第33話 狂乱の夜(3)

 さて、どうやって事態の収拾を図ろう。


 うんうん悩んでると、アーヤが僕の肩に手を置いた。


 諦めろという合図なのかと思いきや、彼女の表情にはからかう様子も緩みもなかった。ただ、街外れの方角を見据えている。


「アーヤ?」


「このところの魔狼騒ぎの元凶かもしれない」


 人差し指で示した先、夜に紛れて黒く大きな物体がこちらへ迫っていた。


「なに、あれ……?」


 アンジェリーナさんも僕たちが見てるものに気付き、魔法の光をそちらの方へ飛ばした。


 たちまち浮かび上がった巨大な魔狼。


 民家ほどありそうな巨体に、住民たちが次々と悲鳴を上げて町の出入口へ走る。

 人を押しのけて我先にと走る男。親とはぐれて泣く子供。


 阿鼻叫喚の有様に、なんだか僕まで怖くなってくる。


「ロイド、気をしっかり持て。恐らく奴は威圧のスキルを持っているのだ」


「威圧?」


「うむ。見る者を怯えさせ、実力を発揮できなくさせる。強い魔物ほど、そうした特殊な能力を持っているものだ」


 ネックレスの力で鑑定してみると、


『種族:魔狼


 名前:なし


 幼い頃より食っちゃ寝していたら、育ちまくった魔狼。腹が減れば、群れの弱い者の食事を奪い、繰り返すうちにボスになっていた。


 生命力:120

 魔力:30

 腕力:50

 体力:30

 敏捷:70

 幸運:10

 状態:飢餓、憤怒


【特殊能力】


●威圧

 姿を見た自分より下のレベルの者を敵味方関係なしに怯ませる』


「うわ、強っ!」


 思わず声をだすと、アーヤがこちらを見たので判明した能力値を教える。


「前に森で戦った魔狼の倍は強いね」


 それにしても人間のレベルはわかるのに、魔物のレベルはわからないんだね。最高レベルの鑑定といっても、これが限界なのかな。


 そんなことを考え、鑑定の結果を消そうとしたんだけど……。


『種族:魔狼


 名前:なし


 レベル:8』


 名前の横にレベルの項目が増えてるし!


 鑑定って、まさか一回一回神様が教えてくれるとかそういうものなの!?


 もしくは鑑定した人によって判明する項目もバラバラとか?


 でも、それなら鑑定士の間で情報が共有されてるよね?


 そんな話は幼馴染からも聞いたことがないので、やはりこのネックレスが特殊なように思える。


「ロイド、ボーッとするな。奴が町へ到着する前に打って出るぞ! この場を戦場にしたら町がめちゃくちゃになる。おい、冒険者ギルドの長よ!」


 アーヤが冒険者との共闘を訴えるが、魔狼騒ぎをアンジェリーナさんの仕業だと疑ってるらしく、なかなか首を縦に振らない。


「あの女は魔法使いであって魔物使いではない! そもそも魔物使いなんて能力の持ち主は、魔法使いよりもずっと少ないんだぞ!」


 魔物使いは先天的に魔物に好かれる体質で、言葉を発しなくても意思の疎通が可能と言われている。


 どんな魔物を使役できるかは各人の素質に左右され、その有用性と危険性から発覚次第、国に保護されるとも亡くなった祖父から聞いた覚えがある。


「あの姿を見て信じられるか! さっさとデカい魔狼を追い返せ!」


 他の住民も文句を言うばかりで話にならない。


 魔狼のボスを見れば、町のすぐ近くにまできている。


 僕も説得を試みようとするが、それをアンジェリーナさんの笑い声が遮った。


「ウフフ、面白いことを言うわねえ? 私の差し金だとしたら、どうして追い返すの? 気に入らない町の連中を虐殺するチャンスじゃない」


「本性を現しやがったな! おい、あの女が騒ぎの元凶だ! あいつを倒せば巨大な魔狼も消えるはずだ!」


「私と戦うの? いいわよお。可愛がってあげる。でもね、私とあの魔狼は関係ないから消えないわよ。戦っているうちに住民が食べられないといいわねえ?」


 なんか、アンジェリーナさん凄く楽しそうなんだけど。


 ふわりと下に降り立ち、ギルド長の顎を長い指で軽く持ち上げる。


「そうなったら責任は誰がとるのかしら? ああ、でもギルド長は気にしなくていいわね。一番先に彼に食べられるでしょうし」


 ギルド長の頬を人差し指でつき、顔の向きを変えさせる。


 巨大な魔狼が赤い目をギラつかせ、よだれを垂らしながら走ってくる。


 群れの仲間を殺されたのより、餌が届かないのを怒ってる感じがする。


「なんで俺が……!」


「冒険者ギルドの長なら、町を守るために立ち向かうのが当然でしょう? あれを倒せる可能性のある私を排除させておいて、自分は安全なところで高みの見物を決め込むつもりなのかしら?」


 冒険者たちがギルド長を見る。そうだと言ったら袋叩きにあうな、これ。


 否定すれば指揮官先頭の精神で、魔狼のボスと戦うことになるんだろうけど……大丈夫かな? 大丈夫だよね? なんていっても冒険者ギルドの長だし。


 鑑定してみたいけど、人相手に勝手に使うのは失礼な行為なんだよね。


「ロイド、ギルド長の強さはどれくらいだ?」


「え? 勝手に鑑定したらよくないんだよね?」


「今は非常時だ。それにネックレスを手で隠しておけばそうそう露見しないし、なにより光ったのを怪しまれても、鑑定が行われたとは思われないだろう」


 アーヤ曰く、他者へ許可なく使うなというのは、勝手に鑑定されるのをきらった時の貴族が作った暗黙のルールで、実際は普通に行われているらしい。


 なにそれ。お貴族様ずるい。


 むくれてても仕方ないので、アーヤの助言どおりにネックレスを服の中に隠し、なおかつ両手で押さえながらギルド長を鑑定する。

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