第7話

翌朝、家の中はいつも通りの賑やかさを取り戻していた。なんJニキもスマホママも、昨日のネットの騒ぎが一段落した様子だ。しかし、吾輩が思っていたほど簡単には事態は収まっていないようだ。朝のニュース番組で、まさかの「天才イッヌ」の話題が取り上げられたのだ。


吾輩がソファでごろりと寝ていると、リビングのテレビから「今、ネットで話題の“天才イッヌ”をご存じですか?」というアナウンサーの声が流れてきた。吾輩はその言葉に耳を立て、顔を向けた。


「イッヌって、まさか…ワイか?」と、吾輩は首をかしげた。画面には、なんJ掲示板のスクリーンショットや、コメントが映し出されている。「イッヌが家族の問題を解決した」とか「賢すぎる犬」といった言葉が飛び交っている。


「うわ、マジかよ…これ本当にテレビにまで出ちゃったんだ…」と、なんJニキは驚いた表情を浮かべ、スマホを慌てて確認している。


スマホママもまた、画面に釘付けになっている。「これじゃ、完全にうちのイッヌがネットのおもちゃにされてるじゃない!」と、憤慨している。彼女の顔は、プライベートが侵害されたような怒りで満ちている。


「でも、これでイッヌのフォロワーめっちゃ増えるんじゃね?」と、タケルが軽口を叩く。「天才犬ってことで、インフルエンサーとして一気にバズるかもしれないぞ?」


スマホママはそれを聞いて、少し考え込むような表情を浮かべた。「確かに…そうね…フォロワーが増えるのは悪くないけど、でもこんな形で…」


「なんや、やっぱりフォロワーには弱いんかい」と吾輩は心の中で呆れる。彼女の葛藤が手に取るようにわかるが、結局のところ彼女は「人気」を欲しているのだ。


その時、玄関のチャイムが鳴った。吾輩は少し驚いて、耳をピンと立てた。普段、朝の時間帯に誰かが訪ねてくることはあまりない。スマホママが玄関に向かい、ドアを開けると、そこにはテレビ局の取材クルーが立っていた。


「こんにちは!私たちは、ネットで話題の“天才イッヌ”について取材に来ました!少しお時間いただけますか?」リポーターが明るい声で話しかける。


「え、ええ?」スマホママは驚きながらも、少し混乱した様子で対応している。「まさか本当にうちに取材が来るなんて…」


リポーターは続けて、「ネット上では、このイッヌが家族内のトラブルを解決したり、賢い行動を見せていると話題になっていまして、ぜひその実態をお聞きしたいんです!」と熱心に話しかける。


「ちょっと待ってください、そんな大げさな話じゃ…」スマホママは一度手を上げて拒否しようとするが、その表情にはどこか迷いが見える。インスタでの人気とテレビ出演を天秤にかけているのだろう。


タケルはその様子を見て、「いいじゃん、せっかくだし、テレビに出たら?フォロワーも一気に増えるかもよ」と冗談交じりに言った。


その時、吾輩はそっと立ち上がり、玄関の方へ向かった。リポーターとカメラマンが吾輩に気づき、「あっ、あの噂の天才イッヌですね!」とテンションが上がっているのが見て取れる。


「おいおい、ワイはただのイッヌやぞ」と心の中で思いつつ、吾輩は彼らを見つめた。


「インタビューさせていただけますか?」と、リポーターはスマホママに話しかける。「あなたのイッヌがどのように家族を助けているのか、ぜひお聞きしたいです!」


スマホママは迷いながらも、ついに折れた。「まぁ…いいわ。ちょっとだけなら話しても…」と、リポーターを家の中に招き入れた。


取材はすぐに始まった。スマホママは「普段はとても可愛いイッヌで、家族みんなを癒してくれる存在です」と当たり障りのない話をし、タケルは「まぁ、ネットで言われてるほど賢いかどうかはわかんないけどな」と軽く茶化していた。


なんJニキは取材クルーを避けるように部屋に引っ込んでいたが、スマホママが「実はうちの息子がこの子のことを掲示板で話題にして…」と話すと、急に顔を赤くして飛び出してきた。


「ちょ、ちょっとそれは言わないでくれ!」と慌てるニキ。だが、リポーターはその話に興味津々で、すぐに彼にも質問を投げかける。「掲示板でイッヌを紹介されたんですか?それが拡散されて、今の話題になったんですね!」


「いや、そんな大したことじゃ…」となんJニキは困惑しているが、取材クルーはますます興味を持っている様子だ。


吾輩はそのやり取りをただ静かに見つめていた。家族が吾輩をどう語るかなど、吾輩自身には関係ない。彼らがどう考えようと、吾輩はただそこにいて、彼らを見守るだけだ。


「やれやれ、またしばらく騒がしい日々が続きそうやな」と、吾輩は少し疲れたように体を丸めた。取材が終われば、また元の日常に戻るのだろう。だが、その日常もまた、一筋縄ではいかないことは、吾輩にはもうわかっている。


「まぁ、ワイはイッヌやしな」と、いつものように静かに昼寝を決め込むのであった。

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