第23話 旅立ち(2)

 妙に照れ臭い夜を無事に乗り越え、二日目の道中に問題が起きた。


 僕より視力がいいのか、アーヤが真っ先に前方で横倒しになってる馬車を発見。


 馬も一緒に倒れてるので、アーヤは盗賊ではなく魔物の仕業だと判断した。


 彼女は近くの茂みに潜んでる危険性も考慮し、僕に隠れさせるよりも同行させて守るのを選んだ。


 戦闘経験が僕より豊富な元騎士に異論があるはずもなく、弓を構えておとなしく従う。


 昨夜の短時間の見張りではついぞ使うことがなかった。一度、短剣で魔狼相手に行ってるとはいえ、命のやりとりには緊張と恐怖が付きまとう。


「ロイド、相手が人であったとしても、襲ってくるなら攻撃を躊躇うな」


「うん、わかってる」


 盗賊になんて捕まったら、アーヤだけでなく童顔な僕まで尊厳を破壊される仕打ちを受けかねないと脅されれば、とても怯んではいられない。


「……馬が食われてるな。恐らくは魔狼だろう」


 魔狼は人だろうが、ゴブリンみたいな魔物だろうがなんでも食らう。だからこそ恐れられ、忌み嫌われてもいる。


 寂しさのあまり、家を追放されたあとの森で、魔狼へ手を差し伸べた僕は極大の阿呆に違いない。


 アーヤにうっかりその話をしてしまって以来、彼女の僕へ対する心配の度合いが増加した。


 なのに嫌われないので不思議がってたら、手のかかる者ほど可愛いではないかとうっとりした表情で言われた。


 彼女は彼女で、本当に歪んだ性癖の持ち主だと再認識した次第である。


「うわ……犠牲者か……」


 三十代くらいの男性が大の字に倒れていた。すでに事切れており、状態のあまりの痛々しさに見てるのが辛くなる。


「身なりからして商人か。しかし護衛の姿がないな」


 アーヤが不思議そうに呟き、まだ乾いてない血のあとを追いかける。


 近くから魔狼の咆哮が聞こえ、次いで女性の悲鳴が上がった。


「いかん! ロイド、なんとか遅れずについてきてくれ!」


「わかった!」


 成人済みの男性であっても、ろくに体を動かしてこなかったツケか、鍛えてるアーヤには運動能力が遠く及ばない。


 ブーツなどに身体能力向上もつけておけばよかったと後悔しながらも、必死にアーヤの背中を追いかける。


「む!? 魔狼ども! その者から離れろ!」


 アーヤが叫び、魔狼の目を惹き付けるなり長剣を抜く。


 盾を持たない代わりに、もう片方の腰にも同じロングソードが下がっている。


 さらには背中にも一本ある。腰の二本とは違い、ブライマル氏の作品ではなく、僕が領主様の前で呪いの付与を施したものだった。


 きちんと付与をし直しており、アーヤの使い方に合わせて切れ味よりも耐久性を重視している。


 その剣を抜き、アーヤは盾代わりにして向かってきた一匹の牙を防ぎ、その間にもう一本の剣を振るう。そちらは切れ味を鋭くしたものだ。


 元父の付与とは違い、強度を犠牲にしてないので簡単に折れたりはしない。しかも、こちらも僕への愛情度によって攻撃力が上下する条件付きだ。


 初めて実戦で振るわれるのでどうなるかと見ていたが、魔狼を実にあっさり骨ごと両断した。


 手応えもほとんどなく切れたのか、振るったアーヤも驚いている。


 魔狼たちがマジかよみたいな感じで顔を見合わせる。


 そして襲われ中だったと思われるローブ姿の女性も、恐怖すら忘れて目をパチクリさせていた。


 年齢は三十代前半くらいに見えるが、なんとも可愛らしい女性だ。


 栗色の髪を肩口まで伸ばし、ローブ越しにもむっちり気味の肉体なのがわかる。


 垂れ目で唇が厚く、顔立ちは地味目なのにどうにも目を奪われる。


 僕がほんの少しばかり女性に見惚れてたら、ガウガウワウワウ相談を済ませた魔狼たちが、アーヤへ一斉に襲い掛かった。


 総数は七匹。厄介なアーヤを仕留めてから、弱そうな僕たちを狙うつもりなのだろう。


「そうはさせない!」


 僕だって役に立つために、この弓を作ったんだ。


 魔力を込めて弓を引くと、雷みたいに金色に光る矢が現れた。


 それを見たローブ姿の女性が、今度はこちらに驚く。


 魔狼たちはアーヤへの攻撃の最中で、僕を気にしていない。


「どうせなら、一回でまとめて攻撃できればいいのに!」


 そんなことを叫んで射ると、絶対に命中するはずの矢が大きく上へ逸れていった。


「あ、あれ?」


 呆然と矢の行方を目で追っていると空中で止まり、いきなり複数に分裂して魔狼へ降り注いだ。


「うわあ……」


 五本で限界なのか、二匹残ってしまったが、そちらはアーヤが難なく始末した。


 窮地を救われて放心してるのかと思いきや、助けた女性の目は常に僕をロックオン。


 どことなく身の危険を感じてると、アーヤが血を払ったロングソードをそれぞれのさやへ戻しながら、僕を守るように前へ立った。


「無事なのはあなたひとりか? 他の者はどうした?」


 アーヤがゆっくり近付くと、ローブ姿の女性は突然動きだし、猛烈な速度で僕の脚に飛びついた。

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