第29話 ミングーの町(2)
あれよあれよという間に、アンジェリーナさんがギルドの長によって容疑者に仕立て上げられた。
無理がある告発だと思うのだが、ふたりの衛兵もうんうん頷いており、遅れて到着した代官所の役人も支持し始めた。
「待て! いくらなんでも無理やりすぎる!」
アーヤが止めにはいると、男たちが共犯かと騒ぎだした。
中には彼女の美貌に、ニヤついている者もいる。
なんというか、とても嫌な感じだ。
「そもそも傷口を偽装とはどうするのだ!」
「気を失わせて、道端に放置したんだろうが!」
「勝手に決め付けるな!」
アーヤとギルドの長が怒鳴り合う。周囲は角刈りのギルド長の味方で、アンジェリーナさんともども牢にぶち込めと物騒なことまで言いだした。
「この町って、いつもこんな感じなんですか?」
だとしたら無法者だらけで、牢は人で溢れてそうだ。
「そんなことありません……昔は皆さん優しかったんですけど、いつからかリーナに冷たくなってしまって……」
アンジェリーナさんの声が聞こえたのか、ギルド長がこめかみに血管を浮かべてこちらを向いた。
「お前が新人パーティーの男に粉をかけて、何組もめちゃくちゃにしたせいだろうが!」
アンジェリーナさんが「ひいっ」と怯える。
「やめてください。その問題と今回の件は関係ないでしょう」
僕が前にでると、ギルド長だけでなく他の面々も舌打ちをする。
「今度はそいつをたらしこんだのか。懲りない女だな」
「たらしこんだ?」
アーヤが怖い目つきをする。
「お前さんの男か? だったら気を付けな。そこの女は手当たり次第に男を誘惑する淫売だ。この町でも多くの被害者がでている」
「……ふむ」
僕に執着している彼女なので、激昂するかと思いきや、なにやら考えだした。
「アンジェリーナ嬢は、この連中の言動を認めるのか?」
「うそです! 大体リーナは……リーナは……初めてもまだなんです!」
顔を真っ赤にしながらの告白に、男たちが唾を飲んだ。
僕も「そうなんだ……」と呟いてしまったがために、アーヤから睨まれるはめになった。これはあとでお説教コースかもしれない。
「お前こそうそをつくな! 調べれば簡単にわかるんだぞ! なあ!?」
角刈りが同意を求めると、周りはそうだそうだの大合唱。
この場で初めてかどうかを確認させろと言いかねない流れだ。
そうなるとアーヤが調査役に乗りだすだろうけど、共犯の容疑をかけられているので信用できないと却下される。
これは素晴ら……じゃなかった。とてもよくない展開だ。
「どうも様子がおかしいな。それでは容疑の取り調べというより、アンジェリーナ嬢の裸を見たがっているだけだ」
アーヤの指摘に、特にギルド長が早口で否定の言葉を吐く。
「そいつが臆病なせいで、何組もの冒険者が危険な目にあったんだ。それでも町に残して、冒険者の資格も剥奪しないでやったのに恩を仇で返しやがって!」
「そうだ! 俺も被害にあった。その女は魔女だ!」
「魔女は追放だ!」「いいや捕らえろ!」「町の広場で火あぶりだ!」
エスカレートする周囲に気付き、どんどん人が集まってきては、アンジェリーナさんを見るなり男性も女性も顔をしかめる。
「このままでは本当に捕まりかねない。一旦逃げるぞ!」
アーヤが僕を荷物みたいに片腕で抱え、アンジェリーナさんは襟首を掴んで引っ張る。喉が絞まって苦しそうだがお構いなしだ。
ギルド長を含めた衛兵が追ってきたが、すでに夜になっていたのもあり、町の外は暗い。
少し離れると、追跡を諦めて町へ戻っていった。
「あの分では、朝になると町の人間総出で探索を行いかねないな」
周囲は平原で、川もあるが木は少ない。見晴らしがいい代わりに、隠れたりもできない地形だ。
「うう、リーナは火あぶりにされてしまうんでしょうか……」
めそめそする姿を見ていると、急にそうしたくなって、よしよしと髪を撫でてしまう。
するとアンジェリーナさんは、嫌がるでもなく「ふわあ」と甘えるような声を上げた。
アーヤがこのやりとりを見て、切れ長の目を吊り上げる。
「性懲りもなく……む、待て。アンジェリーナ嬢、町で騒いでいた男どもにもその調子で接していたのか?」
「リーナは人によって態度を変えたりしませんよう。そういうのはよくないって、お師匠様に教えられたんです」
胸を張るのはいいが、ローブ越しにもぶるんと揺れるのは目に毒だ。
どうしても目線を持っていかれ、アーヤに睨まれる。今日何度目だろうか。
「では連中もロイドみたいになるわけだ。そして勘違いをする。アンジェリーナ嬢に誘われているのではないかとな」
「ふえ?」
完全に想定外の指摘だったのか、アンジェリーナさんが素っ頓狂な声をだした。
「まま待ってください。リーナは一度もそんなつもりはありませんでしたよ!?」
癖みたいな舌足らずな語尾も消えるくらい大慌てだ。
あの語尾も計算ではなく天然だとしたら……なるほど。アーヤの指摘も的外れではないのかもしれない。
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