第26話 女魔法使い(2)
基本的に貴族は平民が知識を持つのを歓迎しない。そのため、商人などでもなければ読み書きを積極的には覚えない。
クレベール家でも、主に力仕事担当の使用人は読み書きができなかった。
「せめて冒険者ギルドの受付でもと思ったんですけど……」
そちらはそちらで競争倍率がもの凄いらしい。
「採用されるのは若くて容姿が整った人ばかりなんですよう……うう、最初が上手くいってしまったせいで、転職の機会を逃してしまいました……」
魔物の死骸は火の杖でまとめて焼き、血は水の杖で洗い流す。
それを見ていたアンジェリーナさんが「お金持ちなんですねえ」と目をキラキラさせた。
「もしかして、お貴族様の若様がお忍びで視察とか……」
かと思えば急に怯えだす。なんというか情緒不安定だ。
「違います。家名もない、しがない付与師です」
「私も元騎士だ」
「つまり、リーナと同じ追い出され系ですねえ!」
なぜに嬉しそうなのか。
アーヤがこめかみをヒクヒクさせているのを見るに、こうした言動や態度もパーティーを追放される一因になったのではないだろうか。
「私たちの話はいい。それで、あそこの男はどうするのだ?」
「ああ……ディックさんですね……この先の町の商人なんですけど……」
アンジェリーナさんがとても言い辛そうにする。
「ギルドを通した依頼でなくても失敗は失敗だ。また評価が下がるな」
「そのくらいならまだいいですよう……実は護衛ではなく、薬草取りの依頼だと連れ出されていまして……護衛の人たちは先に進路を確保しているはずだったんですよう」
「それがいなかったと?」
アーヤの視線が鋭くなる。
「不安に思って聞くと、護衛なんて最初からいないと」
「費用を浮かすためか?」
アンジェリーナさんが首を横に振る。
「最初のパーティーを抜けても、他に仕事がなかったのもあって、冒険者を頑張って続けていたんです。でも指名依頼もなく、愛人にならないかという誘いばかり。年もいってるので、使い捨てるには丁度いいんでしょうねえ……」
哀愁が漂い、吹いてくる風が妙に冷たく感じる。
「それも最近では少なくなってきましたので、ちょっとだけ寂しいながらも安堵していたら今回の一件ですよう……」
町ではヘタレの魔法使いとして有名らしく、ギルドの印象もよくない。最近では、薬草取りの依頼は新人に回してくれとも言われたようだ。
「冒険者の末路は悲惨なのが多いと聞きましたが、その通りですね……」
「いや、それは成功者でもさらなる名誉とスリルを求め、最終的に身の丈以上の冒険に出て命を落とす機会が多いからなのだが……」
アンジェリーナさんが頬を膨らませて、涙目でプルプルしている。
大人げなかったとでも思ったのか、アーヤは少しバツが悪そうだ。
「引退して優雅に暮らすなんて話も聞くけど……」
「あるにはあるが、退屈な生活に慣れることができずに再び冒険を求めて……というケースも少なくないのだ」
成功する冒険者というのは、アーヤ曰く頭のネジがどこか外れているらしい。
それをいうなら攻撃全振りの元女騎士も……やめよう。うっかり口を滑らせたら、添い寝してくれなくなりそうだ。
いや、僕は一人前の男だから、温もりがないと眠れないとかじゃないんだけどね!
……僕は一体、誰に言い訳してるんだ。
「どうした、ロイド」
心配そうなアーヤに、苦笑を浮かべて「なんでもない」と答える。
「冒険者志望は多いって聞くけど、意外と夢がないんだなって」
「そもそも安定を求める者は冒険者にならないからな」
アーヤが頷き、アンジェリーナさんが痛いところを突かれたとばかりに胸を押さえる。
「怖がりなくせに、ちやほやおだてられると断れない。こんな性格が憎いです。そうでなければ、今頃は村で家の手伝いを……どっちもどっちですねえ」
アンジェリーナさんの家は村で貸し与えられた畑で小麦などを作っているらしく、遊ぶ暇もなく朝から晩まで手伝いをしていたという。
「それが嫌で、魔法使い様についていったんですけど……うう、戦うのって怖いんですよう」
その気持ちはよくわかる。
僕も故郷近くの森で魔狼と短剣で一戦して、向いてないのを理解した……というかさせられた。
「僕もさっきは脚が震えてたよ。この弓のおかげでどうにかなったけど」
「そうですよう! その魔弓ですよう!」
アンジェリーナタックル再び。
アーヤに不用意な言動を慎めと叱られてしょんぼり。
それでも引き剥がしてはもらえたので、なんとか弓も僕も無事だ。
「この弓ってそんなに価値があるんですか?」
「あるどころじゃないですよう! 売ったら一生……かどうかはわかりませんが、間違いなく数年は遊んで暮らせますよう!」
チラリとアーヤを見れば、彼女も頷いていた。
「大体なんですか、あの分裂する矢は! しかも魔力でできてましたよね!?」
「複数の魔狼への攻撃は私も気になっていた。あれはどうやったのだ?」
「え? さあ?」
からかってるのではなく、本当に知らない僕は首を傾げるしかなかった。
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