第8話 リュードン男爵(2)

 誰もが緊張の面持ちで見守る中、詠唱を終えた鑑定士が目を見開いた。


 まばたきどころか呼吸も忘れ、ガクガクと震えだす。


 なにごとかと男爵様も慌てる中、父が声を上げた。


「鑑定しただけで呪われてしまったのでは?」


 男爵様の背後や、出入口付近に控えていた兵士が動きだす。


 四方を囲まれて槍先を向けられるが、そんな僕を守るべく、アルメイヤ嬢が前に出た。


「いかに平民とはいえ、呼び寄せた功ある者にこのような行いをしては、男爵閣下の名誉にかかわるのではありませんか?」


 油断なく周囲を警戒しつつ、アルメイヤ嬢が男爵様を見据えた。


「その通りだ。お前たちは下がれ。それと鑑定の結果を伝えよ」


 威厳に満ちた声により、囲みが解かれて安堵する。


「アルメイヤさ……ん、ありがとうございました」


「礼を言われるほどのものではない。それにしても、鑑定士のあの驚きようはなんなのであろうな」


 どうせ暴露されるなら、自分の口で伝えようかと思った矢先、お爺ちゃん鑑定士がかすれかかった声で、男爵様に鑑定の結果を伝えた。


「……できませんでした」


「なんだと?」


 称号の判明時より大きなざわめきが起き、視線がこの場にいるもうひとりの鑑定士へ注がれる。


「ベッケよ。一応、貴様も鑑定してみよ」


「かしこましりました」


 ベッケさんが額に汗を浮かべて鑑定を行うが、結果は鑑定不能という変わりのないものだった。


「爺よ。お主の鑑定レベルは、大聖堂の鑑定石により6だと判明していたな?」


 頷く鑑定士をよそに、僕は首を傾げる。


 大聖堂ってなんだろう。元父たちは知ってるみたいだけど……。


 僕が不思議そうにしてるに気付き、アルメイヤ嬢が教えてくれる。


「王都にある聖アリシエル教会のだ。許可を得た者しか入れず、そこにはこの世のすべてを鑑定できるとされる宝玉が祭られている」


 貴族様御用達の鑑定アイテムっぽい。元父が知ってたのは、先代の男爵様にでも話を聞いてたのかな。


「わりと民の間でも有名なのだが、ロイド殿は一般常識に疎いのだな」


 哀れな子供を見るような目で、アルメイヤ嬢に見られた。


 まともな教育を受けさせてもらえてないと誤解したかもしれない。


 別れ方は最悪だったが育ててもらった恩もあるので、訂正を試みようとするも、その前に男爵様のお声が届いた。


「爺が鑑定できぬとあれば、そのネックレスのレベルは最低でも7ということになる。国の宝物庫にあってもおかしくない逸品だぞ」


「そ、そうなのですか……」


 話が大きくなりすぎじゃないかな。


「なので、よければこのネックレスについて教えてほしいのだが」


 よもや鑑定が使えるようになるとは言えない。


 アルメイヤ嬢にも頼んで、男爵様から無事に返してもらえたあと、すぐに自分の首へ装着する。


 下手に自分も鑑定できればなどと思われれば、効果が発動しかねない。


「運がよくなるっぽいです。その、将来を悲観して半ば自害するつもりで装着したら、急にそんな感じがしました」


 父とベッケ氏はまるで信じてない。


 短剣に続いてこれも拾ったでは無理があるし、以前はこのネックレスもきちんと鑑定できてたのだ。


「むう……まあ、爺でも鑑定できぬのだ。本人も詳細がわからなくとも無理はない。しかし、自分が付与を施したものではないとは言わぬのだな」


 男爵様がまたまたニッと笑う。


 僕を見る目も熱を帯びてる気がする。


「いや、あの、それは……」


 付与師になるのを当たり前に思ってはいたけど、それはあくまで父と同じ道を歩き、レイーシャと幸せな家庭を築くためのものだった。


 しかし跡継ぎが兄に変わり、レイーシャは婚約者でなくなった。


 僕は呪われ子として家を出されたどころか、死んでも構わないという扱いをされた。


 おまけにネックレスの鑑定の際にも、元父は僕を貶めるような発言をして、自分の立場を守ろうとしていた。


 そう考えると、次期当主に未練がなくなってるのにも気付く。


「ただの偶然で、僕は男爵様に目をかけていただくほどの者ではないです。もうクレベール家の人間でもないですし」


「ならば新たに家を立てればいい。クレベール家の祖先も平民だ。ロイドが我が領の筆頭付与師になっても問題はあるまい」


 外へ出られる前に領地で囲うぞ宣言がきちゃったよ。


「お待ちください、男爵様。付与とはやり直しができぬもの。そこの者がどこからか入手したのを自らの手柄としているに決まっています!」


 元父が男爵様の前に進み出て、片膝をついた。


「ふむ。そういえばロイドには他にも持ち物があったな」


「そちらの鑑定は、クレベール家の言う通りに呪いがかかっておりました」


 お爺ちゃん鑑定士の言葉に、元父がそれみたことかと元気を取り戻す。


 恐らくは僕に立場を奪われると思ってるんだろうけど、母の手紙を破り捨てた元兄や幼馴染の少女はおろか、居場所がなくなった家にも執着はなかった。


「クレベール家のご当主様のおっしゃる通りです。すべては偶然手に入れたもの。そちらの短剣は男爵様へ献上させていただきます」


 アルメイヤ嬢が、驚きすぎて上半身を反らした。


「売れば十分な路銀になるのだぞ。偶然でもなんでもロイド殿が得たものなのだ。先をもっと考えて言葉を発しないか」


「でも、僕が持ってるより、領地の役に立ててもらった方がいいですし……」


「元貴族としてはその献身を好ましく思うが、ロイド殿が町を出るのであれば、どこかでまた魔狼と出くわすぞ。その時の切り札を手放してどうする」


「う……」


 僕が言葉に詰まっていると、男爵様が苦笑した。


「では私が献上の礼として金銭を下賜しよう。アルメイヤ殿、それでよろしいか?」


「はっ! 男爵様の寛大なご処置に、この者に代わってお礼を申し上げます」


 男爵様は頷き、再び僕へ視線を戻す。


「ロイドの発言の真偽を確かめるためにも、この場で付与を行ってもらいたいと思うがどうか?」


 真っ先に元父が賛成し、男爵様に睨まれてシュンとする。


 ここまで思慮の足りない人だったかと疑問に思いつつ、異論はないので頷く。


 すぐに魔力台と適当な短剣が用意され、僕はこの場で付与を行う。


 魔力をじわじわ注いでいき、最低最悪の呪いの剣になれと念じる。


 付与が完成し、お爺ちゃん鑑定士が鑑定する。


「銘は呪いの短剣。攻撃力は100と高いですが、振るうたびに幸運が100ずつ減っていき、0になると命を失うとあります」


 まごうごとなき呪いの剣である。


 鑑定の結果に大喜びする元父を、アルメイヤ嬢がゴミを見るような目で見ていた。

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