第5話

吾輩が昼寝から目を覚ました頃、家の中は静かだった。あのなんJニキの騒動も、なんとか落ち着いたようだ。スマホママもタケルも、それぞれ自分の世界に戻っていった。キッズは学校に行っている時間だろう。吾輩はこの静けさを心地よく感じながら、のんびりと伸びをした。


「今日も平和やな…」と、思わず吾輩は呟いた。だが、突然、玄関のほうから軽快な足音が聞こえてきた。誰かが家に入ってきたようだ。吾輩はすぐに耳を立てた。足音からして、あの足音はタケルでもスマホママでもない。


玄関を覗き込むと、なんJニキが大きな段ボールを抱えて戻ってきた。その段ボールには見覚えのあるロゴが描かれている。「あれは…アニメのキャラクターか?」と吾輩は思った。ニキが買い込んだのは、どうやらオタク向けのグッズのようだ。


「ついに届いたぜ!」と、ニキは嬉しそうに呟きながら段ボールを開ける。中からは、カラフルなフィギュアや、アニメキャラクターのタペストリー、そして何本ものサイリウムが出てきた。


「おいおい、またオタクグッズかよ…」吾輩は少し呆れながらも、ニキの様子を観察した。


なんJニキは興奮を隠せないようで、サイリウムを手に持ち、リビングで振り始めた。彼はアニメのライブに行けない代わりに、家の中でオタ芸の練習をしているらしい。振り付けを完全に再現しようとしているのか、一心不乱に踊っている。


「こいつ…まさか家でまでやるとはな」吾輩はしばしその光景に見入ってしまった。普段はネットの掲示板でクールを装っている彼が、実際にはこんなにも必死に何かに打ち込んでいる姿は、吾輩にとって新鮮なものだった。


しかし、彼がサイリウムを振り回していたその時、不意にバランスを崩し、リビングのテーブルにぶつかった。


「うわっ!」と、ニキは慌てて転び、サイリウムが床に転がった。その拍子にテーブルの上にあったスマホママの大事なインスタ用の花瓶が倒れ、床に激しく落ちた。パリン、と嫌な音が響く。


「まずい…これ、絶対に怒られる…」とニキは青ざめた顔で呟く。


吾輩はその様子を見て、心の中で「ほんまアホやな…」とため息をついた。どうやらまた家族内で新たな問題が起こりそうだ。ニキは焦りながら花瓶の破片を拾い集めているが、どうやってスマホママにこの状況を説明すればいいのか、頭を抱えている。


「これは…一大事やな」と、吾輩はその場で静かに見守っていた。


その時、玄関からスマホママの帰宅する音が聞こえた。彼女は何か買い物をしてきたらしく、手には大きな袋を提げている。彼女がリビングに足を踏み入れると、すぐに床に散らばる破片に気づいた。


「これ、どういうこと?」スマホママの声は冷たい。


「いや、あの…ちょっとサイリウム振ってたら…その…倒れちゃって…」なんJニキは言葉を詰まらせながら、なんとか説明しようとしている。


「サイリウム?家の中でそんなことしてたの?」スマホママは呆れた様子で言い放つ。「もう、あんたたちの趣味には付き合いきれないわ!」


スマホママが怒りを爆発させる直前、吾輩は一つのアイデアを思いついた。ニキの失態を少しでも緩和するために、吾輩は床に転がったサイリウムを咥えて、ニキの手元に戻してやることにした。


「おい、ワイが助けたる」とばかりに、吾輩はサイリウムをニキに差し出す。ニキは一瞬驚いたように吾輩を見たが、すぐにその意図を察したようだった。


「え、これ…イッヌがやったんだ…!」なんJニキはとっさに口を開いた。


スマホママは信じられないような表情を浮かべたが、吾輩を見て、そしてニキを見て、しばらくの間言葉を失っていた。


「イッヌが…?」スマホママは困惑した顔をしているが、どうやら完全に信じたようだ。彼女はため息をつき、やがて破片を片付け始めた。


「もう、しょうがないわね。次からは気をつけてよ…」と、スマホママは少し落ち着いた声で言った。


なんJニキはホッとした表情を浮かべ、吾輩の頭を軽く撫でた。「ありがとう、イッヌ…お前、マジで助かったわ」


「やれやれ、ほんま手間のかかる奴やな」と吾輩は内心で呟きながらも、どこか少し誇らしげな気持ちでその場を後にした。


家族は相変わらずだが、吾輩の出番が増えてきているようだ。アホな人間たちの間で起こる騒動を見守りつつ、今日もまた吾輩は忠犬としての日々を送る。


「まあ、ワイはイッヌやしな」と、今日もまた昼寝を決め込むのであった。

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