第37話 話し合い(2)

「え? え? ロイド君って付与師であって、鑑定士ではなかったですよね?」


「はい。このネックレスの力です。お貸ししますので、お返しじゃないですけど、僕を鑑定してみてください」


 アンジェリーナさんが恐る恐るネックレスを受け取り、半信半疑で「鑑定」と口にする。


「ええ!? うわ、うわあ……本当に鑑定できていますよう」


 感動よりも困惑が強く表情にでている。


「それにしても巨乳好きって……それにアルメイヤさんが少年趣味……」


「違う! 誤解するな! ロイドに対してだけだ!」


「つまりロイドさんの見た目が幼いので、性癖に直撃して旅へ同行するようになったということですねえ。ふへへ、なんだか親近感がわいてきましたよう」


「やめろ! 仲間を見るような目で見るんじゃない!」


 じゃれつくアンジェリーナさんを、必死の形相で振り払うアーヤ。


 先ほどのやりとりから察するに、アンジェリーナさんも……。


 疑惑の視線を向けているのに気付いたらしく、三十路魔法使いが恥ずかしがる。


「そんなに見つめたらだめですよう。あと、リーナは別に少年趣味ではなくて、可愛いものが好きなだけなんですよう。ロイドさん女装に興味ありません?」


「ありません」


 こっちはこっちでだめな人だった。


「してくれたら添い寝しますよう? お胸もお貸しますよう?」


「……」


 ハッ!? 殺気!?


「ロイド? どうしてそこで無言になるのだ?」


 ゆらりと幽鬼のごとく立ち上がるアーヤ。目は暗く淀んでおり、今にも剣に手をかけそうな雰囲気がヒシヒシ。


「ちょっと鑑定のことを考えたんだ! 本当だよ!?」


 アンジェリーナさん、僕を盾にしないで!


「鑑定のこと? どういうことだ?」


 虚ろな目は変わらないながらも、殺気は……少しも緩んでないな。


「アーヤにもこっそりギルド長を鑑定してもらったじゃないか。その時のことさ。僕が見たのと違ったんだ」


 アーヤの鑑定結果には、誰かの主観がたっぷり含まれた声……というか指摘はなかった。その点も詳しく説明する。


「不思議ですねえ。でもでも、ロイドさんが話題を変えるために適当を言ってる可能性もありますよう」


 なんてことを言うんだ、この人。


 そっちがその気なら……。


「僕はうそなんてつきません。信じてください、ミミさん」


 ピシッと聞こえそうに、ミミさんことアンジェリーナさんが硬直した。


「ミミ? なんだ、それは」


 不思議そうなアーヤに説明しようとして、もの凄い速度で口を塞がれた。


 ミミさんに。


「ロイドさん、いけません、いけませんよう。乙女の秘密を暴くのは大罪なんですよう? なにが欲しいんですか? お胸ですか?」


「むぐっ」


 ローブ越しの柔らかでふかふかなふくらみに、顔が丸ごと埋まった。


 やっぱり大きい。アーヤ以上かもしれない。


「……ロイド? 私の目の前で浮気か? そうか。そうなのか。なあ、知っているか? 騎士の掟では浮気者は死罪なのだ」


「ぷはっ! 聞いたことないし、アーヤはもう騎士じゃないよね!?」


 僕を捕らえて離さない楽園から泣く泣く脱し、アーヤと向かい合う。


 そして背後でホッとしてる人。残念ながら話題は変わりません。


「それに今のは、ミミという本名を隠したがって、アンジェリーナさんことミミさんが強引にアーヤの注意を逸らしたんじゃないか!」


「あああ! ロイドさん、ひどいですよう! リーナのお胸を堪能したくせに」


「拗ねても可愛くないからやめろ、三十路女」


「アルメイヤさんはもっとひどい!? そもそもアルメイヤさんだってあと数年で三十路女じゃないですか!」


「その頃には貴様はもっと老いているがな」


「うう、アルメイヤさんがリーナに冷たいですよう」


 自業自得だと思う。


「それよりも鑑定の話だよ。もしかしたらだけど……」


 鑑定結果を神様とか、超常の存在が伝えてくれているのではないだろうか。


 仮説を伝えると、ふたりとも考え込む……ふりをしながら、どちらが僕を抱いて座るかを争うのはやめてほしい。


 ちなみに物理的な力で、アーヤが勝利した模様。


 アーヤは頑丈さが心許ない椅子に座り、膝の上に僕を乗せる。


 両手が腹部に回って逃げられず、身を任せると身長の違いから首や後頭部にふくらみが触れる。


「ロイドの話が本当なら可能性はなくもないが……どう思う? 三十路魔法使いのミミ」


「うう、アルメイヤさんが容赦ありませんよう……」


 しくしく泣き真似をしたあとで、アンジェリーナさんは真面目な顔で考え込み、やがて両手を上げて首を横に振った。


「残念ですけど、わかりません。ロイドさんがネックレスをもう一度鑑定してみたらどうです?」


 ちなみにアンジェリーナさんが鑑定した結果は、僕が故郷近くの森で知ったのと同じだった。


「そうだね。やってみるよ」


 ネックレスを返してもらい、首にかけてジッと見つめる。


 前半の説明と運の増加は前と同じながらも、後半の条項に違いがあった。


『銘:至高のネックレス


 ロイドの鑑定に限って、創世の女神アリシエルが直接結果を伝える。悪用してはだめよ? ちなみに本来の鑑定は真実を司る女神の眷属たる天使が各レベルごとに担当する。仕事が多いという愚痴が渦巻く暗黒部署でもある』


 ……暗黒部署って。


 けど、やっぱり女神様が……ん? 創世の女神? アリシエル様?


「うそでしょ……」


 アーヤが顔を覗き込んでいるのにも気付かず、僕はしばらく呆然とし続けた。

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