第17話 アルバイト(2)

 僕とアーヤは、ブライマル氏の二階にある居住スペースで居候をしながら、日中は付与の仕事に精をだした。


 ブライマル氏は独身で、両親は彼に店を譲ってどこぞに旅立っていったらしい。


 ドワーフにはよくあることで、ブライマル氏もいずれは新たな鍛冶技術を会得するべく、他国を見て回りたいと言っていた。


 千年以上生きるエルフほどではないが、ドワーフも長命で三百年から五百年ほどは生きるという。


「ブライマルさん、できました」


 防御力を強化したレザーガントレットを、ひと休み中の彼に手渡す。


 鑑定結果を伝えると、ブライマル氏が満足そうに頷いた。


「装備すると魔力が0になるが、平民だと魔力自体がない奴も多い。代償としては問題ないレベルだろう」


「その代わり、思ったほど防御力を出せませんでした」


「10もあれば十分すぎるだろ。普通の革の胸当てと同じくらいだぞ」


 こんな感じで、能力は抑えられても問題のない代償を選んで付与した装備は、ブライマル氏の店で飛ぶように売れているらしい。


 二階を借りて十日。


 ブライマル氏は最初、知人限定で商品を売って歩いていた。


 それが口コミで広がり、今では朝から店に並ぶ人もでる始末。


「ブーツやバンダナにも同じ付与を与え、防御力0の代わりに、状態異常にかかりにくくするケープも揃えりゃ、旅の安全は格段に増す」


 実際にセットで買うお客さんも多く、ブライマル氏の鍛冶場にある素材の在庫もそろそろなくなりそうになってきた。


「おかげで細工仕事ばかりで、鉄を打つ暇もねえよ」


 カラカラと笑っているので、不愉快ではないのだろう。


「あの嬢ちゃんも、きちんと店員をやってくれてるしな」


 アーヤは当初、町の冒険者ギルドで冒険者として登録し、日雇いの力仕事を受けるつもりでいた。


 これまではどこかの貴族に仕官するつもりでいたので登録していなかったが、僕としばらく行動を共にするし、路銀を稼ぐにも丁度いいと決心したらしい。


 だが登録を済ませ、大工仕事などを始めた矢先、あっと言う間にブライマル氏の店がかつてなく繁盛して人手が足りなくなった。


 見るにみかねたアーヤが店に出るのを提案し、慣れないながらも懸命に客の相手を務めている。愛想はないが、美人なので人気だそうだ。


「む? 私の話をしていたのか?」


 店の受け付けが一段落したのか、アーヤが鍛冶場へ顔をだした。


「ロイド坊がお前さんを頼りがいがあって素敵だとよ。よかったな」


 ちょっとブライマルさん!? 僕、そんなこと言ってないよ!?


「フフフ、そうだろうそうだろう。しかしロイドよ。私をそんなに褒めるのは、もしかして今夜も添い寝をしてほしいからか? 仕方のない奴だな」


 得意満面で、アーヤが僕の頭を撫で回す。


 お姉さんが弟を可愛がってるようなシーンだが、目が若干怖い。


「いや、なんなら僕が床で……」


「それはだめだ。仕事の疲れを癒すには、きちんと休む必要がある」


 断言するアーヤ。これは今夜も僕を抱き枕にするつもりだな。


 居住スペースには三部屋あり、ひとつをブライマル氏が使用。残りふたつを僕とアーヤがそれぞれ使うはずだった。


 ところが、アーヤが居候の身であまり迷惑をかけられないと言いだした。


 それ自体には僕もおおいに賛成するんだけど、その解決策が同じベッドで眠るというのはどうなのだろう。


 まあ、アーヤは鍛えてるわりに柔らかいし、抱きつかれると大きなふくらみに顔が埋まって、なんとも素晴らしい……げふんげふん。


「大体ロイドだって、私が眠っているのをいいことに、谷間に顔を埋めながら揉んできたりするのだぞ?」


 なにそれ!? まったく記憶にない!


 ついでに手に感触も残ってない!


 ……睡眠中しか装備できないけど、朝まで触ったものの感触を記憶できる手袋とか作れないだろうか。


「乳繰り合うのは夜にしてくれ。で、今日の客は片付いたのか?」


「ああ。素材の在庫がなく、冒険者ギルドから仕入れるまでは一般販売はしないと全員追い返しておいたぞ」


 腕力にものを言わせようにも、アーヤは一般人よりレベルが高い。


 たまに店で悲鳴が聞こえるのは、彼女が能力を遺憾なく発揮しているからだろう。


「それでいい。あまり有名になりすぎると、坊に迷惑がかかっちまう」


 元々ブライマル氏は、僕が付与した装備は知人にだけ特別に売るつもりだったらしい。


 それがどうしてもと頼み込む客が増え、知人に被害が及ばないように注文を受け付けるのを決めた。


 試した結果、幸いにして同じ付与を何度も可能なのが判明したので、量産するのに苦労はしなかった。


 代わりに動物より丈夫な魔物の素材を使っているので、店の在庫がなくなった。


 魔物の素材は冒険者ギルドが一手に引き受け、そこから必要とする各店に卸される。


 そうして得た利益は、ギルドの運営などに充てられるのだという。


「それに、そろそろ町を出るんだろ?」


「ブライマルさんのおかげで路銀も稼げましたし、持たされた呪いの武具に付与し直せば、アーヤや僕の新しい装備を買う必要もないですしね」


「では、面倒事に巻き込まれる前に出発するべきだな」


 だがブライマル氏の発言を実行へ移すには、少しばかり遅かった。


 三人で立ち話中の鍛冶場に、店の方から僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 それもかなり怒っている。


 聞き覚えのあるような声な気もするけど……誰だろう。

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