第20話 元兄と元婚約者(2)

「どうせこんなことだろうと思ったぜ!」


 ズークが手のひらに乗せたブレスレットを、角度を変えて眺めながら吐き捨てた。


「呪われ子ごときが、次期当主の俺より優れてるわけがないんだ」


 町の噂を聞くたびに、付与師が僕だと思って自尊心を傷付けられてたのだろうか。


 だとしても同情はしないし、なんとも器の小さいことだ。


 最初はブレスレットを渡しても信じてなかったが、レイーシャの鑑定で効果が本物だとわかると態度が一変した。


 ちなみにレイーシャもである。


 設定した隠し条件はやはり鑑定できなかったらしく、ふたりともおおはしゃぎだ。


「僕たちは近いうちに町を出る。それをあげるので邪魔はしないでほしい」


「だめだ。これだけじゃ足りねえ。そのネックレスもよこせ」


 まるで飢えた獣みたいな男だな。本当に僕の兄だったのだろうか。


「悪いけど断るよ。どうしてもと言うなら、僕も覚悟を決める」


 刺し違える覚悟で抵抗すると告げれば、アーヤとブライマル氏も殺気を放った。


 ズークだけでなく、レイーシャも怯む。


「僕としては、そのふたつで満足してもらいたいんだけど?」


 男爵様であっても力ずくでは奪おうとしなかった。


 ズークでは使える兵士もいないので、強奪はより難しいだろう。


「チッ、だがこのブレスレットはもう俺のものだ!」


 奪い返されてなるものかと、ズークが腕に装備しようとする。


 こっそり鑑定してみると、これはどうしたことか。


 隠し条件が発動中は、装備を外せなくなると追加されてるんだけど。


 もしかして……発動しちゃったりしないよね?


 聞きたい気もするがやめておこう。ズークどころか、アーヤにまでやはりレイーシャがいいのかなどと言われてしまいそうだ。


「僕はアーヤと一緒に冒険者でもするよ」


「付与しか取り柄がないのに? ああ、ロイドの幼い容姿を活かして囲ってもらうのね。それも立派な生き方だと思うわ」


 婚約解消して以来、僕に遠慮のないレイーシャ嬢。


「僕に不満があるなら言ってくれればよかったのに」


「どうして? クレベール家の次期当主には関係ないじゃない」


 にっこりと、私は肩書に嫁ぎたかった宣言がきたよ。


 実に清々しい悪女っぷりだ。結婚できなくて本当によかった。


「用件が済んだのなら、さっさと帰ったらどうだ」


 ズークはアーヤになにやら言い返そうとしたが、ブライマル氏にも「これ以上、騒ぎを起こすな」と睨まれ、悪態をつきながらレイーシャを連れて帰った。


「やれやれ。クレベールとの契約は考え直した方がいいかもしれんな」


「でも、元兄はかなりの付与ができるようになると思いますよ」


 ブレスレットに込めた付与を隠し条件も含めて告げると、ブライマル氏がクックと笑いだした。


「ロイド坊は人がいいな。それでは報復にならんだろう……と言いたいが、そのネックレスが効果を発揮するとどうなるかな」


「なるほど。連中への報復がロイドの幸福に繋がるとなれば……」


 ふたりの話を聞いて、ブレスレットに追加された鑑定結果を思いだす。


「あの装備、マイナス効果が発動中は外せなくなるみたい」


「恩寵品も使い方を誤れば呪いになる。銘が変わったなんて話もある。面白いことになるかもしれん」


 ブライマル氏がなんだか悪い顔をしてる。


 実は面倒見のいい人なので、ズークの僕への態度を誰より不快に感じてたのかもしれない。


「結末を見届けるためにも、しばらくは契約を続けてやるか」


「私たちが向かう先にも、噂が届いてくるといいのだがな」


 アーヤも楽しそうでなにより。


 僕は少し悪いことをしたかなと思ったんだけど、ふたりに言わせればズークやレイーシャの自業自得だそうだ。


「そういえば、最初にどこへ向かうか決めてるの?」


「南のライフェルド領だな。実直な男爵が治めている地で、領都には広大な迷宮があるので迷宮都市とも呼ばれている。リュードンからは馬で急げば二十日くらいだろうか」


 リュードンは港町でありながら、他の都市へ向けた船便は出ていない。理由は陸地から離れると、クラーケンという魔物に襲われるせいだ。


 海の向こうにも国があるらしいんだけど、ほとんどおとぎ話の類で、亡くなった祖父も行き来した者は知らなかった。


「そこで名前を売ったら、王都なり他の国なりへ行くのもいいかもしれないな」


「なんだか自由だね」


「私たちは縛られるべき家を失ったからな」


 それもそうだと、アーヤと一緒に笑う。


 ブライマル氏が、僕たちを眩しそうに見ていた。


「儂も同行したいが、この町には知っている奴も多い。せめてあとを引き継げる奴を見付けないとな」


 これまで何人か人間の弟子をとったみたいだが、使いものになる前に全員逃げてしまったらしい。


「残念です。ブライマルさんも一緒なら心強かったんですけど」


「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。だが、本当に付いていっちまうと、そこの嬢ちゃんに呪われそうだ」


 からかわれたアーヤは顔を僅かに赤くするも、大きな胸を張った。


「そのとおりだ。私たちの旅に邪魔者はいらない」


「おかしいな。あれだけ頼りになると思ってたアーヤが、段々と危険な人物に見えてきたよ」


「いいのか、ロイド。そんなことを言うと、もう添い寝をしてやらないぞ」


 添い寝をしたがるのはアーヤの方だと思うんだけど、ここは僕が大人になって引くべきだよね。


 決して柔らかな温もりを失い難いとか思ったわけじゃなくて、単純に今後の関係をよりよくするための、そう、戦略的撤退というやつだ。

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