第21話 元兄と元婚約者(3)

 昨夜もアーヤに添い寝をされて休み、目が覚めると町が騒がしかった。


「おはようございます」


 家主のブライマル氏はすでに鍛冶場で仕事をしていたので、挨拶をしがてらなんの騒ぎかを聞いてみる。


「クレベールの小僧が夜通し付与をしまくったらしいぞ」


 ブライマル氏のところにも夜中にやってきて、得意満面でロングソードを一本置いていったらしい。


 どれどれ。鑑定してみよう。


 頭の中で念じると、首もとのネックレスが光った。


「ええと、あ、凄い。攻撃力が40もありますね。ブライマルさんの鍛えた剣なのもありますけど、かなりの付与だと思います」


 腕力の強い戦士がこの剣を持てば、守りの短剣の結界も破壊できるだろう。


 ついでにズークが付与したものは、耐久力が下がってなかった。


「今朝早くには領主にも献上し、その場で当主交代を願いでて了承されたそうだ。つまり、今の当主はあの小僧というわけだな」


 父より圧倒的に優れたものを完成させたのだから、そうなるのは自然の流れなのかもしれない。


「ブレスレットに関しては誰にも話していないみたいだな。眠っていた力が目覚めたんだそうだ」


「この町の鑑定を取り仕切ってるのはナイグ家ですし、娘のレイーシャが嫁いでます。ブレスレットの効果が暴かれることもなさそうですね」


「おまけに奴は、ロイド坊と自分のどちらを選ぶのかと男爵に迫ったそうだぞ」


「なんの意味があるんです、それ」


「優越感に浸りたいだけだろう。ロイド坊にとっては、旅立ちをサポートしてもらったようなものだ。よかったではないか」


 ということは、男爵様はズーク……というかクレベール家を選んだのか。


 まあ、僕は呪いの武具しか作ってなかったし、怪しいところがあるとはいえ、目の前に優秀な付与をできる者がいたら優遇するよね。


「感謝でも伝えにいってやるか?」


 起きてきたアーヤが、寝巻用の薄いシャツ姿で鍛冶場の出入口に立っていた。


 組んでいる腕に、どっしりとしたボリュームの柔肉が乗っている。


「ロイド坊は朝から元気だな」


 アーヤ本人どころか、ブライマル氏にも視線の行き先を気付かれた。


「すみません……」


 身支度前で髪も下ろしてるので、アーヤの妖艶さが三割増しになってるのがいけないと思う。


「ロイドは私に夢中だからな」


 張られた胸が、フッフッフと笑うのに合わせて揺れる。


 それはもう、たぷんたぷんと揺れる。


 目の保養というべきか、ある意味で目に毒と言うべきか。


「それはともかく、ズークたちが有頂天になってるうちに装備を整えて町を出るのがいいかもしれないね」


「うむ。夜に男爵が館でクレベール家当主交代を祝う宴を特別に開くらしい。奥方なぞも貴族用のドレスを求めていたらしいぞ」


 ブライマル氏の補足に、アーヤがうんざりしたような顔をする。


「上昇志向の塊だな。貴族になる夢でもあるのか。そういいものでもないと思うが……」


「そう思わない奴もいるってことだ。あの娘はところ構わずクレベールの小僧をおだてて、あなたを選んでよかったと言ってるらしいぞ」


「ブライマルさん、妙に詳しいですね」


「その剣を置いていった時にも隣におったし、町中でされている噂なのでな。朝食を買いに行った際にも散々聞かされたわ」


 ブライマル氏もうんざりモードへ突入中である。


「貰い物の力で、よくもそれだけ偉ぶれるものだ」


 肩を竦めても揺れる。嘲笑を浮かべても揺れる。


 なにをしても揺れるぞ。なんかヤケクソ気味に揺れてるぞ。


「ロイド……その、なんだ……挑発するべくこんな格好できた私が言うのもなんだが……少しは遠慮を覚えた方がいいぞ」


 実は恥ずかしかったのか、アーヤは両手で胸乳を隠しつつ部屋へ戻った。


「そういえば、ブライマルさんってアーヤに興味を示しませんね?」


「儂は嫁に迎えるなら同族がいいのでな」


 女性のドワーフはずんぐりむっくりしている男性と違い、人間に近い可愛らしい容姿で背が低い。


 その上で寿命は男性と変わらないので若い期間が長く、人間の中にはドワーフを嫁に欲しいという者も多いらしい。


 もっともひげが貧弱な人間は好みではないらしく、求愛しても受け入れてもらえる可能性はほとんどないという。


 そんなドワーフの男女に共通してるのは、大酒のみという点だ。


 人間ならひと口飲めば倒れるような度数の酒でも、平然と一気飲みする。


 造る酒も非常に美味しく、求める者があとを絶たないが、同族でない限りはよほどに気に入った者でないと売ってもらえない。


 元父も一度熱心に探し求めたみたいだが、金銭でどうにかなるものではなく、結局は諦めていた。


「ぼんやりしてないで、朝飯を食うか、付与をするかしたらどうだ。嬢ちゃんが戻ってきちまうぞ」


「そうですね。朝食をいただいてから自分たちの装備に付与を行い、お昼前には町を出たいと思います。アーヤの承諾があればですが」


 騒ぎになってる間なら、男爵様による監視も緩んでるかもしれないし。


 そう言うと、ブライマル氏も賛成した。


「向こうを選んだばかりだからな。下手にロイド坊に興味を示して、へそを曲げられたらたまらぬとでも思っていよう」


「そうですね。元兄が囮の役目を果たしてくれたみたいでなによりです」

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