第30話 ミングーの町(3)

 アーヤと話を聞いていくと、色々とでてきた。それはもうでてきた。


「あの場にいたほぼ全員に求愛されているではないか!」


 ストイックそうに見えて、少年趣味の元女騎士が頭を抱える。


 こちらは革の鎧を着ているので、ダイナミックに揺れたりはしない。


「そ、そんなこと言われても、夜に偶然会って、月が綺麗ですねと挨拶しただけで、求愛していることになるなんてわかりませんよう!」


 そう。


 アンジェリーナ嬢は無自覚かつ隙だらけの態度で男たちに接し、自分に気があるのではないかと思わせては、求愛にきた男たちを袖にするのを繰り返していた。


 誤解する方が悪いんだけど、振られた男たちはそう思わなかったどころか、もてあそばれたと感じたのかもしれない。


 女性陣は女性陣で夫や彼氏、想い人を誘惑されたと、アンジェリーナさんを毛嫌いしているのだろう。


「これ、誤解をどうにかすれば……って問題かな?」


「どうにもならないぞ。住民が総出で追い出したがっているようなものだ」


 相変わらずアーヤは容赦がない。


 責められてるように感じたのか、アンジェリーナさんはガクブルだ。


「うう、リーナは悪くないと思うんですよう」


 上目遣いでウルウル。腕で挟むように巨乳をグッ。厚めの唇は半開きで、はあと吐かれる息は熱っぽい。


「こいつ……サキュバスではあるまいな」


 アーヤが人間を色香で惑わせるという伝説の魔物の名前をだした。


「ひどいですよう。本当にサキュバスだったら、金持ちの男を適当にたぶらかして豪遊してますよう」


 おどおどビクビクしながら欲望全開の三十路魔法使い。町の男の人たちは、彼女の本性を知っていたのだろうか。


「それで女たちの怒りを買ったり、男たちの嫉妬によって追い出されるんだな」


「うわあああ。この人が、リーナを虐めますううう」


 ギャン泣きで年下にすがりつくのはどうかと思う。


 さりげなく涙のみならず、僕のズボンで鼻を拭おうとするあたり、やっぱり素の性格はお上品とはほど遠そうだ。


「ロイドに触るな。お前はまず、身の振り方を考えろ」


 もっともなアーヤの指摘に、アンジェリーナさんがキョトンとする。


「リーナも連れていってくれるんですよねえ?」


 小首を傾げる仕草は少女っぽくて可愛らしいが、僕はともかくアーヤにはまったく通じない。


「ロイドが許可しても私が断る。それでもついてくるというなら……」


 アーヤが左腰の剣に手をかけた。目が座っているので、脅しではなく本気だ。


 アンジェリーナさんもそう思ったらしく、僕とアーヤを交互に見ては焦る。


「え? え? じゃあ、リーナはどうすればいいんですか!?」


「それを考えろと言っている」


 にべもない。アーヤは見捨てる気満々である。


 理由はきっと、僕をひとり占めするためだ。


 アーヤはアーヤで欲望にまみれすぎだと思う。


「考えて結論をだせるくらいなら、いつまでもあの町に住んでませんよう! 町を歩けば女の人には舌打ちされ、男の人にはじろじろ見られるんですよう!?」


「そんなことは知らん」


 バッサリ切り捨てられて、またまた涙目のアンジェリーナさん。


「ロイドさんもなにか言ってくださいよう! 三十路だからって、捨てていくのは人道に反していると思いますし、拾ったなら責任もって育ててくださいよう!」


「そんなこと言われても……」


 僕は僕でいっぱいいっぱいだし。そもそも将来がどうなるのかもわからない。


 特殊能力があるのでお金には困らないかもしれないが、公になると別の問題がつきまとってくるのは想像に難くない。


「諦めろ。観念して愛人生活を楽しめばいいではないか」


「だからあ! ろくな話がないんですよう!」


「ではどうする? あの規模の町なら娼館くらいあるだろう。そこで働くか?」


「アルメイヤさんがギルド長みたいなことを言いだしましたよう!」


 ギルド長、アンジェリーナさんに娼館勤めを勧めてたのか。


 あの人もギルドの職員にしてやる代わりに、自分の女になれと迫ったみたいなので、働きだしたら足しげく通っていた可能性が高い。


「ならば別の町で再起を図るしかあるまい。ただ問題のあった人物は各町の冒険者ギルドで共用されるらしいので、簡単にいくかは不明だが」


「そんなの絶対、嫌がらせされるに決まっているじゃないですかあああ!」


 突っ伏しておいおい泣きだした。


 悲壮感を漂わせながらも、そこでお尻を突きだす体勢を自然にとるから、誤解する男の人を量産するんだと思う。


 アーヤも同じ感想を抱いたのか、苛立たしげな様子で、わんわん泣きながらも、途中でチラチラこちらを窺う三十路魔法使いのお尻を叩いた。


「ひゃん!」


 衝撃で前転した際に、ローブが捲れる。肉付きのいい太腿がチラリ。下着がお目見えするかどうかの絶妙なところで止まる。


 本当に計算してないのか、段々疑わしくなってきちゃったよ。


「あれ?」


 そんなアンジェリーナさんが、地面に座り直して遠くを見るように目の上へ手を当てた。


「町の方が騒がしくありませんか?」

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