第24話 旅立ち(3)
「うわあ!?」
予期せぬ突撃を受けて後ろ向きに倒れると、ローブ姿の女性はすかさず馬乗りになって顔を近付けてきた。
どことなく陰のある感じが整った容姿から華やかさを奪い、美しさを曇らせているが、間近で見ると地味目でも実際はかなりの美人だ。
「おい! 私のロイドになにをしている!」
私のを強調するあたり、独占欲の強さを示すのみならず、僕へ浮気をするなと暗に告げていた。
家族や婚約者に捨てられた僕に、アーヤの想いの重さは苦にならない。
それどころか、もっと欲しくなる。
いつもならここでニヤけまくるのだが、今日に限っては至近距離で爛々と輝く目に見つめられているせいで、頬が引きつりっぱなしだ。
「ロイドもいつまで下になっているのだ!」
アーヤが力ずくでどかそうとするが、ローブ姿の女性は僕にしがみついて離れない。
「見た目より力が強い!」
焦ったアーヤが女性の脇に腕を入れ、引っこ抜くようにしてマウントポジションを解除させた。
「ビックリした……凄い迫力だった……」
まだ心臓がドキドキしてる。
「あのあの、離してくださいよう!」
上半身を起こせば、地面に背中をつけたアーヤの上にあお向けで暴れる女性の姿。ローブが捲れて、かなりきわどいことになっている。
「ロイド! どこを見ている!」
なぜに、あの状態で僕の視線を的確に察知できるのか。
正体不明の女性同様、アーヤにも若干の恐怖を覚える。
「下着が見たいのですか!? それなら見せますので、代わりにその弓を……魔弓を見せてくださいよう!」
腕を伸ばしてなおもジタバタ。
どこまでも必死な女性に、アーヤも引き気味だ。
「いい加減に落ち着かないか!」
我慢の限界を迎えたらしく、腕で首を極めながら両脚で腹部をきつく押さえる。
女性の顔がたちまち真っ赤になり、呼吸困難により唇が酸素を求めて伸びていくが、視線は僕が持つ弓に注がれたままだ。
「魔弓……魔弓……ま……」
あ、気を失った。
女の人が白目を剥いて涎を垂らす姿を初めて見たよ。鼻水もちょっとでてるな。
「……生きてるんだよね?」
「……多分」
どうにも頼りない返事がきたぞ。
慌てて駆け寄って女性の背中を叩き、肩を揺する。
「はっ!」
目を覚ました女性が、緊張する僕の前でまばたきを一回、二回。
「夢ですか……そうですよね。あんなに凄い魔弓持ちと簡単に出会えたりしないですよね」
うーんと伸びをする女性。むむ、意外にありますな。
アーヤにぎろりと睨まれた。
「無理やり連れだされた仕事で魔狼に襲われたのも夢だったんですねえ。ああ、よかったですよう。でもでも、とんでもない迫力だったでしたねえ」
現実逃避中なのか、本気で夢だと思ってるのか判断が難しいところだ。
一度アーヤと顔を見合わせ、空を仰ぎ見続けている女性の肩をとんとんと叩いてみる。
「あの、大丈夫ですか?」
「ひいっ」
猛獣のごとく、僕に突っ込んできた女性とは思えない怯えようだった。
「リーナは年もいってますし、売ってもたいしたお金になりませんよう! 経験だってありませんし、娼館でも面倒がって買わないと思いますよう!」
こちらに背中を向け、膝を立てて座った女性が頭を抱える。なんだか小動物っぽく、やたらと虐めてオーラを放出してるようにも感じられる。
「ええと、リーナさんでいいんですか? 僕はロイドと言います」
貴族様ではなさそうなので普通に挨拶すると、リーナ嬢が恐る恐るこちらを見た。
「幼い顔立ちで油断させて、付いていったところで怖い人たちがでてくるんですよね!? リーナ、わかってます! わかってるんですよう!」
「……なんとも面倒な女人だな」
アーヤが思わずといった感じで呟くと、今度は地面に突っ伏して泣きだした。
「うわあああ! そう言って皆、リーナを無視するんです! 初めて会った時はよろしくねって言ってたくせにいいい!」
触るな危険なんて言葉が浮かんできたぞ。
本音は早くこの場を立ち去りたいんだけど、僕の首もとには幸運のネックレスがある。
その上で出会った人なら、なんらかの助けになってくれるかもしれない。
アーヤもそう思っているからこそ、僕に離れるのを急かしたりしないんだろう。
「そちらの交友関係はともかく、この場をなんとかしませんか? 血の臭いで別の魔狼がきたら厄介ですし」
「……魔狼?」
顔を上げた女性がローブの袖で涙を拭い、改めて周囲を見渡すとクタリとした。
「おい! また気を失うつもりか!」
一回目はアーヤがやったんだけどね、などと指摘はせずに、リーナ嬢の腕を掴んで意識をしっかり保つように言う。
「まさか……夢じゃなかった……? ということは……ということは……ああっ、あなたは夢で会った魔弓の持ち主じゃないですか!」
いきなり元気を取り戻した女性が、再び僕に抱きついてくる。
「ふへへ。見せてくれるまで離しませんよう。さあ、その腰のをおとなしく晒してください。悪いようにはしませんから――ぶごッ!」
女性とは思えない悲鳴を発し、リーナ嬢がドサリと僕の上に倒れた。
原因は、アーヤが彼女の頭部にお見舞いした拳だった。
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