつけながら撮影を始める。吾輩としては、それにリアクションする気も起きず、ただじっと座っている。
そんな吾輩の無関心さがかえって「冷静で賢い」と思われているのだろうが、実のところ、ただ面倒なだけであった。だが、ニキはそれを理解せず、「さすがイッヌ、クールすぎる…!」と勘違いをさらに強めている様子である。
そして、撮影を終えたなんJニキが動画を投稿すると、瞬く間に「やっぱりこのイッヌ、只者じゃない!」とか「これが犬界の賢者か!」といったコメントが寄せられる。どうやら、ネット上で吾輩はさらに神格化されつつあるようだ。
この異様な盛り上がりを見たスマホママも、「うちのイッヌ、ネットでさらに人気出てるわ!」と大喜びでインスタを更新し続ける。そして、タケルも「お前もう完全にネットセレブやな、イッヌ」と言いながらも、どこか浮かれた顔をしている。
だが、吾輩にとってはただ騒々しいだけの日々であり、冷静さを保とうと努めていた。すると、キッズが学校から帰宅し、吾輩に駆け寄ってきた。
「イッヌちゃん、今日はね、学校のみんなに『天才イッヌの家の子』って言われたんだよ!」と、キッズは少し得意げに言う。
彼女は、吾輩のことを本当に家族の一員として愛してくれているが、こうした突然の騒ぎには少し戸惑っているようでもあった。
「イッヌちゃん、ほんとは普通のイッヌだよね?」キッズが吾輩に問いかけるように言う。
吾輩はその言葉に安心した。彼女だけは、吾輩がただの犬であることを理解してくれているのだ。
「ワン」とだけ答えておいたが、その「ワン」に込めた意味を、彼女は察してくれたようだ。
そんな日が続く中、ある日、家のインターホンが再び鳴った。今度は前回のテレビ局ではなく、どこかの雑誌の記者がやってきたらしい。彼らもまた「天才イッヌ」についての記事を書きたいと言い、家の中にカメラを持ち込んでの撮影が始まった。
スマホママはその取材にまたも大喜びし、インタビューで「うちのイッヌは本当に特別なんです」といかにも自慢げに語っている。
その様子を見ていたなんJニキは、「いや、ネットのネタに乗っかってるだけで、特別ってわけじゃ…」と小声で呟くが、スマホママの満足げな顔を見て黙り込んだ。
家族の中でただ一人、キッズだけが「イッヌちゃん、本当に平気かな?」と心配そうに見ていた。吾輩はその気持ちに応えるようにそっと彼女の足元に近寄り、彼女の手をペロリと舐めてみせた。
それだけでキッズは微笑み、少しだけ安心したようだった。
その夜、吾輩は家族が全員眠りについたあと、リビングで一人、考えにふけっていた。この騒ぎはいつか収まるのだろうか?吾輩にとって、ただ家族の一員として静かに生きるだけで十分なのだが、どうもこのままでは普通の生活には戻れない気がする。
「ほんま、ワイはただのイッヌやぞ…」と心の中で呟きながら、静かな夜に再び目を閉じた。
明日もまた、吾輩の日常は騒々しいのだろう。それでも吾輩は、ただのイッヌとしてこの家族と共にいる。それが吾輩の役目であり、吾輩の選んだ道なのだから。
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