第31話 狂乱の夜(1)
騒がしいどころの話じゃなかった。町が魔狼の大群に襲われてる。
「この辺って、魔狼をあまり見ないんじゃなかったの?」
焦りのせいで早口になってしまう。
「ギルド長はそう言っていたな」
「最近に限った話です。薬草を取りにいく森でも見かけていませんでしたし、うそではなかったと思いますよう」
「では、どこからきたというのだ」
アーヤが左腰と背中の長剣を抜く。
僕も弓を両手に持つが、アンジェリーナさんはあわあわするだけだった。
「お前も魔法使いなら、町の防衛に役立ってみせろ。功績が評価されれば、町に残れるかもしれないぞ」
アーヤに促されて立ち上がるが、またすぐにへたり込みそうなくらい膝がカクカクしている。
かくいう僕の脚も震えているので、とても笑ったりはできない。
「わかってます……わかっているんですけど、怖いんですよう! 死にたくないんですよう!」
どうやら彼女の恐怖は、殺したくないよりもそちらからきているようだ。
「だったら……」
僕は必要となった時のためにと、ブライマル氏から貰い受けていた革のブレスレットを荷物袋から取りだした。
「ロイド、まさか……」
「話してる暇はないよ。魔狼の群れはどう見たって三桁を超えてるじゃないか。 いくら冒険者や衛兵がいても、あれじゃ手が足りないよ」
僕の弓を使う手もあるけど、どうせなら知り合った魔法使いの功績にしてあげたい。
「え? え? ロイドさんはなにをしているんですか!?」
「黙って見ていろ! ロイドの集中の邪魔をするな!」
アンジェリーナさんとアーヤの声を聞きながら、両手で握ったブレスレットに魔力を込めていく。
集中するにつれてふたりの声が遠ざかり、手早く付与を行う。
「効果は恐怖の克服。代償は……代償は……ええと、ええと……だめだ。こういう時に限ってなにも浮かんでこない!
だというのに頭にキインと響き、付与が完成してしまった。
「よし! 早くこいつを装備しろ!」
僕を全肯定の少年好き元女騎士が、ブレスレットをひったくるように持って、アンジェリーナさんへ差しだした。
「ロイドは凄腕の付与師だ。恐らく、おまえの恐怖心を紛らわせる付与をしたと思う。それさえあれば戦えるはずだ」
「はい!? そんな狙いすました付与なんてできるはずが……」
「いいからさったと装備しろ!」
「はいいッ!」
アンジェリーナさんは背筋が伸びるどころか、飛び跳ねるように立ち上がり、ブレスレットを左手首に装備する。
この間、僕はずっと「ちょっと待って!」と声を上げていたのに、ふたりともまったく聞いてくれない。
「効果はそうだけど! 代償が不明で……」
「はわわ、なんか……できる気がします! いける感じです! っていうか、むしろリーナが町を燃やしてやりますよう! ヒャッハー!」
僕の声を遮り、ブレスレットの効果か、ぶっ壊れた感じのアンジェリーナさんが奇声を発しながら町へ走っていく。
「いい覚悟だ。私たちも続くぞ!」
アンジェリーナさんの変化を疑問にも思わず、アーヤも悲鳴と怒声が渦巻く町を目指して全力疾走する。
可憐な見た目に騙されがちだけど、彼女は彼女で戦闘狂気味だった。
「はッ! 呆気にとられてる場合じゃなかった!」
大急ぎで、アンジェリーナさんの遠ざかる背中を見つめて鑑定を行う。
付与者とかのところは飛ばし、内容をすぐ確認する。
『狂乱のブレスレット
勇気を得る代わりに理性を放棄するブレスレット。装備者は必ず狂乱の状態異常になる。
魔力:+100
【装備して戦闘を続けるほど効果が増大し、やがては元の性格をも浸食するようになっていく。自分では外せず、他者にしか外せない】』
だめでしょ、これ。特に最後の隠し条項はヤバすぎる。
道理で性格の変化だけでなく、魔力もガッツリ加算されるわけだよ。
アンジェリーナさんが町の人たちに不満がなかったとは思えないし、狂乱化した今ならもののついでとばかりに魔狼ごと吹き飛ばしかねない。
「活躍させて印象をよくさせるつもりが、ブレスレットのせいで犯罪者まっしぐらじゃないか!」
ブレスレットを鑑定されれば、僕の関与も明らかになる。
「まずい……まずいぞ、それは……」
意気揚々と生まれ故郷を旅立っておいて、初めて立ち寄った町で犯罪者として拘束されるとか、元父と元兄が大喜び案件じゃないか。
そういや元父にはなんの装備も置いてこなかったな。今度、付与が上手くなるかわりに、付与するごとに髪の毛が抜ける装飾品でも贈ろうか。
「現実逃避してる場合じゃないでしょ。アンジェリーナさんが問題を起こす前に、なんとかブレスレットを回収しないと……」
そう言った直後に、町の方で大爆発が起こった。
どうやら手遅れっぽい。
逃げたい。
もの凄く逃げたい。
でも、さすがに放置しておけないよね。
特に僕が付与を施したブレスレットは!
「アンジェリーナさん、お願いだから早まらないで!」
町は破壊しても、せめて彼女が人に危害を加えていないのを祈った。
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