第18話 アルバイト(3)
恐る恐る店へ行こうとする僕を、アーヤが止めた。
「客の相手は私の仕事だ。給金を貰っている以上、手はぬかん」
「その通りだが、儂の店でもある。一緒に行こう」
僕は残ってるように言われ、ふたりが店へ向かって少しすると、アーヤがなにやら困惑顔で戻ってきた。
「クレベール家の次期当主を名乗る男がきていてな。クレベール家の許可も得ずに付与仕事をしている不届き者をだせと騒いでいる」
「ああ……ズーク氏ですか……」
された仕打ちが仕打ちなので、僕としても兄と呼ぶ気は失せていた。
「僕のことを知ってる感じ?」
「ブライマル殿が宥めても引かん。あの分では殴り合いになるな」
「それは……」
ブライマル氏も町で有名な鍛冶師だが、職人気質で貴族にもズケズケものを言うので、お偉方には受けが悪い。
「やっぱり僕も行きます」
「そうか。ロイドはどうせこの町を出るのだ。やるならおもいきり打ちのめせば……いや、それを口実に男爵が口を出してくるかもしれないな」
「ズーク氏は男爵様の差し金かな?」
「可能性はある……のか? クレベールの当主にも威圧的に接していたのだ。次期当主を捨て駒に使ってもおかしくはない」
そうして空いた次期当主の座に僕を据える。あとは男爵家の関係者で手頃な娘をあてがい、しがらみでがんじがらめにする。
説明を聞いてるだけで、とても貴族様の謀略らしくて辟易とする。
「だが、ああも単細胞では策謀の駒には向かないと思うが」
おっと。アーヤ嬢の評価が散々だな、ズーク氏。
「それも込みなのでは?」
「かもしれん」
用件は付与師……つまりは僕をだせの一点張りなので、まともな話にもならないそうだ。
覚悟を決めて店へ行くと、ズークとレイーシャがいた。
僕を追い出してすぐ婚姻を結んだのは知っている。
それでもズークに寄り添ってのを見ると、気分がこう……あれ、どうともならないな?
アーヤとの添い寝生活のおかげで、未練はいつの間にか消えていたようだ。
「やはり貴様か、ロイド! 一体どんな卑怯な手を使った!」
顔を合わせるなり、噛みつかんばかりに荒ぶる。
「言ってる意味がわかりません。それにクレベール家の方だからといって、他者へ高圧的に接していい理由にはなりませんよ?」
自分でも驚くほど冷たい声がでた。どうやら思ってた以上に憤懣が溜まってたようだ。
レイーシャが僕の見たことのない態度に怯むが、ズークはお構いなしに拳を振り上げて近寄ろうとする。
「儂の店で暴力沙汰を起こすなら、クレベールとの縁は切らせてもらうぞ」
次期当主とはいえ、勝手に家と家の契約を反故にはできない。
ズークは歯噛みしながらも拳を下ろした。
「町で話題になってるあの装備はなんだ! なにが付与者不明だ! お前の仕業なのはわかってるんだぞ、卑怯者め!」
指差すズークに、アーヤが僕よりも不快そうにする。
「先ほどから卑怯、卑怯となんの証拠があってロイドを罵っているのだ。いい加減、私も我慢の限界だぞ」
戦場を生き抜いてきた者特有の迫力に、ズークの顔から色が失われていく。
それでもへたり込んだりせずに、アーヤを睨み返した。
「偉そうにするな! お前は元貴族だろうが! つまりは今はただの平民だ! よその家の事情に口をだすんじゃねえ!」
「ズーク、その言い方はまずいと思うの」
一触即発な二人の間に、レイーシャが体を押し込んだ。
いつものローブの一部が捲れ、脹脛が露わになる。
「……どこを見ている、ロイド」
殺意のこもった言葉が耳もとで囁かれた。
ズークに対してのより、ずっと怖いんですが。
「こほん。僕も喧嘩はよくないと思うし、なにより誤解がありそうだ」
白を切るのもいいが、この様子ではなにか知るまで帰ろうとはしないだろう。
そこで僕は、ズークへその場で待つように言って鍛冶場へ向かった。
すぐあとをアーヤが付いてくる。
「どうする気だ」
「ズーク氏と男爵様の件を一緒に片付けようと思って」
手頃な装飾品を探しつつ答えれば、肩をガッチリ掴まれた。
「そうではなく、あの下品な乳をぶら下げた牝犬のことだ。よもやよりを戻すつもりではあるまいな」
アーヤの目は据わっていた。
下手な受け答えをすると、この場で組み敷かれそうな勢いだ。
……少しありかもと思った僕は、もしかして変態なのではなかろうか。
「そんなわけないでしょ。彼女はもうズーク氏の妻なんだよ」
「違う。クレベール家次期当主の妻だ」
レイーシャは、店でアーヤにそう自己紹介したらしい。
それも対面してすぐのことだったそうで、アーヤとしては宣戦布告にしか思えなかったという。
「あれはロイドに力があるとわかれば、あらゆる手段を用いて元のさやへ戻ろうとするぞ」
「例えば強引に添い寝して、元婚約者への未練を消そうとしたりとか?」
「ごふっ!? い、いや、なにを言っているかさっぱりだぞ、私は」
わかりやすすぎるくらいに動揺したな。
アーヤが僕をどう思ってるのかはいまいち不明ながらも、どうやら指摘した狙いも考慮しての同衾だったようだ。
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