第11話 ロイドの秘密(2)

 アーヤの提案に従い、僕は秘密を打ち明けずに座ったまま眠りにつき、目を覚ますと彼女の筋肉がつきながらも柔らかい太腿に頭を乗せていた。


「うえッ!?」


 驚いて飛び起きれば、アーヤがくつくつと笑う。


「なかなか可愛らしい寝顔であったぞ」


「うう、趣味が悪いよ、アーヤ」


 唇を尖らせつつ、周囲の視線が時折こちらへ向けられているのを肌で感じる。


 その大半がアーヤへの興味と欲望だ。ずっとこの調子だとしたら、迂闊に眠ることもできない。もしかしたら……。


「寝ずの番をしてくれてたの?」


「いや、きちんと眠ったぞ」


 明るい声をだしてはいるが、目の下には薄っすらと隈ができている。


 申し訳なさを覚えながら、自分のできることで彼女の助けになろうと決める。


「じゃあ、すぐに出発する?」


「そうだな……そうするか」


「だったら、まずは靴をどうにかしないとね」


 アーヤはいまだに裸足なのだ。路銀が心許ないというのが理由である。


「平民が利用する店であれば、安く買えるんじゃないかな」


 クレベール家は裕福だったので僕とは縁がなかったが、大半の平民は身の回りのものは中古で済ませる。


 妻や娘が裁縫で自分のだけでなく夫や父の服も縫い、着なくなれば店に売る。ひとり身か時間がないのであれば、季節ごとに調達するという形だ。


「平民の店は中古が基本なのか」


「新品は基本的に注文を受けて作るものだからね」


 富裕層にとってはそれがステータスになるし、少し規模の大きい店では貴族の持ち物だったという衣服なども売ってたりする。


「初めて利用するので緊張するな」


 連れ立って町を歩く。領主の館に近いほど家は立派で石造りが多く、出入口に近ければ壊れかけのをなんとか補修したという木材の家が増える。


 魔物の襲撃があった際は、大抵平民で特に貧しい者たちが犠牲になる。


 くたびれた中古の靴でも裸足よりはマシと買い、アーヤが裸足を卒業する。


「私は背があるので靴のサイズはなかなか大変なのだが、平民にも苦労している女性がいるのだな」


「いや、多分それ、男物じゃないかな」


「ああ、そうかもしれないな」


 アーヤが顎に指を当てて頷く。ショックを受けている様子はなかった。


「それより、昨日の話の続きなんだけど……」


「ふむ。ではもう少しこちらへ寄るといい。どうやら尾行されているようだ」


 肩を抱かれて距離が近くなると、水浴びもしていないはずなのに、何故かアーヤからいい匂いがした。


「やっぱり、男爵様……だよね?」


 周囲を窺いたくなるが、それはやめておくように注意を受けた。


「であろうな。よほどロイドの首にあるネックレスが気に入ったと見える。まあ、幸運を上限まで引き上げるのだ。当然かもしれないな」


 視線がチラリと、首もとを彩るネックレスに注がれる。


「うう、手放せば危険も減るし、お金も手に入るんだけどね……」


「そうできない理由があるか」


「うん。その、耳を借りたら怪しまれるかな?」


「ああ、世間話をしてると思わせるべく、普通に話すのがいいだろう。ただし、もう少し市の方へ近付こう」


 昼が近付いていて、市場には活気がでてきている。人も多く、そこかしこで値下げ交渉も行われているのでかなりうるさい。


 クレベール家にいた頃は、食材の購入は使用人が行っていたので、こうして自分の目でじっくり見るのは初めてだった。


「珍しいか? 実は私もだ。リュードンの前に色々な領地へ立ち寄ったが、仕官を断られるとすぐに出てきていたのでな」


 家を出た直後は、屋台で食事を買うのも手こずったという。


「あはは……僕は買い食いをしたこと自体はあるんだ」


 婚約者だった幼馴染を思いだし、しんみりとしてしまう。


「む……辛いことを思いださせてしまったようだな」


「いいんだ。それにお互い様だろうしね」


「そうだな……女の身で武芸に励む私を父や兄は疎んでいたので居心地は悪かったが、それでも家を離れる時は寂しかった。だが感傷に浸っている時間は多くなかったな。私と離れたくないとグズった妹が付いてこようとしたのだ」


「妹さんがいたんだね」


「うむ。可愛らしい妹でな。あの子だけが私と親しくしてくれた。外は危険だからとなんとか説得し、それでも頷かないので夜のうちにこっそり家を出た」


 だから家を出たのは二度だなと、アーヤが懐かしそうに笑った。


 僕もいつかは、クレベール家を離れたのを懐かしめる日がくるのだろうか。


 っと、いけない。そんなことを考えてる場合じゃなかった。


「本題に戻るね。もしかしたら薄々気付いてるかもしれないけど、どうやら僕は付与をやり直すことができるみたいなんだ」


「……やはりか。それだけでもかなりの秘密だな」


「ただし、自分が付与したものに限られる。それで、その、効果もある程度決めることができる」


 アーヤが愕然とし、すぐに表情を作り直す。まるで恋人へ対するような親しげな雰囲気を醸しだして、僕とより密着する。


 肩が触れて、それにお胸も……ううう。


 だが変に緊張してるのは僕だけで、彼女は誰にも聞かれまいと声を潜めた。


「それは絶対に秘密にしておくべきだ。権力を持つ者に知られたら厄介なことになりかねない」


 軟禁して延々と付与させるならまだしも、敵対派閥に取り込まれるのを恐れて命を奪おうとしかねないという。


「避けるにはロイド自身が権力を持つか、もしくは下手な相手では手出しできないくらいに名前を売るかだな」


「権力は別に欲しくないかな……あっても上手く使えるとは思えないし……」


 だとするなら有名になるしかないが、道は遠そうだ。


「まあ、しばらくは私が同行するし、幸運が600もあるのだ。なにかしら道が示されるかもしれん」


「あ、それなんだけど、実は……」


 幸運についても教えておく。実際の上昇値は1000と聞き、アーヤは顎が外れそうなくらい驚いた。


「レベルによって鑑定可能な能力値の上限が変化するか。だとすると能力値の高い者は鑑定者によって齟齬が生まれるため、もっと噂になってもよさそうだが」


「だよね。じゃあ、違うのかな」


「そうとも言いきれまい。低レベルの鑑定者が高レベルの騎士なりを鑑定できずに、調べられる能力値の誤差がわからなかったのかもしれない」

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