第10話 ロイドの秘密(1)

 僕とアルメイヤさんは、宿屋の大部屋で身を寄せ合っていた。


 お金のない旅人が泊るところで、荷物は自己責任。


 むしろ盗まれると思ってなければいけないのだが、生憎と僕とアルメイヤさんはほぼ手ぶらだ。


「すみません、残り少ない路銀を使わせてしまって……」


「気にするな。成人しているとはいえ、ロイド殿のような者をひとりで放りだすことなどできん」


 部屋の奥の隅で肩を並べ、膝を立てて座っている。奥側が僕だ。


 狼藉者がきた場合、アルメイヤさんが対処し、僕は隠れていることになっていた。


 男として情けないが、戦闘能力が彼女よりずっと低いので仕方がない。


「それに食事まで……」


 安くて硬い黒パンと具のない塩のみのスープだったが、昨日の昼以降に食事をしてないので、とても美味しく感じた。


「だから気にするな。もしかすれば、今後は私がロイド殿に助けてもらうことがあるかもしれないのだ」


 まるで母のような、姉のような微笑みが向けられた。


 思わず大きな胸に顔を埋め、甘えたくなってしまう。


「これから、どうすればいいのかな……」


 先行きを見通せない不安から呟くと、アルメイヤさんが僕の頭を撫でた。


「なるようにしかならん。人生などそんなものだ。その時その時で全力を尽くし、自分の望む方向へ行けるように頑張ればいい」


「それしかないよね……うん、ありがとう」


 お礼を言ってうとうとしていると、人が増えてきた大部屋に宿の主人がやってきた。四十代過ぎの小太りの男だ。


「ロイドさんという方に、男爵様からの使いがきています」


 宿の利用を頼んだ時は、裸足でシャツとズボン姿のアルメイヤさんをいやらしい目でじろじろ見て、僕には上から目線だったが、今はかなりへこへこしている。


 アルメイヤさんと使者が待っているという出入口へ行くと、男爵様の執事が兵士に持たせていた木箱を床に置いた。


「代金を貰ったからには、これらはロイド様の物だそうです」


 短く告げて、用は済んだとばかりにさっさと帰っていく。


 僕はアルメイヤさんと顔を見合わせ、とりあえず木箱を開けてみた。


「僕が呪いを付与した装備品だね」


「うむ。武器防具がないのでぜひ借り受けたいのだが、鑑定の結果が本当だとすればさすがに躊躇われるな」


「使ったらだめですって」


 とはいえ、ふたり分の装備として一式揃ってるので、再付与を施せば目的地はどこであっても道中の助けになる。


「うーん……」


 しかし、アルメイヤさんの前で再付与なんてしていいものか。


 短い時間しか一緒にいないが、信用に足る高潔な人物だというのはわかってはいる。なので能力の一端を示すのは構わない。


 問題は、彼女が僕の事情に巻き込まれないかという点だ。


「なにを悩んでいる? 呪いの装備の売り先か?」


「いえ、そうではなく……」


 木箱を閉め、大部屋に戻ろうとしたら、アルメイヤさんが持ってくれた。


 僕が家を出される際に持たされた装備も入っていたので、僕の細腕では持ち上げることができなかったのだ。


 大部屋で決まった位置などないので、席を外した時点で奥の好スペースは奪われてると思ったのだが、執事と会う前同様にぽっかり空いていた。


「あれ、誰もいない……」


「男爵の使いが尋ねてくる客だぞ。どんな関係かわからない以上、普通の平民ならしばらくは様子見をするだろう」


 しかも貴族と関係がありそうながら、大部屋に泊っている。


 僕が他の客の立場なら、あまり近付きたくはないな。


「意外と身の安全に繋がったりするのかな」


「さて。私たちのどちらかが貴族の関係者で、駆け落ちの最中などと考える輩がいたら、身柄を確保しようとするかもしれんな」


「お金を要求するため?」


「貴族の関係者として売るためだ。そもそも平民が貴族を脅すなど自殺行為だ。特に女であれば、どのような扱いを受けたか知れぬので利用価値がなくなる」


 そして男は盗賊ごときに遅れをとった軟弱者として、盗賊もろとも処分されかねないという。


「貴族の関係者……とりわけ元貴族というのは、平民の富裕層に人気があるのだそうだ。高貴だった者を跪かせて楽しむらしい。反吐がでそうだ」


「僕も同じ気持ちだけど、そうなると……」


 アルメイヤ嬢がもっとも危険になる。


 兜を脱いでいるので類稀な美貌は常に晒されており、鎧もないので無防備にしか見えない。


 おまけにスタイル抜群。売り物にするなら、これ以上の逸材はそうそういない。


「私を心配してくれるのか。ロイド殿や優しいな」


「アルメイヤさんほどでは……あと、殿というのはさすがに……」


「では私のことも名で……そうだな愛称のアーヤと呼ぶのを許そうじゃないか」


「アーヤ……」


「フフ、なんだかくすぐったいな、ロイド」


 透きとおるような声で名前を呼ばれた瞬間、顔が火を噴いたみたいに熱くなった。


 手でパタパタ扇ぎ、話題を変えようとして背中を預けている木箱に気付く。


「そうだ、あの……うーん……」


 話すべきなのだが、こんなにいい人を巻き込みたくない。それに僕の能力を半ば予想している上で、優しくしている可能性だってある。


 あああ、だめだだめだ。レイーシャに裏切られたせいか、疑心暗鬼になってる。


 どこかで誰かに頼らなければいけいのであれば、なにくれと世話を焼いてくれているこの人がいい。


 そもそも森で一度死を覚悟してるのだ。アルメイヤさん……アーヤに裏切られるのであれば諦めもつく。痛いのはいやだけど。


「先ほどからずっと悩んでいるが、もしかして厠か? まさか……他の男同様に私の体を……」


「違うから! あ、その、アーヤに魅力がないとかではなくて、まだそんなことは考えて、いや、まだじゃなくて、あああ」


「フフフ、落ち着け。からかってしまってすまない」


 静かに笑ったアーヤが、人差し指を僕の唇へ押し当てた。


「恐らくは例の件についてであろうが、ここでは人の目がありすぎるし、誰が聞いているかもわからない」


 大部屋にいるのはみすぼらしい身なりの客ばかりだが、擬態で男爵家の者が紛れていないとも限らない。


 アーヤは僕に顔を近付けてそう言った。

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