第6話

翌朝、家の中はいつも通りの静けさを取り戻していた。スマホママもなんJニキも昨夜の騒動をすっかり忘れたかのように、それぞれの日常に戻っていた。しかし、吾輩の頭の中にはまだ昨日の出来事が残っていた。


「イッヌが花瓶を倒した」という嘘が、今のところ上手く通っているが、いつかバレたらどうしようかと考えている。だが、まあ、今更悩んでも仕方ない。吾輩は元々、犬として生きることに深く悩むタイプではないのだ。


その時、玄関からパタパタと足音が聞こえてきた。キッズが学校に行く時間だ。彼女は朝から元気いっぱいで、吾輩にもいつものように「イッヌちゃん、行ってきます!」と声をかけてくれる。


「行ってらっしゃい」と吾輩は心の中で呟きながら、彼女を見送った。キッズが出て行った後、家の中は一層静かになり、吾輩はいつもの昼寝スポットへと戻ろうとした。


だが、その時、不意にタケルがソファに座りながら何かを企んでいるような表情をしていることに気づいた。彼がスマホを握りしめているときは、たいてい良からぬことを考えている時だ。何やら彼の顔には、ニヤリとした笑みが浮かんでいる。


「また何かやる気やな…」吾輩はその様子をじっと観察した。


タケルはスマホをいじりながら、ついに声を上げた。「おい、ニキ!ちょっと見ろよ、これマジやばいぞ!」


なんJニキが自室からノソノソと現れ、タケルの横に座る。「今度は何だよ?」と面倒くさそうな口調で言うが、スマホを覗き込むと、その顔が徐々に驚きに変わった。


「え、これマジで?…いや、ウソだろ?」と、なんJニキが驚きの声を上げた。


どうやら二人は、なんJ掲示板でバズっている新たなスレッドを見ているようだ。吾輩は彼らの話の詳細を聞くことができなかったが、どうやらそのスレが昨日の騒動に関連しているようだ。


「イッヌに何か関連したスレやったんか?」と吾輩は少し興味を持ち始めた。


「なんか…昨日のスレがまた拡散されてて、しかもイッヌが実は天才説とか、家庭内での重要な存在とか、完全にネタにされてるんだけど…」なんJニキは、しばらくその画面を見つめて固まっている。


「マジかよ、ウチのイッヌがそんな風に祭り上げられるとはな…これもう伝説やろ?」タケルもニヤニヤしながら画面をスクロールしている。


どうやら、昨日のなんJニキのスレが拡散され、吾輩が「賢すぎる犬」としてネットで話題になっているらしい。コメント欄には「イッヌが家族のトラブルを解決」とか「この犬、有能すぎワロタ」といった書き込みが溢れているようだ。


「まさかワイがこんな形で有名になるとはな…」吾輩は少し呆れながらも、その状況を楽しんでいた。


だが、すぐに事態は面白くない方向に転がり始めた。スマホママがその話を知ってしまったのだ。


「何それ?イッヌが天才って…そんなわけないじゃない!」と、スマホママが憤慨しながらリビングに駆け込んできた。「何でそんな話が広まってるのよ!?私のSNSで、そんな変なイメージを持たれたくないわ!」


スマホママにとって、家族やペットの「イメージ」は重要だ。特にインスタで自分がどう見られているかは彼女にとって非常に大事で、こんなネットの冗談が彼女の完璧な生活に傷をつけるのが我慢ならないらしい。


「ママ、落ち着けよ。別に悪い話じゃないじゃん。むしろイッヌが人気者になってて、フォロワー増えるかもしれないぞ?」タケルはそう言ってスマホママをなだめようとするが、彼女は納得していない。


「でも、イメージが大事なのよ!ネットで広まることが全て良いことじゃないの!」スマホママは苛立ちを隠せない。


その間、吾輩はただ静かにその光景を見守っていた。どうやら人間たちは、吾輩をめぐって再び騒動を巻き起こしそうだ。だが、吾輩にとっては、家族がどう振る舞おうと大きな問題ではない。結局、彼らがどれだけアホなことをしても、吾輩はただ彼らを見守ることしかできないのだ。


「ほんま、ワイはイッヌやしな…」と、吾輩は再び体を丸め、静かな眠りにつく準備をする。


この家の騒動は、きっとこれからも続くだろう。しかし、吾輩には一つだけ確かなことがある。それは、吾輩がどんなに家族の中で浮き沈みしようとも、彼らが最後には必ず吾輩に頼ってくるということだ。


「まあ、ワイがいれば大丈夫やろ」と、少しだけ誇らしげな気持ちを抱きながら、吾輩はまた一日を終えるのであった。

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