第32話 狂乱の夜(2)
「アーハッハッ!」
町に着くなり、どこかの家の屋根で高笑いをするローブ姿の女性を発見。
裾をバサバサはためかせる姿はまさに魔女。
一体誰なんだろうね。知らない人だといいなあ。
「たかだか魔狼の百匹や二百匹で情けないわね! ほらほらもっと頑張りなさいよ! さもないと大事な人が食べられてしまうわよ!」
町に入り込んだ魔狼を討伐するでもなく、逃げ惑うを人々を見下ろして上機嫌。
家族の手を引いて町を出ようとする人がいれば、進行方向へ火球の魔法をぶっ放して妨害。
憤る父親。我が子を抱き締める母親。泣きわめく子供。
周囲には燃え盛る火炎。聞こえるのは魔狼の咆哮。
……これ、あの魔女が魔狼を率いてるみたいになってない?
「ロイド! ここにいたか! あれはどうなっている!」
ようやくことの異常性に気付いたのか、魔狼に狙われていた通りすがりの人を助けつつ、アーヤがこちらへやってきた。
「だからちょっと待ってって言ったのに!」
八つ当たり気味の抗議をしながら、魔女化した彼女に装備させたブレスレットの効能をご説明。
「ならば魔狼の数を減らしたら、奴の腕を切り落としてでもおとなしくさせねばならないな。安心しろ。この町の連中にロイドを捕縛させたりはしない!」
「いや、そもそもはアーヤが説明をきちんと聞いてくれてれば……」
「話はあとだ! ロイドも敵を減らすのを手伝ってくれ!」
この元女騎士、目を逸らしやがったぞ。
それでも僕のそばを離れないのは、魔狼による危害が及ばないようにするためだろう。
「そうだね。敵の対処を優先しよう」
アーヤの手を借りて、僕も民家の屋根に上る。
他にも避難のために上っている人がチラホラ。もっとも、身軽な魔狼は高さを苦にせずに屋根の上へやってきちゃうんだけど。
そんな感じで狙われる人を見付けたので、魔力の矢を狙いどおりに撃ち込む。
さすが絶対命中。矢を分散させない限りは、距離も風も無視して当たってくれる。おかげで戦闘が素人の僕でも町の役に立てる。
「あらあ? ロイドちゃんじゃないの。あんな目にあわせた町の連中を守ってやるなんて人がよすぎでしょう」
僕に流し目を送るアンジェリーナさんは、ゾクリとするほど色っぽい。
おどおどした感じは一切なく、自信に満ち溢れた姿も格好いい。火に照らされた唇はまるで紅を塗ったみたいに赤く、禍々しさも感じさせる。
「完全に悪の魔女だな。人体実験でもしていそうだ」
「アルメイヤちゃんもひどいわ。ねえ、ふたりともこちらへきて一緒に楽しみましょうよ。クズどもが泣き叫ぶ姿をね。アーハッハ!」
町中に響き渡りそうな大声をだしてるものだから印象最悪である。
逃げ惑う町の住民は、早速アンジェリーナさんが報復のために魔狼の大群を連れてきたと言い始めた。
「これでは事態を収拾できても、アンジェリーナ嬢の追放は避けられないな」
「あああ、町を華麗に助けさせて、平和に仲直りさせようと思ったのに……」
「ネックレスをしたロイドの行動の結果がこれなら、彼女がこの町を出ることがロイドの幸運に繋がるのだろう」
「要するに同行する流れになってるってことだよね」
「うむ。魔法の素質を見出されただけあって、彼女の攻撃魔法はかなりのものだ。私の領地でもあれほどの使い手はいなかった」
魔狼は、目立つ場所にいる狂乱の魔女も狙うのだが、詠唱なしの腕のひと振りで発生した炎の波に焼かれて骨まで溶けていく。
「うわあ……」
あまりの強力さに腰が抜けそうだ。
「あれが住民へ向けられる前に、ブレスレットを回収しなければな」
装備され続けて、元の性格がアレになったら大問題だ。
「アンジェリーナさん! 町の人への報復よりも魔狼退治を優先しましょう!」
大声で訴えるが、魔女化した三十路は半笑いで「いやよう」と言った。
「せっかくの楽しい宴をすぐ終わらせたら勿体ないじゃない。でもロイドちゃんがそこまで言うなら、犠牲はでないようにしてあ・げ・る」
下唇を舐めながらのウインクにドキッとする。
すぐ横で聞こえた舌打ちにはビクッとする。
アンジェリーナ嬢は火球を放ち、住民を魔狼から救うも、怯えさせて悦に浸る。
「本性はとんでもない女だったな」
アーヤが不快感たっぷりに吐き捨てるが、敵と見れば剣を両手に持って突っ込みたがる元女騎士も大概だと思う。
「本性とは違うんじゃないかな。呪いで狂乱化しちゃってるわけだし」
「……やけにあの女の肩を持つじゃないか。色香に惑わされたか?」
「その原因を作った一端は、アーヤにもあるけどね」
「う……可愛いロイドがあの女の影響で私をいじめるようになってしまった」
「違うってば。それよりあと少しだよ」
会話の最中も魔力の矢を射続ける。
追加の魔物が押し寄せても、アンジェリーナさんが大きめの火球でまとめて吹き飛ばす。
遠距離からの魔法攻撃の強力さに、思わず息を呑んだ。
「町の人たちもかなり怯えてるし、やっぱりこれまでと同じように暮らしていくのは無理そうだね……」
ひたすら高笑いを続ける魔女と、それを見上げる住民を見て、僕は肩を落とした。
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