第41話 次の町へ(1)

 お昼になり、町で食料を持てる限りに購入し、僕たちは誰からの見送りもなく出発した。


 馬車を借りることもできなかったので徒歩である。


「リーナはなにも持ってこなくてよかったの?」


 ロープ姿の彼女は手ぶらで、世間から隠れるようにフードを目深にかぶっていた。


「持っていた本も杖も、生活費の足しにと売ってしまいました。それこそディックさんのお店に……特別だと高く買ってくれたんですけど……」


「リーナの気を引くためだろう。一体何人の男を無意識に引っ掛けていたのだ」


「人を悪女みたいに言わないでほしいです……」


「あはは……そうなると、リーナの所持金は……」


「鉄貨一枚持っていませんよう」


 しょんぼりするリーナ。どうやらかなり悲惨な財政状況だったようだ。道理で、ギルドを通さない依頼にも飛びついたわけだ。


 もっともリーナを狙っていたのは元ギルド長もなので、ギルドを通した依頼でも安全でなかった可能性もあるけど。


 ディック氏の件は魔狼の被害で片付いており、リーナはもちろん僕とアーヤも罪に問われることはなかった。


 雑談しながら歩くこと少し。


「む……囲まれているな。この感じは魔狼だろう」


 アーヤが僕の前に立ち、剣を抜いた。


「よくわかるね。さすが元騎士様」


「いや、索敵に優れた者であれば接近される前に気付いている。できれば専門の技能を持った者か、魔法でなんとかできればいいのだが……」


 物言いたげにリーナをチラリ。


 そろそろと僕の背後に隠れようとしていた三十路魔法使いがギクリ。


「攻撃魔法以外は不得手だと教えたじゃないですか。リーナの下手な強化魔法より、ロイドさんの付与が施された装備の方が役に立ちますよう」


 リーナのローブにも、僕が防御力強化の付与をしてある。上昇率はさほど高くないが、代償は三十歳を過ぎた女性にしか着れないという程度で済んでいた。


 付与の説明を受けた際、リーナは恨みがこもった目で僕を見てた気がするけど、きっと勘違いだ、うん。


「ロイドさんの付与が人間にもできると楽なんですけどねえ」


「それは補助魔法になるから、リーナの領分じゃないか」


「そうですけど……うう、補助魔法は苦手です……」


「補助魔法もだろう。お喋りはここまでだ、くるぞ!」


 アーヤの注意喚起に合わせるかのように、三匹の魔狼が茂みから姿を現した。


 木や茂みが多い方へは、アーヤの指示で近付いていなかったので不意打ちは食らわずに済んだ。


 でも、慎重な魔狼がわざわざ姿を見せたということは……。


「僕たちを倒せると判断したってことだよね」


「そうとも限らないぞ。魔狼は数で勝っていて、飢えが強ければそんなことを考えずに人間や家畜を襲う。そこらは知性があろうともやはり魔物だな」


「そっか。考えてみれば、リュードンのすぐ近くでも暴れてたもんね」


「あれは恐らく、リーナの町を襲ったボスに追い立てられた群れだったのではないか? 獲物も得られずにさまよい、見付けた人間を見境なく襲ったのだろう」


「なるほど……で、魔狼は攻撃してこないね?」


「援軍を待っているのかもしれないな。連中は生かしておいても益はない。姿を現した以上、敵対する意思もある。こちらから攻撃を仕掛けよう」


 弓を構えようとしたが、提案者のアーヤから待ったがかかった。


「せっかくだ。ブレスレットの効果を試してみろ」


 リーナがビクッと飛び跳ねた。


 おお、揺れる。なにがとは言わないけど揺れる。


「ロイド? 一応、戦闘中なのだがな」


「はい、すみません! リーナ、というわけなのでお願い」


「うう……愛人予定のリーナに戦闘は似合わないと思うんですよう」


 ぐちぐち言いながらも、リーナはブレスレットに念を込める。


 色々と試した結果、交換したいと願えば可能だと判明した。しかもお願いしてみた結果、幸せポイントを入手した時は、残ポインもわかるようになったという。


 普通の装身具にはありえない機能なのだが、リーナもアーヤも僕が付与したものだからという理由で納得していた。なぜなのか。


 それにしても、あのブレスレットはどうやって僕の幸せポイントを計算してるんだろう? やっぱりリーナを通してになるんだろうか。


 まあ、それを考えると付与や魔法、果ては魔力自体が不思議なものになるので、考えるだけ無駄かもしれない。


「あのあの、これ、凄いですよう! なんか魔狼の前でも普通に動けます! これならリーナも戦えそうです! 2ポイント使っただけなのに!」


 感動しているリーナがその場でくるくる踊りだし、アーヤに戦闘中だと叱られてしょんぼりする。


 魔狼はこちらを逃がさないように、三匹で取り囲もうとする動きを見せていたが、急にガウガウワウワウ吠えだした。


「うわ、援軍がきた。アーヤの見立て通りだったね」


 一匹見付ければ十匹はいると言われるのが魔狼。よく冒険者に討伐されるので、素材はわりとどの町にも溢れており、肉は不味くて食べられない。


 そのくせ人間に被害をもたらすと、魔物の中でもゴブリンやオークと並んで嫌われている。


「心配ご無用ですよう! リーナに任せてください!」


 得意満面なリーナが、僕より潤沢な魔力を活かして頭上に多くの火球を作りだし、それを魔狼たちへ一斉に降らせた。

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