第9話 リュードン男爵(3)

 次もそのまた次も。


 僕は目の前に差しだされた武器や防具、装飾品に付与を施していった。


 鑑定すれば、そのどれもが呪われていた。


 ベッケさんより鑑定能力の高い、お爺ちゃん鑑定士による結果なので間違いはないだろう。 


 ちなみに僕はネックレスの能力が露見するのを恐れて、一度も鑑定を使っていない。


「強力ではあるが、ろくに使えぬものばかりだな」


「そのとおりです! だからこそ私も付与師の家にいるのは辛かろうと、心を鬼にして廃嫡しました。せめて他の道に進んでほしいと!」


 言っていることは立派なんだけども……。


「そのわりに路銀すら持たせずに追いだしたではないか。私が通りかからなければ、ロイド殿は大地に屍を晒していたぞ」


 それが狙いだったとは、とてもそうは言えない雰囲気。まぐれだろうとなんだろうと、僕が魔狼殺しの短剣を献上したのがきいてるようだ。


「ロイドは家でなに不自由なく育ちましたので、甘いところがあります。そこを克服しなければ生きていけぬと思い、心を鬼に……」


 似た弁明が続こうとしたところで、男爵様が「もうよい」と軽く手を振った。


「クレベール家の言い分は理解した。ロイドが呪いしか付与できぬのもこの目で確認した。しかし、だ」


 男爵様の目がキラリと光った。


「どのような付与が装備品に付くかは不規則なはずだ。クレベール家の仕事でも、攻撃力以外が強化されたりもする」


 父が面目なさそうに俯く。だからこそ安定して同じ効果を付けられる付与師は重宝され、血によって伝えていくことができれば家も立てられる。


「それなのに、ロイドは狙ったように呪いを付与している」


 狙ったように、の部分の声が強い。


 男爵様は、僕が意図的に呪いを付けてるのではないかと疑ってるご様子。


 はい、正解です。


 などとは言えないので、とりあえず恐縮しておく。


「不可能です! それにわざと呪いを付与させられたとしても、する理由がありません。現にロイドはそれが原因で家も婚約者も失ったのです!」


「それよ」


 男爵様が腕を組み、少しあごを上げて元父を見下ろした。


「家を離れたかった、もしくは妻と定められた女が気に入らなかった、そのような理由で自らの立場を悪くしたと考えれば納得もいく」


「いや、そうだとすれば、森の奥で行き倒れるとは思えません」


 アルメイヤ嬢の冷静な指摘に、男爵様が面白くなさそうな顔をする。


「それもそうか。だが、ロイドよ。お主は本当に呪いの付与しかできぬのか?」


「わかりません。ただ、付与したものすべてに呪いの銘がつきました」


「そうだな。爺、ロイドを鑑定せよ」


 他者への合意のない鑑定は失礼に当たるのだが、さすがは貴族様。平民の心情などお構いなしである。


「普通の少年……いや、これは……幸運が異様に高いですな。上限の600に届いております」


「ほう! 先代との謁見では魔力の話しかでなかったことを考えれば、そのネックレスの効果であろうな。なるほど、手放したがらぬわけだ」


 男爵様が目でそれも献上しろと迫ってくるが、こればかりは頷けない。


「男爵様、少々はしたないように思われますが」


 頼りになるアルメイヤさんが、僕の前に立って視線から守ってくれる。


「これは失礼。ねだるつもりはなかった。だが幸運が上限の600と聞けば、誰だって手にしたくなるだろう」


「私はなりません。運に頼らず、自らの力で未来を手繰り寄せてみせましょう」


 右こぶしで胸をどんと叩き、キリッとしてみせるアルメイヤ嬢。外見は素敵な女性なのに、誰よりも男前である。


 それはそれとして。


 幸運の上限が600? 僕のは確か1000あったと……。


 あ、確かあのお爺さんの鑑定レベルは6だったよね。だから600までしか鑑定できなかった?


 レベル7であれば700とか……可能性はあるけど、だとしたら大聖堂の鑑定石とやらで上限が600でないのはわかるはずだよね?


 もしかして、600を超える数値を持つ人間がいない?


 うわ、その可能性が高いぞ。道理で幸運600に食いつくわけだ。


「わかりました。そこまでおっしゃるのであれば、このアルメイヤ、失った剣の代金を弁償してみせましょう」


 僕が考え事に没頭してる間になにがあったのか、アルメイヤ嬢が意を決したように鎧を脱ぎだした。


 侍女や男性陣が慌てる中、男爵様だけは冷静に見つめている。スケベ心がでているのかとも思ったが、そういう気配はなかった。


「この鎧を売れば、十分な弁償額になるでしょう」


 ガントレットもグリーブも外し、手に持っていた兜も置く。


 これでアルメイヤ嬢が身にまとっているのは、黒色で伸縮性のある、肌に張り付くタイプの長袖と長ズボンのみになる。


 アルメイヤさん、想像よりもお胸がその……豊かでいらっしゃる。


 ボディラインがはっきりわかる服装に、誰もが視線を向け辛そうにするが、当人は腰に手を当てて堂々としている。


「傷の自動修復が付いているのか。家宝と呼ぶにふさわしいものだが、構わないのかな?」


「騎士……ではなくなっていますが、二言はありません。働きを計算に入れても、損害額が上回ると言ったのはそちらです。まさか怖気付いてはいませんよね?」


「それこそまさかですな。私は正当な権利を行使しただけ。招いてもいないのに館へやってきて、半ば無理やり戦いに参加したのです。功績は認めますが、館の予備の武器をほぼすべて壊されてはただで済ませることもできません」


 アルメイヤ嬢の生家に文句を言われた場合は、そう言って彼女にすべての責任を押し付けるのだろう。


「では私はこれで失礼します。この状態で仕官もなにもないでしょう」


 彼女が男爵様に背中を向けたので、ついでとばかりに僕もあとを追う。


「呪いで装備をだめにした分、魔狼殺しの短剣で得られるはずだった金銭はいりません。それでは僕も失礼させていただきます」


 男爵家に仕えるつもりも、クレベール家に戻るつもりもない。


 そうであれば、真っ直ぐな性格をしてそうなこの人に同行するのも悪くないように思えた。


「アルメイヤさん、待ってください」


「ロイド殿、まさか付いてくるおつもりか? 私にはもうなにもないぞ?」


「好ましい人となりがあります。なにより、この幸運のネックレスが出会わせてくれた人です。この縁を無駄にしたら、神罰を食らってしまいそうです」


「神罰か……大聖堂を知らなかった者が言うか」


「それは……ハハ、まあ、いいじゃないですか。それより、アルメイヤさんが男爵様と仲違いしたのは、もしかしてこのネックレスの……」


「そのようなことはない。それこそただ縁がなかったにすぎない」


 アルメイヤ嬢は、なにかと男爵様から僕を守ってくれていたように思う。すでに貴族でなくなった身なのだ。かなりの覚悟をしていたに違いない。


 おかげでネックレスは守れ、不用意に僕の能力が暴かれることもなかった。


「わかりました。そういうことにしておきます」


「誤解だというのに……それより、まだその丁寧な言葉遣いを続けるのか?」


「あ、そうです……いや、そうだね。うん、気を付けるよ」


「ああ、それでいい」


 僕とアルメイヤ嬢は、いつの間にか夕方になっていた町を歩き、途中でどこを目指せばいいのかもわからずに途方に暮れた。

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