第28話 ミングーの町(1)

 応急処置を施した馬車にディック氏の遺体を乗せ、アーヤとアンジェリーナさんが引く。


 僕も手伝おうとしたが、非力すぎて逆に危険らしい。


 それぞれの荷物も馬車に乗せてあるので、女性陣に力仕事をさせ、僕は手持無沙汰で歩いている。とても気まずい。


 馬車はお貴族様が乗るようなものではなく、屋根のない荷台みたいな感じだ。馬も一頭しか使っていなかったみたいで、重さ的にはさほどでもないらしい。


「ディックさんを殺したのが魔狼だと信じてもらえればいいんですけど……」


 なんとも自信なさそうなアンジェリーナさん。


「牙や爪で抉られた痕がある。冒険者のギルドもあるような規模の町の衛兵であれば、見間違えることもないだろう」


「本当ですね!? うそついたらついていきますよう!」


「どんな脅しだ! それにお前はロイドの教育に悪いのでお断りだ」


「そんなあ」


 なんやかんやで、ふたりはウマが合いそうに見える。


 木でできた古めの馬車がガタガタと音を立て、今にも壊れそうに軋む。


「身なりはよさそうだったが、この程度の馬車しか用意できない商人だったのか?」


 アーヤがチラリと荷台を見た。


「認可されていないポーション系を扱う、貧しい冒険者向けの雑貨屋さんを経営しています。奥さんと娘さんがいたんですけど、実家に帰られたみたいで……」


「お前が原因ではないだろうな」


「なんてことを言うんですかあ! 確かにギルドで買い取ってもらえなかった薬草をこっそり買い取ってくれるので、贔屓にはしてましたけど!」


「……下心全開ではないか」


「え!?」


 目を見開き、愕然とする。アンジェリーナさんの驚きは本物だった。


「三十過ぎて独身。冒険者ギルドでは浮き気味。ゆったりのローブで自衛しているようでいて、妙に隙が多くてスタイル抜群……」


「おまけにいつも自信がなさそうにオドオドしていて、誰かに強く当たられても愛想笑いを浮かべて終わり。さぞ陰気な男の人気を集めそうだな」


 僕とアーヤの評価に、顔を青くして露骨に落ち込む三十路の女魔法使い。


「……愛人の誘いをかけてくるのは、そういう人たちばかりでしたねえ」


「つまりは簡単になびきそうに見えたので、軽く遊ぼうとしたということか」


 アーヤが不愉快そうに吐き捨てた。


「はあ……」


 なんとも重いため息を吐く魔法使いを横目に歩くことしばし。アンジェリーナさんが本拠地にしているという町が見えてきた。


 規模はリュードンよりも小さいが、きちんと門があって衛兵もふたり立っている。


 出入口はひとつで、町は石で作った壁で守られている。高さは僕の腰より少し上くらいだ。


 壁自体は古く、ところどころにひびも見える。遠目で確認した限り高層の建物もなく、ほとんどが木造で、二階建てがちらほらある程度だった。


「リュードンよりは栄えてないね」


「ロイドよ。あそこは辺境の地にしては別格の発展度合いだぞ。恐らくは以前の領主がクレベール家などを積極的に誘致したおかげだろうな」


「そうなんだ」


 僕とアーヤの会話に、アンジェリーナさんも加わる。


「リュードンからいらしたんですか? 私はありませんが、行ったことがある人によればかなりの活気だったそうですよう」


 続けて、この町ことミングーは、この周辺ではわりと栄えている方で、町の中心地には代官所もあるらしかった。


 町へ入るための順番待ちは少なく、人相書きが出回っているような極悪人でもなければ、衛兵に止められることもないそうだ。


 ただし、今回は少し事情が違った。


「あの、お昼過ぎに、一緒に薬草取りに出かけたディックさんが、魔狼に襲われて被害にあってしまいました……」


 アンジェリーナさんの報告で衛兵がざわめき、荷台を確認するなり僕たちへ槍を向けた。


「なんのつもりだ」


 アーヤが睨みつけても怯まず……いや、ちょっと震えてるな。


 それでも矛先をずらさずに声を荒げる。


「お前たちの仕業ではないだろうな!」


「どんな根拠があって、そのような疑いをかけたのだ」


 元貴族だけあって、堂々としたアーヤの態度に気圧される衛兵。


 問答をしている間に、もうひとりが呼びに行っていたのか、やたらとガタイのいい三十代半ばくらいの男性が現れた。


 半袖のシャツと麻のズボン姿だが、どちらも破けそうにパツパツだ。


「アンジェリーナ! お前、とうとうやったのか!」


「そ、そんな、私はち、、違います……」


 威圧されると弱いのか、僕たちと話してた時とは別人みたいにおろおろする。


 これでは疑ってくださいと言ってるようなものだ。


「不愉快な詰問をせずとも、遺体の傷口を見ればわかるであろう」


「偽装の可能性もある。大体、このあたりで魔狼は確認されていない」


 アーヤの目を見て反論する体格のいい男性。


 アンジェリーナさんが耳打ちしてくれた情報によると、この町の冒険者ギルドの責任者らしい。


「見ていなかったからいないとはならないだろう。実際に私たちは遭遇し、私と彼の二人で七匹ほどを討伐した」


「ふたりで七匹だと? そこの足手まといを連れてか?」


「彼女が襲われているところに遭遇しただけで、ずっと一緒ではない。それに我らが到着した時には、荷台の御仁はもう事切れていた」


「ほう。つまり、アンタたちはディックが魔狼に殺された場面は見ていないということか」


 実際にそのとおりなので、アーヤが肯定する。


「だったら、アンジェリーナの犯行の可能性もある!」


 ギルドの長が三十路の女魔法使いを指差し、ニヤリと口角を歪めた。

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