第35話 狂乱の夜(5)

 一対一なら膠着状態に陥るんだろうけど、アーヤのうしろにはアンジェリーナさんがいる。


 やはり詠唱もなしに、手のひらから大きめの火球を作る。


「手加減なしの火球よ。熱いからって泣かないでねえ、ワンちゃん」


 ねっとりと挑発し、アーヤが避けるのに合わせて火球を放つ。


 次の瞬間には直撃していたため、いくら敏捷の値が高くても回避はできなかった。


 ボスが不愉快そうに叫び、体にまとわりつく火を消そうと地面を転がる。


 そのせいで地震みたいな揺れが起き、民家が一軒また一軒と崩れていく。


 さっき崩れたところって、ギルド長が吹っ飛ばされた家だったんじゃ……。


 誰も助けにいかないし、気にしてもいない。ギルド長の人望のなさがわかる。


 住民たちは石で作られた家へ逃げ込む者。身を寄せてアーヤたちの戦いを見る者とに分かれている。


 冒険者はアンジェリーナさんに斬りかかろうとした女性たちも含めて、魔狼のボスの威圧の影響で身動きが取れないでいる。


 どうやらこの町で活動する冒険者の大半がレベル8未満だったらしい。


 僕は冒険者にさほど詳しくないので、レベル8が世間一般的に見て高いかどうかもわからないんだけど。


 ボスとの戦闘は、アーヤとアンジェリーナさんが有利に進めていた。


 アーヤが敵の動きを止め、その隙にアンジェリーナさんが火球をお見舞いする。


 綺麗に役割分担ができており、淡々とボスにダメージを与えていく。派手さはないが、強い戦い方だというのは素人の僕にも理解できた。


 このまま勝つかと思ったが、食っちゃ寝魔狼は不利を悟るなり、逃げ込む先がないのか、町の出入口付近にいる住民へ狙いを変えた。


「そうはさせない!」


 怖くて仕方ないけど、離れた場所から弓を射る程度ならできる。しかも勝手に当たってくれるので、狙う必要もない。


 実際に、放った魔力の矢は夜でも目立つ金色の軌道を描いて、ボスの額へぶっすりと刺さった。


「ロイド、よくやった!」


 魔狼の悲鳴が町中に轟いていても、不思議とアーヤの声はよく聞こえた。


 彼女は二本の長剣で敵の右脚を交互に切りつけ、とうとう柱みたいに太いのを切り落とした。


 魔狼がバランスを崩して、地面に倒れる。


 地響きに住民が怯える中、アンジェリーナさんが宙に三つの火球を浮かべた。


「そろそろ黒コゲになってしまいなさい!」


 火球が大きく開かれていた口へ次々と入り込み、魔狼の体内で爆発した。


「アーハッハ! これがアンジェリーナ様の実力よ! ひれ伏しなさい愚民ども! さもなければ次に黒コゲになるのはあなたたちの番よ!」


 悪い魔女にしか見えないアンジェリーナさんと、冒険者や衛兵が対峙する。


 魔狼のボスを倒しても、まだ彼女を騒ぎの元凶だと思ってるらしかった。


 慌てて仲介に入ろうとするが、その前にアーヤがアンジェリーナさんの背後をとり、脳天に拳を落として気絶させた。


     ※


 僕とアーヤは、気を失ったアンジェリーナさんを彼女の借家へ連れ帰り、ブレスレットを回収するとそこで一泊をさせてもらった。


 アンジェリーナさんを狙う者がいるかもしれないのに加え、夜遅くまでの戦闘で興奮していたのもあって、僕もアーヤも一睡もしていない。


 ベッドもなにもない部屋の床ですやすや眠るのはアンジェリーナさんだけだったが、その彼女もついさっき起きた。


「……このたびはお手数をおかけしました」


 昨夜の騒ぎを覚えてるらしく、殊勝な態度で謝罪したあと、床に突っ伏して嗚咽を漏らし始めた。


「あんな醜態を晒して、この先どうすればいいんですかあああ」


 こちらをチラッ。


「もうこの町で暮らすのは無理ですよう!」


 またまたチラッ。


「娼館ですら働かせてもらえるか……ああ、なんてかわいそうなリーナ」


 とどめにチラッ。


 苦笑いを浮かべる僕と違い、脳筋な元女騎士は苛立ちを隠さずに、三十路魔法使いの首根っこを掴んだ。


「すべて自業自得ではないか。そもそも昨日の騒ぎ以前に、半ば追い出されかけていたではないか」


 そうなのだ。アンジェリーナさんのミングーの町における評判……特に女性中心のはすこぶる悪い。


「ひどいです! リーナは誰も誘惑したりしていません!」


 などと泣き叫んでみても、大半の住民は昨日の姿こそが本性だと思ったらしく、魔狼の脅威から本当に町を救ったのだとしても出て行ってほしがってる。


「大体! ロイドさんのブレスレットのせいじゃないですかあああ! 責任取ってください! 一生リーナを養ってくださいいい!」


「こら! どさくさに紛れてロイドに抱きつくな!」


 いつかみたいにアーヤが引き剥がそうとするが、腕のみならず脚も絡み付かせて離れようとしない。


 これだけ密着してると、柔らかな感触がギュウギュウ押し付けられる。


 このままだとマズい。僕が男の子である証が……。


「ロイドさんの付与師としての腕は確かだとみました。リーナを養ってくれるなら、たあくさん甘えさせてあげますよう?」


「いい加減にしないか! それは私の役目だ! それに貴様、いつもの腹立たしいおどおどした態度はどうした!」


「それが、ロイドさんは平気みたいなんです。きっと顔立ちが幼いからでしょうねえ。私、子供とは普通にお話できるんですよう。可愛いお顔の子限定ですけど」


 なおかつおとなしそうなら最高と笑う彼女は、性格はまるで違うはずなのに、アーヤと同じような目をしていた。

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